和尚さんからの突っ込みと対応 <C248>
変な受け答えをすると、信頼されなくなります。こうなると、変に繕わず本当のことを言うのが正解です。
円照寺の和尚から、大麻止乃豆乃天神社の境内社である秋葉神社焼印を独占しても、他の秋葉神社や火伏にかかわる他の神様までは権限が及ばないことについて、見解を求められた義兵衛は冷や汗を流している。
『そもさん』の掛け声はないので『説破』という型切り文句はいらないが、きちんとした考えを伝えるべきであろう。
俺は、村の実態と期待、市場原理も含めた見通しを正直に説明した上で、知恵を借りる相談をすべきことを伝えた。
「この件について、少々お時間を頂くことになりますが、事情を含めた説明をさせて頂いてよろしゅうございましょうか」
横に座る芦川貫衛門さんは「おやっ」という顔をし、こちらを見て玄関方向を向き声をあげた。
「おお~い、誰か。
茶のお代わりを頼む」
使用人が現れ、各人の前の茶碗を引き上げ「少々お待ちください」と言って引込んだ。
少々と言ったが、別の使用人が直ぐに代わりの茶を持って現れ、各人の前に茶を進めた。
しかし、この少しの間を利用して、義兵衛と簡単な作戦会議をして説明方針を固めることができた。
誠にありがたい援護であった。
和尚さんが、新しい茶を一口喫すると「では、話してみよ」と水を向ける。
「金程村は総員50名の小さな村で取れ高70石です。
年貢を全て米で納めると食べるものが無くなります。
そこで、木炭を作って補っていますが、それだけではこの村の先行きがないと考え、このたび木炭加工に手を染めることとしました。
木炭加工で得た収入を年貢に充てることで、少しでも米を手元に残したいと考えたのです。
最近登戸村で競り売りしました『練炭』の話しはお聞きおよびでございましょうか」
ちょっと様子を窺うと、和尚さんは無反応だが寮監長の芳吉さんはどこかで聞き齧っているように小さく頷く。
「木炭は炭屋に卸しますが、木炭加工品である練炭は、実はまだ炭屋でも扱ったことがなく、値段を付けることができませんでした。
そのため、登戸村の辻で競り売りを行いました。
これで判ったのは、この木炭を加工することで、元の木炭の5~10倍の値段で売れることでした。
ならば、村を挙げて木炭加工に乗り出そうということにはなりましたが、簡単な加工だけに真似も容易です。
2年もしない内に、他所でも真似て同じものを作り出すに間違いありません。
すると、大量に生産できる他所のものが幅を利かせ、結局金程村は収入の道が無くなって行きます。
そしてまた食うものがない、餓える村に逆戻りしてしまうでしょう。
村で造る練炭に少しでも競争力を持たせるため色々工夫はしますが、結局は見れば判る程度のものでしかないため、いずれは追いつかれてしまうと考えています」
ちょっと間を置く。
「ここからは、まだ気づいている人も少ない練炭の秘密を交えてお話します。
できれば、これから説明する内容について、ご内聞にして頂ければと思います。
練炭の大きな特徴は、どれも皆同じ大きさで管理が容易なことと、火を点けるとどの練炭もほぼ半日保つことです。
簡単に火が点くというのは些細な特徴に過ぎませんが、これは見栄えするので観客受けはします。
このように価格は高いものの、いくつかの特徴を備えています。
このうち長く保つという最大の特徴を活かすには、実は七輪と呼ぶ専用の焜炉が必要なのです。
このため登戸村での競りには、まだ七輪が間に合っておらず、改造した火鉢を使用しました。
そして、この時練炭を販売した先には全てこの改造した火鉢を無償で提供していますので、火鉢にこそ仕掛けがあることは、一般にはまだ知られておりません。
そのため、まだ世に出ていない七輪の秘密を握り、それに最も適合した練炭を作ることが出来れば金程村はまだ優位に立てます」
また、ちょっと間を入れる。
「実はもうすぐ登戸で、練炭と同時に七輪も販売を始めます。
すると、売れれば売れるほど、真似をする所、類似品を作るところが出てくると考えています。
今年の内は、若干でも先行した金程村が作る練炭・七輪が優位に立っています。
この優位性をずっと維持するため考え出したのが、他所で作る七輪にはない・真似ができない特徴を持たせるという方法です。
これが、秋葉様にかかわる神社が許諾したところで生産する七輪だけに、火伏の意味を持つ焼印を押すことができる、という方策になり今回のお願いとなった次第です。
焼印は、似非のものでは全く意味がなく、神社から直接・間接に受けた秋葉様のご加護があるからこそ意味があります。
そこを狙った考えでした」
ここで、和尚さんが口を挟んできた。
「ほほぅ、これは誠に面白い話じゃ。
今、手元に七輪も練炭もないが、これは是非とも見てみたい。
話しの腰を折って申し訳ないが、実物がなんとかならんものかのぉ」
どうも『七輪の秘密』という胡散臭い言葉に好奇心が激しく刺激されたようだ。
『ふっ』と気づいて和尚さんの隣の寮監長の芳吉さんと目を合わすと激しく縦に首を振っている。
『えっ』と思い横を見ると、なんと芦川貫衛門さんまで顔を朱色に変えてこちらを見つめており、そして口を開いた。
「練炭の件、話しには聞いていましたが、これは、これはとても興味をそそられます。
我が家にも是非一組頂きたい、いや、是非売って下され。
いやぁ、最初の改造火鉢と練炭を一組500文(=12500円相当)で売れた、という話を聞いて『まさか』という思いでしたが、この話を聞く限り500文どころか1000文でも惜しくないと思いましたぞ。
話しに聞く、火鉢に何か秘密があると見抜いたお武家様の目の高さ、炭屋の小僧の気持ちが良く判る。
辻で競り売りをした百太郎さんは、さぞかし得意満面ではなかったのですかな。
誠、そうでありましょう。
辻で口上を述べる姿が目に浮かびますぞ」
貫衛門さんは、自分の発言に興奮している。
術中に嵌めた訳ではないが、あの競り売りの最終盤に見た観客の顔と、三人とも同じような表情をしている。
「判りました。
円照寺様へは、神社の初穂料として七輪・練炭を各1個準備致しますのでお納めください。
芦川様へも同様に一組準備致します。
こちらの七輪は、円照寺様への口利き料代わりにお納めください。
ただ、練炭については、追加分も含め1個200文でお買い上げ頂ければと思います。
数日中には準備を済ませ、七輪と練炭を持参して再度訪問させて頂きます。
これでよろしいでしょうか」
皆深く一様に頷いた。
「肝心の他の神社への牽制ですが、実は上手く考えてはおりません。
この七輪の本当の狙いは、江戸の町への浸透です。
江戸では、秋葉大権現様が火伏の神として多く信仰されています。
七輪は、料理屋・寺社・商家以外にも、名主・庄屋といった裕福な農家、場合によってはお武家様にも使われることもあるでしょう。
江戸八百八町と言いますが、七輪の需要は人口の多さを踏まえると最低でも十万個位はあるでしょう。
練炭について、夏場はあまり使うとは思えませんが、冬場はおそらく毎日1個使われるとして、毎月数百万個は消費されます。
この全てを金程村が賄うことは無理と知っていますが、この中で一番上等な品を金程村が作っているとなれば、その利益は確実です。
これが、今考えている全てです」
結局、和尚さんの質問にちゃんと応えることができたかは判らないが、江戸全体を市場とした大それた狙いは解ったことと思う。
それが証拠に、皆一様に黙りこんでしまった。
本気モードで大風呂敷を広げてしまいましたが、まあ、これくらいのことを言わないと逆に真実味がありません。大口を叩いた結果がどうなるかは、次回です。
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