円照寺との初回協議終了 <C249>
広げられた風呂敷にどう対応してきたか、という場面です。
「いやぁ、お若いのに凄いことを考えておられるのぉ」
まず和尚さんが硬直が解けたかのように声をあげた。
「こりゃ、おったまげた。
流石に、あの百太郎さんの息子じゃ。
ただ、風呂敷の大きさは普通ではないようじゃ。
ワシとこの村も、その話に一枚噛ませてはもらえんじゃろうか」
このままでは、円照寺を紹介しただけに終わってしまう、と思ったのか芦川貫衛門さんが割り込んでくる。
「江戸に流行る秋葉大権現信仰というのは、多分、本所の隅田川向島にある秋葉神社に由来するのではありますまいか。
確か、千葉山別当万願寺が仕切っており、諸大名やら大奥からも信仰篤く、寄進などもある模様です。
浅草寺の川向いで、水戸家の下屋敷に近かったはずです」
寮監長の芳吉さんが思い出したように発言し、続ける。
「ただ、秋葉様といえば元々は遠江国秋葉権現様を分霊して祭ったものです。
その意味では、当円照寺の秋葉神社も同格であり、さらに言えば延喜式社である当神社の方が由緒もあり格も高いと申せましょう」
理屈はその通りなのだが、こと信仰となると勢いが大事ということもある。
「では、向島の秋葉神社へは、大丸の秋葉神社が七輪毎に初穂料を頂いてご加護を与え、その証として焼印を入れたものを販売している旨を通知してはいかがでしょう。
ただし、初穂料については、これは信心のことゆえ敢えて取決めはしておらぬということを匂わすようにしてください。
この通知を以って、向島の秋葉神社は同様の許可を与えようとすると、それなりの負担を同業者に強いさせるようになるかと思います。
つまり、七輪に焼印を入れる許可は、いい商売になる、という感じにです。
これが新しく七輪を作って金程村と同様に焼印を入れようとする抑止力になると思います。
無許可で向島の秋葉神社の焼印を入れた七輪は、秋葉神社自体がその販売を排除するように圧力を掛けるでしょう。
『俺の所の焼印を勝手に押すな。もし押すならちゃんと許可を取れ、すなわち其れなりの初穂料を納めよ』という感じでしょかね」
新しい商売のネタを教えることで、未来の競合相手に圧力を掛けるという小悪党的な手段が染み通るまで、ちょっと間を空けた。
『お主も悪よのぉ』なんて言われそうなセコズルイ手段なのだ。
「当地の秋葉様から、円照寺様のご威光と、延喜式社由来の大麻止乃豆乃天神社の格を権威の背景とする火伏せの焼印を、これから作る七輪にお与えください。
真ん中に秋葉神社のお印を置き、左右に円照寺様のお印と大麻止乃豆乃天神社のお印を載せた印形を七輪に押すという形になります。
これを目にする人は、火伏せのご加護だけでなく、円照寺様と大麻止乃豆乃天神社のご威光を意識せざるを得ません。
金程村はご加護を得た道具として七輪を売り出し、そこの利益からいくばくかを秋葉神社様・円照寺様へ納めます。
という図式ではいかがでしょう。
何か言われる可能性があるのが、総本山である遠江国秋葉権現ですが、分霊以降はきちんとお世話だけすれば特に問題はないという認識でよいのではないのでしょうか」
とりあえず、義兵衛から対策案は打ち出せた。
「あと、こちらの貫衛門さんからの申し出について、そのような事態もあろうかと、金程村がいつも炭を卸している炭屋との交渉を済ませております。
炭の株仲間の店からの言質で、いささか条件付きではありますが、販売について取り扱いすることもできるのではないかと考えます。
委細は確認しますので、次回はもう少し説明できると思います。
懸念があるとすれば、生産側の問題で、まだ大量に物の準備ができないといったところです。
本格的な販売時期が今年の秋からということであれば、それなりの数量を確保できるとは思います。
このあたり一帯を貫衛門さんの所で押さえて頂ければ幸いです。
ただし、登戸村も含め府中街道の南側は控えてください。
どちらかと言えば、府中街道の北側、多摩川を越えて府中を中心に甲州街道沿いに手を広げ、そこから江戸へ伸ばして頂くというのも手です。
勝手なことを申しましたが、いかがでしょうか」
「いやぁ、これはありがたい。
うっかりしてしまったが、この場は和尚さんや寮監長さんとの話し合いの場であったわ。
大丸村の話は、その後にさせて貰うということでよいかな」
「勿論、それで結構でございます」
一個ずつ丁寧に打ち返すのも良いが、ついはずみで出された弾まで弾いてしまっていた。
改めて、和尚さんと寮監長さんの顔をうかがう。
「方針・方向は、言われる通りであろうな。
こちらも余り異存はない。
ただ、やはりなんと言っても七輪・練炭の実物を見て、その効能を我が目で確かめなければ何とも言えないところがある。
今後の仔細について、概ね存念は理解した。
後は、初穂料の設定と関係する所との連携・調整だが、どうすればよいのかはこちらでまず考えてみよう。
場合によっては、連携・調整に向け実物を持参し他所へ同行して頂くこともあると思われよ」
義兵衛さんには、何がなんだかという結論かも知れない答えにボォーッとしている。
禅問答よりは、よっぽど判りやすいと思ったのだが、慣れていないのであれば無理もない。
そこで、和尚さんのこの発言は100%要求が通ったも同じ、という結論なのだと伝える。
義兵衛さんは、正面の二人に向かい、頭を深くさげる。
「ありがたいお言葉を頂き、大変感激しております。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
次回参ります時は、実物を初穂料代わりの献上品として用意して参りますので、是非ともご覧になって頂きたく、よろしくお願いいたします」
そう言上した。
「本日はお忙しい中、急にお呼び立てして大変申し訳ございませなんだ。
また、近々ご相談することになるかと思いますので、よろしくお願いしますぞ」
仲介した貫衛門さんが終わりの挨拶をする。
和尚さん、寮監長さんは一度軽く会釈すると、立ちあがった。
「いやぁ、こちらこそ、面白いひと時を過ごさせていただきましたぞ。
それにしても、大胆な目論見をされるお子が居られるわい。
話を聞いて思わず引き込まれてしまいました。
あぁ、この話は内聞ということは承知しております。
では、また近い内にお会いいたしましょうぞ」
義兵衛は、更に体を平たくして頭を下げ、見送る。
貫衛門さんが両人を連れて玄関まで見送りに行く。
やがて和尚さんたちを案内した貫衛門さんが座敷に戻ってきた。
気づけば、もう夕刻になっていた。
「いやはや、驚きじゃ。
あの和尚や寮監長が、ああも簡単に丸め込まれるのを、ワシゃ初めて見る。
いやぁ、大したものじゃ。
もうじき、息子の貫次郎も戻ってこよう。
色々と聞きたい話もある故、今宵は、こちらへ泊っていきなされ」
その言葉に甘え、芦川さんの客人として今夜は泊まることとなった。
芦川のご隠居様に気に入られた様子で終わりました。
次回は、芦川家での夕餉の風景とそこでの会話のお話です。
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