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椿井家の内情 <C2489>

「まずは、愛宕神社に押印の承認費用を七輪と練炭で代納してよいかの確認をしよう。義兵衛様の言うように、まずは年末までに作る卓上焜炉の数に見合う費用の七輪・練炭を持って行き、話を進めよ。現物を前にすれば、間違いなく話は通る。ただ、練炭の値段は今回1個300文のままで卸したことを明らかにしておきなさい。そして、年末までに売値を下げた時には、今回納めた分の費用の差分を練炭で支払うことを確約すれば、金額面での不満は多少和らごう。

 とりあえずは、当月頭に立てた販売計画通りとして、来月・10月末に価格や売り方の見直しをする、でよかろう。幸い、今の所薪炭問屋の組合からは何も申し出がない。つまりは、残念なことに、まだ山のものとも海のものとも思われておらぬようだ。前提が変わらぬうちに主導権を握ってしまう策は順調と見てよかろう。10月に入ってからが勝負の時であろうからな。

 さあ、何はともかく用意して愛宕神社様にはこちらから話を付けるのだ。

 ああ、義兵衛様はもうしばらくそのままお待ちください」


 千次郎さんが具体的に指示を出すと、顔色が戻った忠吉さんは大番頭にふさわしく、手代達を動かし始めた。

 そして、千次郎さんと忠吉さんは座敷の一角にある結界(会計関係の処理を行う囲われた場所)で帳面を繰りながら、手形の処理を進めている。


「さて、是政村の宝珠寺(西蔵院)で籾米1850俵を引き渡す証文ですな。今、萬屋内での付け替えが終わりましたので、籾米の引き渡し証文をお持ちください。それから、こちらが470両を椿井家から井筒屋に振り替えた書きつけの控えです。今月末には、いつものように椿井家様の売掛金にこれを反映し集計した報告を差し上げますので、それと合わせて御精査ください。

 また、椿井家に季末払いの新しい証文などありましたら、こちらで振り替えを行いますので、都度遅滞なくお知らせください。なにせ、金程村工房から上がってくる預かり証は膨大な金額になっておりますから」


 金程村の工房から出荷した炭団・小炭団・練炭は、登戸村の支店に納める都度、当初は現金であったが、大量納品の確約が出来て以降は、納品書に見合う預かり証を出してもらっている。

 七輪については一定量が萬屋に置き、備蓄下限を割り込むと、まずは深川の辰二郎さんの工房、そこで出荷の準備ができていなければ椿井家の江戸屋敷にある七輪を八丁掘の本宅倉庫に運び込む段取りとなっている。

 そして、萬屋の蔵に入れるときに椿井家へ納品された旨の証文が発行されている。

 椿井家では、こういった証文を都度受け取り、月末の報告と照らし合わせているのだ。

 そして、年末にはこういった売掛金の証文の積み上げたものと、買掛金の証文とを付き合わせ、差額を手形として受け取り両替屋などで必要とされる金子にして家臣の俸禄を支払っていた。

 ただ今年は、例年使っていた井筒屋に代わり、最大の取り引き先となった萬屋がこの仕切りを行い、椿井家で使う金子などを持ってくる段取りとなっている。


「まだ細かくは詰めておりませんが、椿井家として年末に必要な金子は引き出しますが、残額はそのまま萬屋に預けて運用する方針です。以前、5月頃でしたか、五万両(50億円)の売掛金を萬屋さんで運用して頂いて、という夢を話しておりましたでしょう(203話)。この時は夢であった五万両ですが、そこにはまだまだですが、年末までにできるだけ積み上げていく所存です。名内村や佐倉藩での練炭作りで得る年内の収益に目処が付けば、かなり良い線まで行けるのではないかと考えております」


『五万両を萬屋で運用』という話を初めて聞いたのか、安兵衛さんは驚いた表情をした。

 そして、その様子を見ていた勝次郎様はもっと驚いた表情をした。


「義兵衛様。萬屋さんの前で語ったという夢の話をお聞かせ下さい」


 恐い顔をして安兵衛さんが詰め寄ってきた。

 そういえば、これは安兵衛さんと知り合う前のことだった。


「萬屋さんに炭団を卸したお金で、井筒屋さんにあった椿井家の借金を清算した後に、ちょっとした私の夢を口にしました。

 安兵衛さんとはずっと一緒に行動していたので、私が江戸に居る時のことは全部ご存知とばかり思っておりましたが、これは巫女がからむ前の話でした。当時は、北町奉行・同心の戸塚様と時々ご一緒しておりましたが、その時はまだ夢のような話でしたから、特にお教えしておりませんでしたね」


「義兵衛様、その話はお婆様の前でした内容でしょう。具足町の店での用は終わっておりますので、続きは本宅で話されてはいかがですか」


 千次郎さんは本宅ではなく先に店に連れて行ったことを気にしていたのか、義兵衛を急かした。

 義兵衛達は千次郎さんに押されるように店を出て、八丁掘・幸町にある本宅へ向った。

 日本橋と八丁掘は楓川で仕切られているが、多くの橋がかかっており往来も多い。

 店のある日本橋・具足町から萬屋・本宅のある幸町までは、間に弾正橋を挟んでいるが8丁(約880m)程の距離でしかない。

 しかし、本宅に着く頃には、昼七ツ時(午後4時)を過ぎ日暮れが迫り寒さが感じられるようになってきていた。

 お婆様と華さんが今や遅しとばかりに屋敷の門前まで出て待っており、一行の姿を見るや大きく手を振って屋敷に招き入れた。


「義兵衛様、ようこそ御出で下さいました」


 奥座敷まで案内され挨拶を交わし茶菓で一息ついた後、案の定安兵衛さんが切り出した。


「萬屋で預かっている椿井家のお金で、一体何をなさろうとしておるのでしょう」


 義兵衛は、五万両(50億円)を萬屋さんで運用してもらい、その利益から毎年2千両(2億円)を椿井家の収入とする話をしていたことを経緯も含めて、まず話した。

 そして、その理解を深めるため、椿井家の内情もあけすけに説明した。


「500石の知行がある椿井家は、知行地からの年貢を5公5民と定めており、250石が椿井家の取り分です。

 その中から食用分として80石を確保し、残りを井筒屋さんで現金化していました。それが約170両(1700万円)で、家としての現金収入となります。旗本としての入用をこの金額で済ましておりました。もっとも、これでは全く足りておりませんので、方々から借金をして、その利息を払って首が薄皮一枚でつながっているような状況でした。もちろん、知行地への恩恵を施すようなゆとりは全くありません。

 この苦境を一挙にひっくり返すことができる大金を、今回の起業で手にできました。まだ未達成ではありますが、起業時には5万両程にはなろうと、私が勝手に想定しておりました。ただ、この冬場で5万両を得ても、毎年、未来永劫この収入がある訳ではないとも考えております。そのため、全部の金子を椿井家に持ち帰るのではなく萬屋さんの所でお金に働いてもらい、その実利の一部となる2千両を椿井家の収入としようと考えたのです。そうすると、原資・元金は減らさず毎年2千両を得ることができます。この金額は、4千石の旗本と同じ収入額でしょう。表が500石の旗本ですから、3500石分が自前で準備できるだけ丸儲けとなります。

 そうすると、知行地にも飢饉対策だけでなく、色々と恩恵を施すことができましょう。

 こういった思惑を最初から含んで動いていたため、御殿様は私を士分に召抱えたのではないかと思っております。また、そういった働きの結果が見える様になってきてから、家中での立場・扱いも随分と変わってきた気がします」


「義兵衛様、いや、婿殿。お婆はとっくに判っておりましたよ。最初にお目にかかった時から、この萬屋にとって欠かせぬ存在となるに違いないと。

 その頃の経緯は、安兵衛様もご存知ないと思いますので、今宵は存分にお話させてもらいますよ。

 ああ、もう夕餉の頃でございます。準備はできておりましょうから、別室へご案内しましょう」


 お婆様は客間に案内し、その後は夕餉の席で安兵衛さんと勝次郎様にあきれる程に昔話を聞かせた。

 そして、良い聞き手と成り果てた両名を、深夜に至るまでお婆様が放さず、とうとう義兵衛と一緒に萬屋本宅に泊まるハメとなった。


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