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大丸村の芦川の爺様 <C246>

神奈川県川崎市麻生区から、東京都稲城市へ行きます。

今はゴルフ場があって横断できない道を辿ります。

明治時代の詳細な地図は見ていて大変面白いです。

■安永7年(1778年)2月下旬 金程村 → 大丸村


 父・百太郎に大丸村の大地主である芦川貫次郎あてに書状を書いてもらった。

 それを懐にし、そして、芦川家への手土産の干し柿と、懐紙に200文=5000円相当を入れた包み5個を懐に入れ、義兵衛は大麻止乃豆乃天神社おおまとのつのてんじんしゃに向けて家を出た。

 200文の包みを複数持つのは、目的とする交渉相手に辿りつくまで、何人の手を煩わす=何人中継するか判らないからである。

 村から真っ直ぐ北に向う。

 平成の世ではゴルフ場の柵で進むことができないが、この時代は獣道のような細い道が走っていて、そのまま進むことができる。

 しばらく藪を漕いで進んでいくと、突然目も前が開け、多摩川が一望できる場所に出た。

 多摩川の両岸には田が広がっているのが見える。

 ところどころに屋敷森がこんもりと茂り、街道に沿って民家が固まって集落を作っているのが見える。

 多摩川の向こう岸の奥側には一連の雑木林が左端から右端に続いている。

 この雑木林の繋がりが、川に沿って繋がっている段差、国分寺段崖線である。

 そして義兵衛が今立つ場所から先は崖になっている。

 国分寺段崖線と今ある崖の下までが、多摩川の河岸段丘で、別の見方をすると、多摩川によって削り取られた場所なのだ。


 かなりきつい崖のため、この崖を降りる道がない。

 そこで、多摩川を横目で見ながら尾根伝いに西へ進んでいく。

 尾根がすこし下った所で、降りる道が現れた。

 そして、道をたどると長沼村に出た。

 村の家々は、概ね山沿いに走る道の山側に沿って立っている。

 反対側は田か畑・果樹園である。

 そこから、更に西へ向い三沢川を越え、三沢川に沿う鶴見街道を横切り大丸村に至る。

 そして、付近を尋ねまわって芦川貫次郎さんの家にようやく着く。


「金程村、名主・百太郎の息子で義兵衛と申します。

 芦川貫次郎様にお取次ぎ頂きたくお願い申しあげます」

 木戸の横から使用人と思しき男が顔を出し、こちらの風体を確かめると頭を引っ込めた。

 しばらくすると、門脇の木戸が開き中へ招きいれられる。

 家の玄関は通らず、庭の濡れ縁に案内された。

 濡れ縁には、父より10歳は年上と思われる初老の男が茶を喫していた。

「ワシは、芦川貫次郎の父・貫衛門である。

 息子は今ここにはおらんので、代わりにワシが話し相手ということでどうじゃ」

 これはむしろ金星だろう。

 忙しい当主ではないので、事前の話を進めるのはむしろ好都合というところだ。


「ありがとうございます。

 金程村の名主・百太郎の息子で義兵衛と申します。よろしく、お見知りおきください。

 これは、些細なものですが、手土産の干し柿にございます。

 金程村で採れましたもので、禅寺丸より甘いと自負してはおりますが、いかんせん数が少なく、近場でのお遣いものにだけ出しているものです。

 父・百太郎より書状を預かっており、それがこちらです」

 芦川貫衛門は、手土産と書状を受け取り、書状のほうへさっと目を通した。

 さあ、内容について質問が来るぞと構えた。


「金程と言えば、先日登戸村の辻で練炭の競り売りをしたそうじゃな。

 それで、ちと興味が湧いておったところで、この客人じゃ。

 そちは、辻売りに行っておったのかい」

 ハイ、当事者です。

「その後も、加登屋さんが得意げに練炭に火をつけて見せておったと、筏流しの船頭なんかが愉快に話をしておった。

 この話は、多分多摩川沿いにはもう随分広がっておるのじゃろう。

 練炭は、いかにも便利そうでよいものじゃ、と黒山の人だかりで、小料理屋も随分と繁盛したそうな。

 じゃが、その時贖った練炭がたった6個であったため、3日ほど前に見世物の練炭が無くなってしもうたそうな」

 それはもう大丈夫です。

「練炭は全く新しいものなので、幾らの値を付ければよいものかがわからず、父と一緒に辻売りさせてもらいました。

 加登屋さんには練炭を切らすことがないよう、先日運びいれました」

 義兵衛は早く書状の案件に移りたくて、ジリジリしているのがわかる。

 しかし、この場、この会話は義兵衛という人間を見定めようとしているのだから、落ち着いて対応するように伝えると、力がいい感じに抜けたのがわかった。

「加登屋さんにはこれからもいろいろお世話になる予定ですので、そこで練炭の販売をしてもよい許可を炭屋から得て伝えてあります」

 義兵衛は、辻売りの状況や先日登戸村の炭屋との交渉の話まで、手振り身振りを交えて語った。

 貫衛門さんは、実にタイミングよく合いの手を打ち、時に鋭い問いを交えてくるため、話がとてもしやすいのだった。


 一通りの話に満足したのか、貫衛門さんはこう言った。

「坊、いや義兵衛さんは、しっかりしておりなさるのぉ。

 若いころの百太郎とよう似ておるわい」

「父の若いころをご存じなのですか」

「そうさなぁ、丁度お前さんぐらいの歳じゃったか、何でも村にはおれんようになったとか言うて、色んな在所を巡っておったぞ。

 大きな声で、ハキハキと返事をし、野良仕事をよう手伝って回っておった。

 なんでも、人の泥を被ったという話はあとから聞いたのじゃが、そんな素振りも見せなんだわ。

 はっはっはっはっは」

 大きく笑うと、こちらを真っ直ぐ見据えた。

「で、要件は大麻止乃豆乃天神社おおまとのつのてんじんしゃの神主に合わせろ、じゃの。

 一体何を相談されたいのじゃ」

 忍耐した甲斐があったというもので、やっと要件に入った。

 もっとも、あれだけ喋らされたのだから、父の若い頃の話を少しは聞きたかったという思いもある。

 しかし、ここは優先度が高い順に片をつけねばならない。


「七輪・練炭にお祓いしてもらい、その証を付けるということを考えております。

 ただし、金程村のものに限りこれを認めて頂けないかという虫のいいお願いです」

「なるほどのぉ、ワシも一緒に聞かせてもらっても良いかな」

「もちろん、よろしくお願いします。

 まだ事前に打診という位置づけなので、僕のような弱輩者に任されております。

 多分、次回か交渉締結時に、こちらに伺う時には、父が仕切る形になります」

 貫衛門さんはこの言葉に深く頷くと、庭に向けて声を放った。

「誰ぞ、円照寺まで使いを頼みたい」

 すると、俺と同じ位の男が現れ庭に跪いた。

「円照寺の和尚さんと寮監長さんへ、話があるのでここへ来ては貰えないか、と伝えてくれ」

「はい、ただ先方のご都合もありましょう故、その場合いかがいたしましょうか」

「今日中に、ということであればよい。

 では、頼む」


新しい登場人物、芦川貫衛門さんの登場です。実在の人物ではありませんので、ご了解ください。

この小説で登場する全ての人物は、架空ですので併せてご了解ください。

感想・コメント・アドバイスなど宜しくお願いします。

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