木野子村工房の生産活動 <C2464>
■安永7年(1778年)9月10日(太陽暦10月29日) 憑依239日目 晴天
木炭窯の交渉は決着しているので、勘定奉行の金井右膳忠明様は工房へ来ておらず、工房を管理する吉見治右衛門さんが客間で義兵衛と向かい会う格好となる。
「宮本村での作業状況は、当直明けの者が名主の家に聞き取りに行くことになっておる。早朝に出ておるゆえ、間もなく戻ろう。往復で半里(2km)の道程であるから、造作もないことよ。緊急の用があれば、馬を使えばすぐに来ることが出来る。
それで、工房運営の費用にかかわる帳面じゃな。普通なら見せることなどせぬのだが、義兵衛殿には工房立ち上げのおりに100両もの資金を借りておるから、無碍に断る訳にもいかんだろう。いずれにせよ、手元に現金がある訳ではなく、練炭を萬屋へ渡した時の証文だけが金の入りとなるので、工房・藩の実入りは萬屋千次郎が皆知っておろう。どこかで不正があれば、こちらも知りたいものよ」
治右衛門さんは別な様式になっている大福帳を義兵衛に渡した。
「全て掛け売り、掛け買いとなっておるゆえ、帳面だけの代物になっておる。
ただ、御殿様から頂いた褒章の大判は、当家の家宝ゆえ帳簿には入れておらぬぞ。
それから、萬屋。義兵衛殿から借用しておる100両だが、萬屋の売掛金で相殺できぬか。練炭3000個分で引き合うであろう」
「はっ、承りました」
千次郎さんはその場で直ぐに証文を起し、治右衛門さんと義兵衛に手渡した。
この処置について、義兵衛は特段の異論があるはずもない。
いずれにせよ、義兵衛と椿井家の財布は萬屋が握っているのだ。
帳面を見る限り、日産は9000個を少し超える生産を行い、このところ1割程度の不具合で済ませている。
不合格率は乾燥前試験で7%、出荷前試験で3%程度であり、実際に出荷に至る個数は日産約8000個といったところだろう。
これを増やす人的余力はあるようだが、原材料となる木炭が不足気味であるため、この個数が木野子村の生産上限に近いようだ。
つまり、不合格品の割合が下がると、これを原料に戻した粉炭の供給が減るため、廻りまわって結局は8000個程度の出荷量に落ち着くようだ。
この状態で生産を増やすには、木炭の搬入を増やすしかない。
治右衛門さんは義兵衛達を工房入り口に作られた不合格品の棚前に案内した。
「昨日の不合格品の検分だが、普通は皆が出揃う昼の前後に行っておる。昼前にそれぞれの不合格とした練炭を個々に見せ、不具合点を納得してもらう。そして、昼後に不具合改善についての意見を求めることにしておる。
不具合の原因に思い当たる者は、昼飯中に動き回って聞き回るので都合が良いのだ」
細かな工夫であるが、理に叶っている。
不合格品を集めた8段の棚には、各5寸(15cm)四方の盆の上に直径4寸(12cm)の練炭を載せているのが見える。
締めて1万個は載る棚となっているのだ。
毎日1000個余りもこういった不合格練炭を載せたお盆が棚に追加され、その一方、5日程度経過した盆上の練炭は廃棄され原料に化ける。
そして盆には、この練炭の製造を担当した者・検査を担当した者、乾燥室の棚を示す木札がお盆の中に置かれたままになっている。
担当者の持つ木札を添え、それを製品の完成まで追加することによって製造にかかわる責任者を明確にし、かつ木札の回収によって生産量を把握する仕組みは良く出来ている。
このようなお盆・パレットを基準とした流れ作業の仕組み、木札による把握する仕組み自身は、助太郎が考案して伝えたものと聞いた。
「そうすると、昼飯前後には検分の様子を見させて頂きたいです。
それまでの間、萬屋から返品された練炭の管理を確認したいのですが良いですか。
ああ、千次郎さんは見学の必要がないと思えば、ここで帳面の確認をされていても良いですよ。不合格で材料に戻されたものも含め、木野子村の練炭の原価率、この工房の運営にあたり金子の流れがどうなっているのかは、とても興味があるところです」
治右衛門さんは金井新十郎さんを呼び、義兵衛達を案内するように伝えた。
工場内の実務は全て新十郎さんに任せていることが良く判る。
治右衛門さんは、対外的な交渉や城への報告を専らにしているようだ。
義兵衛と安兵衛さん・勝次郎さんの3人は新十郎さんに案内されて工房に足を踏み入れた。
「義兵衛様、返品された練炭のことを知りたいというのは、何か気付かれたことがあってのことでしょうか」
新十郎さんは内心不安になっているようだ。
「工房の中での不具合品は木札で管理する仕組みが浸透していると理解しましたが、木札を使えない不合格品はどのように検分されるのか、予め知っておきたいと考えたからですよ。萬屋から返品される練炭には、搬入受入検査日と不具合理由を簡単に書いた書付が添えられているばずです。萬屋では、寸法については直径・高さの過多・過小、重量については過多・過小と基本計6項目しかない認識なので、この6項目を刷った札紙を沢山用意し、不合格となった時に相応する札紙に日付けを入れ、練炭の中央の穴に差し込むと聞いています。この基本項目以外は、検査担当が直接理由を書くようにしています。
ただ、それだけでは、検分しても不具合の原因にはなかなか至らないのでは、と思っているのです。
もっとも、萬屋さんが受け入れ検査で不合格とする練炭は、最近では10個にも満たないと聞いております。なので、検分で行う対策はもう少し不合格が多い所から進めることになるのは理解しておりますよ」
義兵衛は正直に、不具合の検分が難しいと思われる部分をあえて知りたいことを伝えた。
返品された練炭の棚は一番端にあり100個程度並んでいる。
「こちらはだいたい棚に並べてから3日目位に粉炭に戻されます。
実は、検分は練炭の輸送を専ら行う者達に任せております。
現在では平均して1000個にせいぜい1個の不合格返品ですから、工房としては今そこに手を入れるより他の不具合を減らすことを優先しております。もっとも、萬屋へ卸し始めた時は返品が多くあり、集中して対処しました。
そうですね。例えば、雨対策ですね。雨の降る日に返品が多いことが判り、雨天時の出荷量を2千~3千個に抑え馬1疋あたりの運輸量を減らして慎重にし、その分晴天時は7千~8千個を送るという具合に変えました。
他には、荷姿の変更でしょう。どうしても荷紐が練炭にくいこむと形が崩れます。なので、紐が直接練炭に当たらない様に工夫をしました。こういった具合ですね」
新十郎さんの説明はもっともであり、義兵衛は納得した。
昼前・昼後の検分も、傾向分析と数量の多い不具合についての意見が中心となり、皆真剣に取り組んでいることが推測された。
「もし、不具合の原因に見当がつかない場合は、宮本村に椿井家家臣の宮田助太郎が居りますので、問い合わせれば直ぐにでも参ると思いますよ。今回は、木炭窯製造の指導で来ておりますが、こちらの藩から手当てが出ておりますので、嫌がることはないはずです。奉公人の方々も、ここの立ち上げにあたっては助太郎から指導を受けているので、敷居が高いということはないでしょう。毎朝報告のための連絡を行う手はずとなっているので、その折に伝えれば良いのです」
義兵衛がその説明をすると、新十郎さんは喜んだ。
「それは心強いです。是非にもお願いしたいです」
このような遣り取りをする内に翌11日も過ぎ、そして12日の朝・江戸へ戻る日を迎えた。
遅々として進展しておらず、あせりまくっております。
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