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椿井家・御殿様の見方 <C2500>

 椿井家の屋敷に戻ると、義兵衛達は果たしていつも御殿様へ報告する部屋へ通された。

 間もなく殿と紳一郎様が部屋へ入ってきた。


「義兵衛、里でのことは概ね爺から文が届いておる。籾米の段取りは終わっておるようなので、後は10月1日に是政村で筒井屋との受け渡しに立ち会うだけでよかろう。

 それで、工房の様子はどうだったのかな」


 義兵衛は、工房が大きく様変わりして驚いた事、新しい強火力練炭への期待などを述べた。


「うむ、そうであったか。さて、本筋に入ろう。興行の件じゃが……」


 今日の御勤め後に一橋様から呼び出され、御屋敷へ行き『椿井家は急に羽振りが良くなったようじゃが、何をしておる』とか『定信にはどう献策しておるのか。興行で何をたくらんでおる』と壬次郎様も同席の場で色々と問いただされた、とのことである。

 御殿様は田安家用人の前段階となっており、その実弟の壬次郎様が自分の用人、更に実弟の甲三郎様が老中・田沼様の用人となっていることが、既に一橋様の知る所となっている。

 そして、田沼派と目される北町奉行・曲淵様の子息が椿井家のキーパーソンと思しき人物・義兵衛に張り付いていることも聞いていると言う。

 それぞれの村から木炭を売りに出るのではなく、それを加工して売ることを家主導で行っていることを説明し、更に大飢饉が迫ってきている旨の神託を聞き、それに備えるため色々と動いているうちに今の状況になったことを話したそうだ。


「更に、料理比べの興行につき、かかわった経緯もお話しした。それを大層面白がられて、次回興行の折に側へ控えおくことを申しつけられた。おそらく『ことの顛末を余興に添えよ』との思し召しに違いあるまいが、そうなると事前に定信様に経緯を説明しておかねばならぬ。ややこしいことよ。

 大飢饉の神託は、もっとややこしいことに成り兼ねん。巫女を押さえておる田沼様と事前にどこまで明かして良いのかの見極めが必要であろう。今の所義兵衛はあるていど自由に泳がせてもらっておるが、ここで間違えればどこぞに幽閉されるやも知れぬのだ。特に、将軍家の先のことは、何があっても伏せねばならない」


「殿、勝次郎様がおりますので、御控えください」


 義兵衛があわてて口を出した。


「これは迂闊であったな。安兵衛殿が当たり前のようにしておるので忘れておった。いずれにせよ、甲斐守様(北町奉行・曲淵様)と主殿頭様(老中・田沼様)と至急話をせねばならぬ。

 勝次郎殿。明日、早朝の面会でも良いので、甲斐守様の都合を今直ぐうかがってきてはくれぬか」


 否応もなく勝次郎殿を送り出すと紳一郎様に人払いを命じ、座敷にはことの次第を知る3人だけとなった。


「それで、町民の興行前日となる10月19日に、一橋家・巣鴨下中組向かいの拝領屋敷(現:白山通り沿いの巣鴨駅近傍・都交通局巣鴨営業所、2360坪)にて、極めて小規模で行うようご要望であった。おそらくワシはその場に呼ばれることになる。そして、ことと次第によるが、この神託に関係する者も呼ばれることになるやも知れぬ。場所が城内の一橋家屋敷でないところから推測すると、座を仕切る八百膳は勿論、町民の萬屋を巻き込む可能性もあろう。

 ことは主催される一橋様の意向に沿うゆえ、どこまでの人に控えておいてもらうか判らぬところなのだがな。

 無駄足になるかも知れぬが屋敷内の目立たぬ所に控えておいてもらい、呼び出しに都度応じるのがよかろう。主人の千次郎と飢饉対策の米蔵がからむお婆様には居てもらう必要がある。念のためこの両名にそのつもりだけはしておいてもらえ。

 無駄足ということでは、壬次郎の所の新五郎はある程度具体的な構想を聞かされる前に、ともかく八百膳との顔つなぎが必要として当家・義兵衛に紹介を頼んだのであろう。一番負荷のかかる八百膳にまず一報するということに思い至ったのは、弟にしてみれば上出来であったわい」


 話がひと段落したと思われたとき、安兵衛さんが口を挟んだ。


「恐れながら、お教え頂きたいことがございます。

 椿井家の御知行地で工房を拝見させて頂きましたが、10万両を下らぬ木炭加工品をこさえております。年貢米ではなく、金子で納める格好となっておりますが、これからもずっと同様になされるおつもりなのでしょうか。

 もし、存念をお教え頂ければ、余計な詮議を受けずに済みましょう」


 直球を投げたかのように見えるが、義兵衛が想像するに、どうも聞き出したい要点から外れているような気がする。

 それとも、答えやすい質問から順にしているのか。


「これに答えるのは、ちと難しいかのぉ。

 確かに、夏場の小炭団やら卓上焜炉などで、萬屋が店先現金売りを行った関係で季節外れではあるが多少の金子を得ておる。しかし、練炭や七輪については季末決済である故、実際に儲けておる気はしておらぬ。こちらから帳面だけ見て報告を聞いておると、年末に支払わなければならない金額だけが積みあがって、首が回らない思いをしておるのだがな。ただ、ことしの年末が楽しみなのはたしかじゃ。

 それで、ワシとしては今の状況は長く続かぬと思っておる。あまり派手に儲け続けると、我が知行地に対し御公儀は何か手立てをするであろう。

 その兆しを捉えるために、あえて旗本の杉原殿の知行地へ練炭作りを教えたのだ。また、佐倉藩を助けたのも、御公儀の動きを見るためだ。

 面識を得たばかりの主殿頭様を経由して佐倉藩の堀田相模守様(堀田正順様)をご紹介頂いたのだが、おそらくこういったワシの狙いは、既に読まれておるであろう。それを承知の上で、動いているに違いなかろう。

 そこで、椿井家としては、今の知行地を手放さずに済むように、要所に兄弟を押し込んだつもりなのだが、果たしてこれが良い方向に出るかどうかまでは判らぬ。

 ただ、あと3年後から始まる大飢饉で、これを乗り切ることが最優先、と御公儀が思ってくれておるのならば、それまでは好きなようにさせてくれるのではないか、と踏んでおる。少なくとも、我が知行地から餓死者は一人たりとも出さぬ」


 この説明に義兵衛は驚嘆した。

 御殿様は、義兵衛が考えることを踏まえた上で、その更に先を見据えて手を打っていたのだ。

 ただ、安兵衛さんの質問の答えにはなっていない。


「それで、あくまでもワシの見立てだが、これから先の世では年貢を米で集めるのではなく、金子が幅を利かす世になると見ておる。

 旗本・御家人に対する蔵米取・扶持米などという、御公儀が米を集めて配る仕組み自体は無くなりはせぬが、これが金子に換わることが多くなろう。各村で米を換金した後に、金子を年貢として納めさせれば良いのだ。札差が地回りの米問屋になると思えば良い。

 まあ、大名の軽重を石高ではなく給金で計るなど、とても想像はできぬかも知れぬが、長い目で見ればいずれそうなろう。

 安兵衛殿の生きている間に実現するとは思わぬが、まあ100年もすれば、そういった風潮も出てこよう。椿井家は、義兵衛の献策を良い機会として、一歩先を歩いていこうとしておるのじゃ。

 ほっておいても、いずれ札差に富が集中していることが問題となるであろう。

 旗本・御家人への禄の支給は、概ね禄米切手によって行っておる。この切手を札差が預かり、米を操作して必要な金を回しておる。この中で行われている実態を、預けている側が知らぬことがそもそもの始まりであろう。『必要な金は札差が持つ』と思わせて、借財であることを意識させぬまま使わせ、気付いたときには借金まみれとなっておるのよ。

 それを断ち切るには、借金を帳消しにする荒療法をし、禄米切手という仕組みを扶持取りと給金に変えていくしかなかろう。勿論、金のことをあれこれ言うのをいさぎよしとせず汚いと思う風潮をどうにかせねばならぬのだがな。

 御公儀の勘定方や御老中様は、こういったことには気付いておろうが、滅多なことは言えぬのだろう」


 御殿様は急に饒舌に安兵衛さんに話をした。

 ここ半年の間の目まぐるしい変化に何か思うところがあり、安兵衛さんの質問が琴線に触れたに違いない。

 椿井家は知行持ちなので禄米切手にかかわることがないが、知行を持たない旗本・御家人は概ねこれによって収入を保証されている。

 毎年春・夏・秋の3回、この禄米切手を指定された御公儀の米蔵(本所・浅草)に持っていくと、切手に記載された量の米が払い出される仕組みなのだ。

 札差は本来そこの所を代行したのが始まりなのだ。


「まあ、札差を武家から遠ざけた所で、代わりに両替商が取入ったり、札差が百姓から搾り取るという構図はあるかも知れぬのだがな」


 そういった話をしている所へ、奉行所から駆けてきたであろうか汗で上気した勝次郎様が飛び込んできた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 500話更新おめでとうございます。 [一言] 上田秀人氏の「日雇い浪人生活録」と少し似てきた感じがします。禄を米での支給から金での支給への変更を目指す点が。 上田氏の作…
[良い点] いつもおもしろい!! [気になる点] 戦国期辺りだったか中国から銭が入って来なくなって石高制になった、なんて話を聞いたことがありますが 武士がカネにごちゃごちゃ言わない風潮もその流れの一つ…
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