説得 <C2518>
義兵衛、安兵衛さん、勝次郎様と、善四郎さん、當世堂の主人だけが新機軸の8×8シートを具現化した道具と一緒に座敷に残された。
「では、背景も含めて簡単な概要を私からざっと説明し、その後で細かな内容を勝次郎様から説明して頂くことにします。疑問があれば、説明が先に進む前に口にしてください」
義兵衛はこう言うと、座敷に居る4人を見廻し、それぞれ頷いていることを確認した。
「そもそもの問題は、料亭の仕出し膳の番付を八百膳だけで行っていることに無理があったのです。現時点で登録されている料亭だけで210軒以上ありましょう。それに倍する料亭が加入を求めているのです。それを合わせると500軒から600軒もの料亭数となりますが、これを善四郎さんが全て吟味して順位を付けることが困難であることは当然と言えましょう。
既存の210軒を番付することも、よくぞできたと思います。しかし、この番付が料亭としての流行・生死に直結しているのは疑いもない事実です。仕出し膳を用いた接待なんかでは、番付でより上位の店を使うことを良しとする風潮が出ておりましょう。幕下より幕内の料亭の仕出し膳を使った方がより上格の接待、といった感じでしょうか。こういった訳で、番付の扱いが簡単にお遊びということで済まされないようになってきたことは、版元さんもお分かりでしょう。八百膳が認めた番付という重責を、善四郎さんが担ってこられたのです」
善四郎さんは泣き出しそうな顔になった。
「ああ、やはり判ってくださっていた」
そんなことはどうでもいいのだが、この後の話を進めるには好都合な展開である。
「これから説明するのが、その責を一般の食通の方に担ってもらう方策となります。
それぞれの料亭の仕出し膳を食通の方々や協力してもらえる方々に評価してもらい、その結果を集めるというのが取っ掛かりとなります。これには、八百膳の善四郎さんや仕出し膳の座の協力が必要です。細かな方策案は、勝次郎様と安兵衛さんがまとめておりますので、後ほど説明してもらいましょう。
料亭の評価を集めるには、やはり事務作業が発生しますが、これは膳の座で担ってもらうことになります。
各料亭の仕出し膳の評価結果を集め終えてから、そこからが當世堂さんに行ってもらう集計作業となります。私がまとめた手順書がありますので、別途説明します。この時に使用すると便利なのが、作って頂いた道具です。どう使うのかは、手順に沿って解説します。最低でも算盤と九九ができることが必要となりますので、そういったことに長けた人を用意して頂くことになります。
ただ、仕出し膳の評価で集計した結果が思わしくない場合、項目の重みづけを変えながら適切なものを探す作業が最初は発生します。また、一端設定した重みづけですが、最終的に番付にした後で違和感がある場合は再調整をして設定しなおす作業が発生することもありますので、出だしはとても大変な作業となることは承知ください。
この集計作業が終わると、料亭の仕出し膳に順位が付けられますので、これを東西に振り分けて番付表を作ることができるようになります」
「そうすると、今日の所は道具を使って実際に順位付けするという訳ではないのですかね」
版元さんはどこかほっとしながらも、どこか疑うような声で反応した。
「そうです。集計に必要な評価結果が全くないので、実際の順位を出すようなことはできません。代わりに、例えばこういった評価があったら、という仮の報告事例を3軒分の60件分まとめておりますので、これを使って後ほど集計の真似事をしてみたいと考えております。
では、まずどうやって各料亭の膳の評価を集めるか、という案を説明してもらいましょう。この説明を聞いてもらえれば、集めた結果を版元の商売に使う方法も思いつくのでは、と考えています。
勝次郎様、資料を出して説明していってください」
勝次郎様は持ってきた資料を広げ説明を始めた。
「では、評価を集める方法について、我々が考えた案を示します。これを実施するには料亭の協力も必要となりますが、協力内容については実態をあまり知らないため、難しい内容を含んでいる可能性もあります。説明内容からその要点を掴み、実際にできる形に改めてもらう必要があると考えています。では、内容を説明していきます」
要は、色々な料亭の仕出し膳を食べている人に評価報告をしてもらうことに尽きる。
そのため、評価報告をした人に利益をどう還元するか、が焦点なのだ。
グルメレビューサイトの「〇べログ」や、食に関する情報を集めた「ぐる〇〇」、Lin〇系の「CONO〇〇」から進化した「LIN〇 PLA〇〇」など、ネットを使うことで即応性を備えた現代の仕組みを参考に、いろいろと考えた結果を資料に記している。
もちろん、グルメガイドではトップを行く某タイヤメーカーのエージェントによる覆面調査というのも考えたのだが、問題はエージェントに足る人物を確保することの困難さなのだ。
「仕出し膳を評価できる人には、座から木製の『食通候補鑑札』を発行します。この鑑札は、仮のもので、規定の複数料亭を含む一定数以上の料亭を回って評価したことが確認できると、特典のある少し大きめの『食通鑑札』に差し替えてもらいます。色々な料亭で膳を食して付けた評価結果を、幕内料亭で受け付け、都度鑑札に小さく焼印を入れます。そして、評価結果を座の事務方に集めます。
また、一定量の焼印を集めた方には、座から特典を与えます。その内容は、例えば仕出し膳の引き札であったり、金銭であったり、場合によっては興業見学席の斡旋などと、その努力に見合うものを検討して頂きたいと考えています」
報告者への報酬は難しいところなので、今の時点では案を示すに留めている。
「重要なのは『誰がいつ評価したのか』という点と『評価対象である料亭の数が多いか』という点です。料亭で鑑札に焼印を入れるときに、この点に注意して頂きたいのです。料亭では、鑑札を持っていて食事した方の鑑札番号を控えてもらい、提供日を付けて事務方に報告して頂き、鑑札所有者からの評価報告と照合してもらいます。これにより、虚偽報告者の把握と排除を確実にできると考えています」
いつの世でも、少しでも利益があるとなれば掟破りする者が出る。
仕組みを考える時に性善説を信じてはならず、必ず悪用する者が出ることを考えねばならない。
うっかりとした間違いを弾くだけでなく、仕組みの穴をついて悪用し利益を得ようとする極少数のイリーガル・エラー・異常者を弾くために、仕組み側としては膨大なコストをかけて対策する。
そして、このコストは本来であれば理念を踏みにじった者に負担させたいのだが、そういうことにはならず、全体で分担して負担するという誠もって理不尽な世の中なのだ。
全員が一致して悪用しないという道徳心を備えれば、仕組みは至ってシンプルにできて、コスト負担や手間が発生せず、その分のコストを下げられるということはなかなか理解されないのだろう。
「評価内容ですが、書式を統一しています。義兵衛様からすでに八百膳主人にはお願いしておりますが、評価にはいくつかの項目・評価観点があります。どういった項目があるのかは、後ほどお知らせください」
善四郎さんが頷いたのを確認して勝次郎様は先を続ける。
「項目に応じて、とても満足するを10点、全く不満を0点とする点数法を取ります。得点が高い方が良い、ということです。各評価項目毎に記入頂き、それぞれ自由記載欄も付けております。もっとも、この自由記載は集計作業に反映されるようなことはありません」
ここで義兵衛が割り込んだ。
「版元さん。自由記載の内容を版元だからこそ活かす道があるのですよ。番付とは別に、食通の評をまとめて公表できるのです。料亭毎に食通の方々の評を集めたり、特定の方がどういった評を付けたか、食通人を集めた対談など、これは宝の山になるのです」
義兵衛の言葉に當世堂の主人は喜色満面となり叫んだ。
「是非にこの仕事に加わらせてください」
版元は陥落した。




