七輪に秋葉神社のご加護を <C245>
特許という概念が無い江戸時代で、どう独占権を得るのかという方法を考えています
「ところで加登屋さんのところでお札の話をしかけた時『神様にかかわることだから』と言って、話を止めさせたけれどあれはどういったことなのか、教えて欲しい。
多分、あの場所では言えない神託が下されたのではないかと思っているのだけれども」
「その通りだ。
『火伏の神である秋葉神社のお札を七輪に貼る権利を独占して貰うと良い』
助太郎の説明の途中で、触発されたように、この言葉が降りてきた。
最初に大量に出回る練炭に金程印が付いていることで、練炭と言えば金程という印象をつける。
しかし、七輪は一回買えば頻繁に買い換えるものではない。
なので、工夫を重ねることで他の所で作られるものとの優位性を確保しようと考えていた。
だが、思兼命様の神託からそういった方法ではないやり方があることを気づかされた。
秋葉神社のお札、ただ紙に書かれたものだと燃えてしまうので例えば石に彫りこんだもの、を七輪に埋め込む。
勿論、このお札は神社から頂くのだが、彫りこんだ石を献上してお払いして貰えばいい。
そして、何がしかの金銭契約で、同じことを他のところにはしないようにして貰えばいい。
それだけで、火伏の神・秋葉神社の加護が付いた七輪は唯一金程村のものだけになる。
これが噂で広がると、他の所の七輪は競争力を失う、という訳だ。
これは、凄いことなのだ」
俺は、この方法を取ることで市場を寡占できそうなことを義兵衛に伝えた。
この結果、前日に義兵衛とした七輪を原価に近い値段で売るということは考えなくても良い可能性がある。
七輪向けに神社のお札を独占するためには若干の出費が必要だが、これを上回る利益があるに違いない。
七輪を買う人は、少し高くても縁起のいい方を選ぶだろう。
ましてや、江戸の町は火事には用心深い都市なのだ。
人心に付け込んだ秋葉神社の加護がある七輪は、市場を独占できるに違いない。
助太郎は暫くだまって考えていたが、やがてこの内容を理解して魂消た。
「驚きを通り越して、言葉も出ない。
なんでそんな凄いことを思兼命様は教えてくれるんだ。
俺もどこかで守り仏を探して身につけるようにしてみよう。
義兵衛さんと同じ摩利支天像が見つかればいいのだがなあ」
「守り仏やそれに類するものをいつも身につけている人は結構いると思うが、こんなことが起きるのは滅多にないと思うぞ。
それより、このご神託は助太郎が『お札』という鍵になる言葉を言ってくれたから起きた特別なことなのだと思う。
だから、ことの切掛けは助太郎だよ。
上手くいけば、助太郎は誇ってもいい。
ちょっと考えたのだが、練炭を包む油紙も同じようにお払いをしてもらうといいかも知れない。
実際にどうするのがいいのかも含めて、一緒に考えてみよう」
「さっき、お札に見立てた石を埋め込むという案を言ってもらったが、七輪を乾かすときに若干縮むとそこから割れてくるので採用できません。
一掃のこと、金程印を付けたのと同じように、刻印をするのがいいと思うのですが、どうでしょう」
「ならば、刻印する判子を神社に持ち込んでお払いして貰えばいい。
ご利益のある判子で刻印した七輪にも、火伏のご利益があるということでいいかも知れない」
「それなら大丈夫そうです。
ところで、秋葉神社はどこにあるのか知っているのですか」
「いろんなところにありそうだが、家に戻って調べてみる。
とりあえず、火力の強い練炭を作るための実験を進めてくれ。
竹炭窯の話と、秋葉神社の話を家で相談してくる。
念のため言うが、秋葉神社の件は神社の了解を得るまで、絶対人には喋ったら駄目だぞ」
「それは当然のことです。
俺は結構口が堅いですよ」
助太郎は本当に頼りになる。
こう思いながら、義兵衛は家に戻った。
「ただいま戻りました」
そう声を出して家に入ると、早速、父・百太郎が書斎へ来るようにと言われていることを下女から伝えられた。
その足で書斎へ向う。
「随分早く片がついたようだな。
どんな感じだ」
文机の上に、加登屋さんから頂いた銀塊を含めて計3400文=85000円相当の銭を載せてこれを見ている。
多分、村が必要とする155両=1550万円という莫大な金額のことを考えていたのだろう。
「練炭の日産量の目安がつきました。
原料の粉炭が豊富にあれば、普通の大きさが8個、薄厚が30個作れます。
こちらから提示した小売価格、普通が200文・薄厚が65文、だと2750文(=68750円相当)になります。
一月休み無しで作れば82500文、つまり約20両(=200万円相当)になりますので、目算は立つ感じですね。
ただ、掛売りは7割なので、月14両(=140万円相当)の掛売りとなります。
もっとも、元になる木炭が足りません。
毎日1.5俵(=22Kg)のザク炭を粉炭にする必要があり、この確保が製造を難しくしています。
材料として必要な木炭は、月辺り45俵(=675Kg)にもなります。
竹炭を混ぜても問題なさそうなので、竹炭窯を興してください」
見込みを聞いて、百太郎は我に返った。
「判った。
竹炭窯は至急なんとかしよう」
義兵衛は、被せるように言い出した。
「この近くに、秋葉神社を祭った社はありますか。
今後の七輪で重要な鍵を握ることなので、急ぎ詰める必要があるのです」
義兵衛は百太郎に、さっき助太郎に話した七輪に秋葉神社のご加護の印を加える案を説明した。
「これも、思兼命様が教えてくれたことなのか」
「その通りです。
しかし、思兼命様は登戸村の加登屋さんの所で助太郎が言った言葉を聞いてから思い出したように伝えてきました。
その意味では、助太郎が切掛けを作ったということで良いようです」
百太郎は戸棚から帳面を引っ張り出して、調べ始めた。
「神社について今調べているが、実は明日甲三郎様へ、小石川薬園で無事薩摩芋を受領できたことを報告したいと考えている。
ついては、心苦しいが、また練炭の献上が必要だと思うが、準備はできるか。
あと、お前はどうする」
「8個は準備できています。
あと、必要なら助太郎を連れていってもらえたらと思います」
百太郎は、そうかと頷いた。
「近くの秋葉様は大丸村の大麻止乃豆乃天神社に祭られているとある。
金程村から北に向い山を越えると長沼村に出る。
そこから大丸村に行くが、村の中心の府中街道に出る前の円照寺のところにあるようだ。
ここからおおよそ2里(=8km)程なので、日帰りできる距離だ」
「祭神はどなたとなっておりますか」
「櫛眞知命となっているが、聞いたことがない。
ええ~と、天香山坐櫛眞命神社ともあるので、古くからある神様らしい。
秋葉様は境内社となって祭られているようだ」
「ありがとうございます。
早速、明日大麻止乃豆乃天神社へ行って、思っていることが出来るかどうかを確認して来ます。
問題ないようであれば、一緒に行って頂ければと思いますが、よいでしょうか」
「うむ、判った。
ただ、多分境内社ということであれば、どこぞにある本宮に陳情せねばならない可能性は高いぞ。
近くであれば良いが、大和国にあったりすると、手には負えんぞ。
まあ良い、ここにある銭から1000文(=25000円相当)を持って行け。
神主に頼むとき、200文ずつ位小分けにして御礼することもあるだろう」
村に必要なお金の算段がなにやら付きそうな感じに安心したのか、百太郎は急に気前が良くなったように感じた。
この話を仕上げてから、実は細山村にも当時秋葉神社があることに気づきました。明治に入ってから、末社を集めて一箇所で祭ったようです。そして、その影でひっそりと資料から消えてしまったように見えます。細山村の昔を知っている人、ごめんなさいです。後の話の流れに影響するので、このままとさせて下さい。
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