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興業反省会での売り込み <C2446>

■安永7年(1778年)8月21日(太陽暦10月11日) 憑依221日目 晴天


「昨日の興業は見事であった。これからは9月の七輪・練炭の売り出しに向け注力するところであろう。城中への普及は献上品を要所に配ることで準備を進めるが、実際に使われるのは、10月に入って最初の亥の日からじゃ。今年は10月1日が己亥つちのといの日ゆえ、9月一杯はその準備をするつもりじゃ。実際に使われて、城内で皆が欲しくなるのは10月以降であろうが、その時に遅滞なく納めることができるように備えておかねばならぬ」


 江戸城では、冬の暖房器具の使用開始日が決められており、夜に登城しそこで火を入れるしきたりとなっている。

 9月からの事前配布では、配置場所の確認と、事前に火を入れての確認を行う段取りとなっているようだ。

 夜間に一発勝負をする訳にはいかないので、昼間のうちに茶坊主が火入れ・消火の方法を試しておくしかない。


「また、10月の半ばになれば俸禄の半分が支給されるゆえ、城内でみかける七輪と練炭を自宅で使うために入手しようとする武家が出るであろう。その時は、萬屋を紹介しよう程に、それまでに備えを固めねばならぬのぉ。

 武家はそのような構図じゃが、商家はどうなっておる」


 御殿様はかなり的確に動向を予測している。


「はっ、9月前には仕出し膳の座に加わっておる料理屋に七輪と練炭を思い切った安価で提供する予定です。そして、その代わりではありますが、9月の売り出し日からは当初想定していた価格より5割増しの値段で小売を始めます。

 七輪は1500文(37500円)、普通練炭は300文(7500円)、薄厚練炭は100文(2500円)の予定です。

 練炭が充分準備できていないので、七輪をどんどん出荷する訳にはいかず、正札現金掛値なしで売る考えです。

 更に、練炭については、現物後渡しという方法も考えているようです」


 現物後渡しというのは、納入日を先の時期に予め決めてもらい、その日まで萬屋が預かる方法で、千次郎さんが考案した手法である。

 七輪1個につき100個の練炭の購入では、2~3ヶ月先に使う分が客の所で留まることになる。

 それゆえ、まずは30個の持ち帰り制限を設け、残りの70個について期日を分け、それまでに届ける約束で現金先払いをしてもらうのだ。

 こうすると、大方の客は持ち帰る30個の購入しかしなくなり、買いだめされる可能性は減る。

 納入日の時点で不足する可能性は回避せねばならないが、納入日までに入荷見込みがあればそれを承知で売るのだ。

 もちろん、入荷が間に合わない事態も考えられるため、入荷3日分・3万個程度は手元に残す、と聞いている。

 義兵衛の説明に、御殿様は頷いた。


「本日は興業事務方の反省会が武蔵屋で行われますが、おそらくその席で萬屋から座の料亭に七輪と練炭を提供する話が出ると思われます。販売前に評判がどうなのかを知る良い機会になると思っておりますので、戻りましてから報告致します」


 義兵衛は安兵衛さんと一緒に武蔵屋へ向かった。

 武蔵屋ではすでに事務方の面々が集まっていた。

 いや、大成功に終わった興業に浮かれ、宴会と振る舞い酒に惹かれて昨夜から武蔵屋に居続けた者も何人かいたようだ。

 義兵衛と安兵衛さんが座敷に入ると、まずは武蔵屋・女将が皆に挨拶をし、報告会が始まった。

 興業の収支は、今回100両近い黒字で終わることができたが、応援団を支援した6料亭は持ち出しが発生していることを聞いており、特別にその補填を行うことを決めた。

 それでも、商家席が予想外の高値で落札されたことからかなりの残金が出たため、次回の愛宕神社別当円福寺での興業の資金として次回勧進元となる料亭・百川に預けられたのだった。

 全ての報告が終わると、次回9月20日の興業に向けた確認事項の話し合いとなるのだが、その前に萬屋・千次郎さんが七輪と練炭の話を持ち出した。


「萬屋では、この冬に暖を取る道具として七輪・練炭という新しい商品を9月1日より売り出します。七輪と練炭の売り出し価格は決めておりますが、仕出し膳の座に登録されている料亭様には事前に七輪2個と普通練炭10個、薄厚練炭20個をまとめて金1両の売り掛け値で提供させて頂く考えです。但し、小売値の半額ですので、1料亭で2組までとさせて頂きます。9月1日の売り出し日以降になると、他のお客様の手前、同じものを金2両の値にせざるを得ません。このことを、座の寄り合いで報告させて頂きたく、お願いします」


「卓上焜炉とは違い、料理に使わない物であれば、趣旨が違うのではないのかな。小炭団と同じような木炭加工品を使うようだが、暖を取る道具であれば火鉢があろう」


 善四郎さんが突っ込んできた。


「いえ、七輪で練炭を使って暖を取ると、普通練炭で概ね4刻(8時間)、薄厚練炭だと概ね1刻(2時間)と熱を出す時間が一定なので、料亭の座敷で使うのに便利なのです」


 千次郎さんは、これをきっかけに七輪の魅力を、利点を伝えた。


「面白そうなものですね。武蔵屋では2組頂きましょう。焜炉の売り込みに来られた時のことを思いだしましたわ。この春先のことでしたが、随分昔からのように思えます。しかし、あれからこの武蔵屋は大きく変わることができました。義兵衛様の恩義に少しでも応えることができるのであれば、この武蔵屋、手助けするのにやぶさかではありません。

 仕出し膳の座の皆も、焜炉のことでは同じでございましょう。2匹目の泥鰌どじょうがここにあることが判れば、手を出さぬ料亭はございませんでしょう」


 千次郎さんの話から、裏に義兵衛がいることが見え見えだったようで、武蔵屋の女将から援護する言葉が出た。

 どうやら皆は女将の言葉で、春先に起きた卓上焜炉不足の騒動を思い出したようだ。


「うむ、そうであったな。八百膳も2組頂こう」


 結局ここに集まっていた6料亭の主人・女将は、あわてて全て2組の購入申し出を行った。

 どうやら仕出し膳の座の全体寄り合いでは、同じ流れになりそうだった。

 善四郎さんに確認すると、座に加入している料亭は340軒にも膨れ上がっており、確定するのは全体寄り合いになるとのことだ。

 但し、春先の騒動を知っているのは多分200軒程度だろうから、初売り前の出荷は七輪400個程度だろうと千次郎さんは予想しているようだ。

 義兵衛としては必要なことは聞いたので、後は流すことにした。

 寄り合いの話はなかなか次の興業の件に進まず、今回の興業の評判について版元が応援団から聞き取った内容の披露となった。

 6料亭分を隔日に発行する予定で、これだけで手一杯になっているようだった。

 しかし、他の瓦版屋には真似できない記事だけに、絶対に当たりを取ると息巻いている。


「以前、義兵衛様から『宝の山に乗せてやる』というようなお言葉を頂いておりますが、正にその通りでございました。もう仕事がいそがしくて、銭を使う暇もございません。儲けの元がこのように簡単に手に入るとは、もう笑いが止りません」


「當世堂のご主人、それは思っても口に出してはなりませんぞ。判っておりましょうな」


 善四郎さんが低い声で忠告すると、それを聞いた一堂は正気に戻った。

 そして、次回の興業の件を勧進元となる百川・主人の司会の下で丁寧に確認していった。

 寄り合いは何事も無く終わり、義兵衛が屋敷に戻り御殿様に販売の見込みを報告すると、御殿様は黙って頷いたのだった。


なかなか執筆が進まず、また週一のペースに戻っています。よろしくご了解ください。

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