大丸村・芦川家での歓待 <C250>
毎日投稿も50話目になりました。結構厳しい日々でした。
今回は、この時代の食事風景を描いてみました。食事シーンや女性の登場についてコメントされた方の期待するレベルには至らないとは思いますが、一応女性陣が同席する風景で設定しました。
貫衛門さんとの話が長引き、和尚さんと寮監長さんとの交渉も思いのほか時間がかかったため、和尚さん達が帰った頃にはもう夕闇が迫っていた。
「今宵は、こちらへ泊っていきなされ」
貫衛門さんの言葉に甘え、村へは明日帰ることにした。
やがて、家主の貫次郎が出先から帰ってきた。
大丸村は天領であり、隣村である長沼村に幕府から代官が常駐している。
近隣の地主を集めての集会が長引き、帰宅が今の時間となったということのようだ。
「貫次郎、こちらは金程村の名主・伊藤百太郎さんの息子で義兵衛さんと言う。
秋葉神社にかかわることで、円照寺の和尚さんに相談があるということで、家を頼ってこられた。
用向きは終わったが、遅くなってしまったので、泊まるよう勧めておったのじゃ」
「金程村から参りました義兵衛と申します。
本日だけでなく、これから先も芦川様には大変お世話になりますので、よろしくお願いいたします」
「判りました。
こちらこそ、よろしくお願いします」
そして、囲炉裏を囲んでの夕餉が始まる。
囲炉裏には、それぞれ座る場所が決まっており、義兵衛は右手の客座に座らされた。
神棚を背にした横座の真ん中には家主の貫次郎が座り、その横に貫衛門が並んで座る。
貫次郎の子供・長男はまだ数えで6歳ということで、貫次郎の嫁である幸が左手の嬶座に子供を連れて座る。
その奥側には、貫衛門の奥さんである婆さまが座る。
下女が囲炉裏と土間の間にある木尻座に控えており、配膳や給仕はこの下女が行っているのだ。
「いつもながらの夕餉で、特になにも変わったものはないが、たんと召し上がっておくれ」
幸さんがこう言うと、下女が大きな丼に山盛りに麦混ぜ飯を盛って渡してくれた。
汁ものは、幸さんが囲炉裏にかかっている鉄鍋から装ってくれた。
香のものとしては、少し小ぶりだが梅干が小皿に入れて配られている。
梅林は多摩川の対岸に沢山植えられており、梅干はこの地域の名物なのだ。
それ以外には、囲炉裏に川魚の串刺しが大人の人数分、つまり5本ささっている。
義兵衛にとって魚なんて滅多に食べることができない御馳走なのだ。
配膳している下女は、皆の食事が終わり、後片付けが終わってから、奉公人の部屋で頂くことになる。
家主の合図で食事が始まり、それぞれの今日あった話も始まる。
まずは、貫次郎さんが長沼村の代官様との集会での概要をちょっとだけ話をした。
多分、決まったことも少なく、実はあまりなかったのだろう。
その代わり、婆さまがしきりと人の消息『誰それは来ていたか』を聞きたがる。
いつの間にか、婆さまの独擅場になってしまったが、こういった消息通は婆さまの特権なのだ。
案の定、義兵衛にも質問の嵐だ。
「金程村といやぁ、ほれ、津梅さんというのがおったよのぉ、確か、喜之介とかいいよったか。
どうしなさっとる」
とか、
「誰それの嫁は、この近所の里の出じゃ。
お子は、どうなされておいでじゃ」
こんな風に金程村の主な人について根掘り葉掘り消息を尋ねるのだ。
義兵衛自身や家族のことなら返事もできるが、同じ村とは言え人の消息にそう通じている訳でもない。
婆さまの勢いに、ともかく、よくもまあ思いだせるものだと感心する。
「そんなことより、今日はあの円照寺の和尚が丸め込まれるのを初めて見たぞ」
貫衛門さんが、婆さまより主導権を奪い取ると、今日あった一部始終を面白可笑しく話し始めた。
とは言え、内緒にして置きたいところに話が差し掛かると、義兵衛は「それはちょっと」と合いの手を入れて、止めるのであった。
そうなると、義兵衛も話に加わらざるを得なくなり、やがて和尚さんや寮監長さんの声色を真似たり、登戸村の競り売りの様子を話したりと大忙しになったのだった。
誠に賑やかな夕餉で、皆の椀も空になり川魚もすっかり頭と骨だけとなった。
下女が皆の茶碗を下げると、それぞれに湯飲みが配られ、幸さんが白湯を注いでまわる。
この時を狙って、義兵衛にこう尋ねさせた。
「次より、芦川さんのところに売り物として七輪や練炭を運びいれることになります。
登戸村の加登屋さんでは、都度売り渡していますが、こちらでは銭の代わりに相場に見合った量の米で支払っていただくことは可能でしょうか」
思えば、最後に急斜面はあるが、金程村と大丸村はせいぜい2里=8kmしか離れていない。
登戸村との3里よりは若干短い距離なのだ。
そして何より、大丸村には若干以上に古いとは言え、蔵に備蓄された米が沢山ある。
古々々米でも、米は米なのだ。
しかも、米問屋が新米を買い集める価格より何割かは絶対安い。
七輪・練炭を運んだ帰りに、その米を持って帰るというのは当然あるだろう。
銭をもらっても、それを直接食べる訳には行かないのだ。
七輪・練炭の商売に一枚噛みたいと貫衛門さんが言っていたことを、実際にするのであれば、この大丸村を拠点に北の方へ販路を延ばすのが妥当だと言えよう。
貫次郎さんが慎重に答える。
「芦川家に金程村への掛売り金があるとして、それを備蓄している米で支払うことは問題ない。
ただ、米が備蓄の最低基準に達するまでは、用立てることができない。
まあ、今年の秋に洪水で穂が水に浸かるようなことが無ければ、秋以降なら大丈夫だ。
それまで待って頂くことになるが、それで良いか」
「はい、ありがとうございます。
これで安心して七輪や練炭を持ち込むことができます。
勿論、分けて頂くのは古米・古古米で充分でございます。
よろしくお願いします」
結局、大丸村に蔵を借りたようなものなのだ。
七輪や練炭が、ここで錬金術のようにそのまま米に変わるのだ。
後は、運送路を見極めることが重要になるだろう。
「それよりも、今日は父の相手を一日して頂き、ありがとう。
あんなにはしゃぐ父を見るのは、いつ以来だろう。
明日帰るということだが、近々是非また尋ねてきて欲しい」
遠いところを見る目をしながら、芦川貫次郎さんは答えた。
大丸村は、米に関してどこまでも堅実な村なのだった。
井戸を借りて体を拭き、さっぱりとして座敷に戻る。
婆さまが声をかけてくれた。
「仏間に客布団を敷きましたぞ。
今日はお疲れなことじゃろう。
まだ重要な話が残っておるならしょうがないが、できれば早ようお休みなされませ」
本当にありがたいことである。
義兵衛は、名残惜しそうにこちらを見る貫衛門さんに挨拶をすると、寝床へ向った。
やはり、食事風景は難しいです。正式な接待ではなく、ただのお客という風にして、囲炉裏傍での食事で済ませてる形にしました。焼いた川魚(山女?)が出るというのは、この時代ではご馳走だと考えています。
次回は、村に帰ると甲三郎さんにお目見えした助太郎さんが惚けていた、というお話です。
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