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実物がないとわからんぞ <C205>

いよいよ家族の登場です。物語が少しにぎやかになります。

 俺と義兵衛は、この村の名主でもある父・百太郎にどう伝えていくのかを相談していく。

 まずは話しを聞いてもらうのが先決なので、俺が義兵衛に憑依しているという事実は一応伏せよう。

 そして、毎年20石も米を年貢として納めていることが、村の運営に大きく影響していることを指摘し、それを減らす方法として付加価値のある「成型木炭」を作ることを提案するという方向で骨子を固めていく。


 安く買い叩かれる木炭を原料として、練炭を作る。

 原料は約60俵分=900Kgを当てることができるので、650個の練炭が作れる。

 そのまま木炭として売ると木炭60俵=銀120匁=12000文=金3両=30万円になるが、もし練炭1個が100文=2500円で売れるとすれば、練炭650個=65000文=金約16両ちょっと=162万円となり、13石分の年貢米を減らすことができる。


 突っ込みに備えて、練炭の効能についてもまとめておこう。

 練炭には、火の持ちが8時間と長く熱量が一定、着火が容易、形が決まっているので取り扱いしやすいという使う側の利点を理解してもらう必要がある。

 しかし、それ以上に強調したのは作る側の利点である。

 一番言いたいのは、安く買い叩かれている木炭を加工して高く売れるという点なのだが、それ以外にも、あまり手間をかけずに均一な品質の製品が作れるというところも判ってもらう必要がある。


 その日の夕方、父・百太郎と兄・孝太郎を前に、一日かけてまとめた成型木炭製造・販売の策について説明をした。

「良いところに目をつけたな。

 これはなかなか面白そうだ。

 今までの木炭を卸している登戸村に持っていくだけではなく、溝口や川崎といった大きな街道沿いの商店に持ち込むか、道売りをするのも良いかも知れない」

 兄の孝太郎はさすがに将来この村を担う人材だけに、定免法による年貢米が負担になっていることを気にしていたみたいだ。

 それ以外にも、この村の負担についても語ってくれた。

「多摩川をずっと下っていくと、東海道という大きな街道があり、その宿場として川崎宿がある。

 ここの宿には馬匹を一定数整える義務が課せられているが、川崎町だけではこの負担が賄えないとして、助郷というのが定められている。

 実はこの金程村も川崎宿の助郷に指定されていて、馬や人足を毎年出すことになっている。

 ただ、村の労働力を考えると馬や人を出す訳にはいかないので、今まで米や金を出すことで収めてもらっていた。

 しかし、一度金穀で代納してしまうと、この要求が段々と増えてくるようになってきており、この捻出が苦しくなっているのだ。

 村の蓄えを回すようにしているが、いずれ限界が来ることを憂慮しているところだったので、こういった提案はありがたい。

 お前が中心となって新しい試みをすることは積極的に応援したい」


 兄の孝太郎から、非常に好意的な反応があった。

 実は、次男坊である義兵衛は、跡取りではないため、いつまでもこの里に居ることはできない。

 そのため、どこかの家に養子として婿入りするか、新たに開墾して農家として一家を起すか、商人か農家でない職に就くぐらいしか先行きがない身なのだ。

 弟の先行きも視野に入れての好意と考えてもよさそうである。

 自身の先行きも返答に含めていることを踏まえて、孝太郎の話す内容を俺なりに解釈して義兵衛に伝えると、驚いたような反応が返ってきた。

 兄の言葉の裏にこういった思いが入っている可能性には気づかなかったようだ。


 父・百太郎は義兵衛からの献策を聞き、半紙に示した図や数字を吟味していたが、兄・孝太郎の話しが終わると腕を組み難しい顔をして上を見上げた。

 そして、おもむろに口を開く。

「その歳にしては、よく考えられている。

 お前が何をきっかけにこのようなことを考えたのかは判らないが、村のかかえる根本的な問題をどうにかしよう、と思うのは正しい。

 この建策で一番重要となるのは成型木炭・練炭の効能と価格だが、ここが効能通りなのかとどの程度の値段で売れるのかの所の見通しがどうも納得いかない。

 そして、ここで記載されている練炭・七輪というものがどの程度のものなのか、どうもよく判らない。

 きちんとしたものでなくとも、実物を見ないとワシからはなんとも言えない。

 実物を見て、実際に火をつけて効果を見て確認しないと、このままではこれに人手をかけて良いのかどうかの判断はできない。

 幸い、今の時期なら人手は多少融通が利くから、何とか実物を用意してもらいたい。

 それを見て、触って、実際に火を付けて様子を見ないと何も決めることはできない」


 兄・孝太郎に好意的な意見を聞いた後だけに、「実物がないと箸にも棒にもかからない」といった風の、父からの厳しい言葉に義兵衛がガックリとしたのが伝わってきた。

 今日一日かけて一生懸命考えてきたことが、否定されたと感じたのだ。


「義兵衛さん。お父様は一見厳しいことを言っているように聞こえますが、無駄だと叱り飛ばしている訳ではないのですよ。

 きちんと献策を吟味しているからこそ、実物を見てみないと判断できないと言っているのです。

 つまり、実物を作ってもってこい、と言っているのです。

 それだけ見込みがあると言われているのです。

 ここは落胆ではなく、早速実物を作ってみる方向で動きましょう。

 俺が見るところ、3日程度あれば見本は作れると思いますよ。

 ただ、木炭を扱うことに長けている人を一人用意する必要がありますけどね」

 俺の伝える言葉で、しょげていた義兵衛は見る間に蘇った。


「では、三日ほど猶予をください。

 実物とはちょっと違うかも知れませんが、効果がわかる代物を用意いたしましょう。

 それを見た上で献策が妥当かどうか、人をかけて取り組んでよいかの判断をして頂ければと思います。

 あと、僕一人では難しいところもあり、大工の家の助太郎の力を借りたいと思っています。

 こちらも、棟梁の彦左衛門さんに話しておいて頂ければ助かります」

 義兵衛の言葉に父・百太郎は強く頷いた。


「期待しているぞ。当面の農作業のことは気にせず、明日から早速取り掛かるがいい。

 彦左衛門さんのところの息子に協力してもらう件は早速話しをつけてやるが、今は木炭作りで忙しい時期だけに、これは遊びじゃないということはきちんと判るように取り組んでもらいたい」

 俺の睨んだ通り、百太郎は見込みがあることを理解した上で一歩踏み出すことを伝えたかったようだ。

 同い年の助太郎を木炭作りから回してくれるという、おおよそ100%回答を勝ち得たのである。

 同時に、義兵衛はバックに俺が控えていて、都度助言することに大変感謝しているという思いが伝わってきた。

 常時、岡目八目状態で助言する俺は、確かにありがたい存在なのだろう。

 そう思いたい。



舞台となっている地域の江戸時代の情報を提供していただけると大変嬉しいです。

コメントなどよろしくお願いします。

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