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手順書・説明資料の作成 <C2516>

■安永7年(1778年)9月27日(太陽暦11月15日) 憑依256日目 晴


 義兵衛は朝から相関と回帰線を算出する手順書の作成に励んでいた。

 それを手伝えない勝次郎様と安兵衛さんは、義兵衛の邪魔にならないように部屋の片隅で頭を突き合わせ相談しているようだ。

 しかし、最初は小声で遠慮しながらしている会話が、佳境に入ったのか少し大きくなってきて漏れ聞こえてくる。

 いや、ひょっとすると義兵衛に聞いて欲しくて、少し大きめの声にしたのかも知れない。

 丁度区切りの良いところにさしかかった頃、一段と声が大きくなった。


「『理屈はともかく物事の因果関係の強弱を測ることができる方法ではないか』と殿は申されたのでしょう。安兵衛さんはなぜ『その通り』とお答えにならなかったのでしょうか。昨日の義兵衛様の話をまとめると、そうなると思います」


「いや、義兵衛様よりお教え頂いた手順ですが、そのままでは善四郎さんと評価の類似度合いを見るのには適切なのかも知れないが、因果関係と言い切るのには難があると思われませんか。なにより、評価というのが曲者です。あやふやな数字が沢山ある中、偶然そうなるということもありましょう。御奉行様の立場として、この算術を何かに使いたいという気持ちは判るのですが、義兵衛様が言われた用途以外に使うのは、あまりにも危ないと考え、あえて肯定をしなかったのです。

 奉行所からお上に新たな施策や追加の資金を求めた時に『それが何の役にたつ』といつも言われておると推察します。そういった時に、この算術を使った結果を示すと、あたかもそれが成ったように見えてしまいましょう。しかし、実際にそうなることを示すものではないと見ました。上手く説明できないので、意見を述べることもできなかったのです」


「しかし、義兵衛様は殿の前で『施策の有効性を判断するのに、応用することができる』と言い切っておったではないですか。それを否定なさるのですか」


「いや、肯定も否定もできず困ったと考えていた。勝次郎様は教えて頂いた方法で『奉行所のかかえる問題・施策の因果を測れ』と言われたときに受けることができますか。そういったことになるのですよ」


 切れ切れに聞こえてくる話から、昨夜奉行所で行われた報告の様子が想像できる。

 安兵衛さんはこの方法について、かなり本質を見抜いているように見える。

 ただ、その危うさを端的に表現し、納得させる言葉が無かったということに違いない。

 義兵衛は手を止めて話しかけた。


「安兵衛さん、今回試す方法の限界をよくお解かりになりましたね。実際には、それこそ算学者の力を借りてかなり研究をしないと、使えないでしょう。実の所、結果からその要因を見出すのは結構な試行錯誤が必要なのです。得られた因果関係は、経験的に判っていた、ということも少なくないでしょう。

 それで、今回説明した図になりますが、横軸と縦軸には、原因と結果という様相になっています。しかし、実際に相関を測るときにはどちらの軸が原因でどちらの軸が結果か、という考えはありません。先ほど『類似度合いを見る』と安兵衛さんがおっしゃいましたが、それが全く正しい言い方です。今回の仕出し膳の店の順位を決めるには丁度良い方法、ということになります。

 それから、座標が少ないと相関数値の信頼度は小さくなります。できれば30点の座標は欲しいのですが、最低でも10点は必要です。なので、版元さんで番付表の作成を引き受けるとなると、そこに結構な手間を取られることになります。ただ、そのままでは何の意味もないように見える個々の評点の集まりから、店の生死を握るともいえる順位を最初に見出すという面白さは、版元としては見逃せないでしょう。そのやり方について、他の版元には知られたくない、と考えることは充分あり得ます」


 それだけではない。

 料理の味も判らない版元で店の番付を決めていることを知ると、おそらく付け届けをする店も出てくるに違いない。

 ただ、版元は食通の人から得られる評点を機械的に集計しているだけ、とも知らずに勘違いする輩も多いはずだ。


「それで、義兵衛様は『その評点が沢山ないと信頼できるものにならない』とも言われましたよね。仕出し膳の座に加わろうとする料亭も入れると全部で500~600もの店がありましょう。最低でも10個の評点が必要となると、店の数の10倍もの評点を集めなければなりません。何か方法でもあるのでしょうか」


 安兵衛さんは成程と思う点を突いてくる。

 実のところ、これには善四郎さんの協力、仕出し膳の番付で幕内に位置づけられる料亭の協力が必須と考えていた。


「店の数の10倍の評点では、とても足りません。

 なので、そこの所は善四郎さんに理解してもらって知恵を出してもらう必要があります。

 そうですね、その辺りのことを話しますので、安兵衛さんと勝次郎様で説明資料を書いて頂けないでしょうか」


 計算の手順書は、どうせ一人の作業になるので、切りの良い所で止めた今のままで良い。

 それよりも、500~600もの店を評価するために、どう評点を集めるのかを判ってもらう資料を二人に作ってもらうのが効率的に違いない。

 義兵衛は内に暖めていた案の骨子を二人に説明した。


「基本はこういった感じです。判らなくなったら、一緒に考えても良いと思いますので、まずは善四郎さんへの説明資料の下書きを作ってみて下さい」


 昨日と同じように文机を向かい合わせに並べ、勝次郎様と安兵衛さんが義兵衛と向き合って座った。

 ただ、昨日は何かに追われるように算盤を弾いていたのだが、今日は安兵衛さんと勝次郎様が小声で話しながら手元の紙に書きつけていく。

 時々、義兵衛に質問してくるが、見通せている義兵衛には何ほどのものでもない。

 義兵衛は、計算する手順書を作成する手を止めて、これに答える。

 ただ、この質疑を通して、評点をどのような観点でどうやって集めてくるのかが二人ともやっと見えてきたようだ。


「義兵衛様、いっそのことややこしい計算を抜きにしませんか。食通の方の評価を見て善四郎さんや座の主要な方が適当に重み付けして合算するだけで良いのではありませんか」


 ややこしいやり方にうんざりしたのか、勝次郎様がこう言い出した。


「いえ、その重み付けが恣意的にならないようにすることが重要なのです。善四郎さんの感覚と比較し、補正できる値、つまり重み付けを求めるのが今回の計算の狙いなのです。方法を明確にすることで賄賂など余計なものが入り込む余地を無くし、公平性を担保しているのです。もちろん、ある程度の数で評価することで、恣意的な評点・意見は消されてしまうのが理想的なのですが、それは少し難しいですね。

 限られた店数であえて実施するのであれば、善四郎さんの評価する30店舗と重複する食通の方の評価点を全部ではなく8割程度選び得られた重み付けを使い、残りの2割の評点を比較・評価するという作業を行い、重み付けの正しさを担保する、ということをしても良いのかも知れません。

 いろいろな考え方はあるかも知れませんが、この食通の方毎の重み付けがきちんとできてしまえば、あとは簡単なのですよ」


 ゴルフ競技で公平なハンディキャップを出すために隠しホールを設け、そこから算出するに似た方法を説明したつもりなのだが、伝わったかどうかまでははっきりしない。

 まあ、一度きりであれば勝次郎様の言うことも正しいのだが、これから長く続くかもしれないことなのだ。

 後に形骸化するかも知れないが、最初に正しい方法を定めておくのは悪いことではない。

 勝次郎様は、判ったかどうか怪しい表情を見せながら、資料の下書き作成に戻った。


「義兵衛様、どうにかできました。内容を確認してください」


 安兵衛さんがこう言った時には、もう暗闇が迫る時刻となっていた。


「よくまとめることができましたね。今夜、添削しておきますので、今日のところはここまでにしましょう」


 義兵衛のこの声を聞き、二人は意気揚々と引き上げていった。


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