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木野子村工房の生産開始 <C2442>

■安永7年(1778年)8月15日(太陽暦10月5日) 憑依215日目 晴天


 昨日と同様に明け五つ(8時)前に武家衆・奉公人が揃い、吉見治右衛門様の前で朝の訓示を受けている。

 トップが直接指図する姿勢を見せ、意欲と適性に欠ける者が排除されると、組織をバックにしている統制が生産を行うのにいかに有効かを如実に感じる状況となった。

 治右衛門様は、武家衆8人が奉公人に混じって木炭加工に奮闘している様子を確認すると、工房を離れた。


「義兵衛殿、これから宿舎の件について名主・彦次郎と話をせねばならぬのだが、その結果として貴殿等が今使っている家を借り上げることになる。一緒に話を聞いてくれれば助かる」


 治右衛門様に同行して名主の家に行くと、そこはもう稲刈りの支度で大わらわであった。


「これは吉見様、このような所へわざわざお越し頂くとは。一昨日から稲刈りを始めておりますが、今年はどうかと思っておりましたが、いつもの年と同じような収穫になる見込みでございます。年貢は木炭でも納めますので、御城下へ運び込む米はその分減らしても良いとのことでございますよな。確か、10月末日までに木炭1250俵を工房へ納めれば、御城下へ米50俵を納めれば良い、と。それを聞いて皆意気が上がっております。誠にありがたいことでございます」


 彦次郎さんは、少し早い時期だが稲の収穫状況と年貢の確認に勘定方として視察に来たものと見たようだ。


「うむ、その通りじゃ。いつもは米175俵のところ、125俵も免じようという有難い御定じゃ。すでに木炭250俵(3.75t)を受け取っておるゆえ、あと1000俵じゃな。遅滞なく届けよ。

 それでな、ちと相談がある。工房で作業しておる奉公人達だが、毎日城下から通うのを止め、工房の近くに宿舎を設けたい。全部で35人程になるが、手頃な空家の都合を付けたい。聞く所によると、技術指導にこられておる旗本・椿井家の方々の泊まっておる家について、これを借り受けたいのだがどうか」


「彦次郎さん、私と助太郎、弥生さんは樵家の方同様に、いずれこの地から去る予定です。当月一杯、どこか寝泊りする場所を提供して頂ければ、今泊まっている家を空けることができます」


 彦次郎さんは困った顔になった。


「今は稲刈り作業の最中で、手が足りません。5日程後であれば、義兵衛様を本宅に移って頂けるかとは思います。まずは、それまで辛抱頂けますか。あと、吉見様、離れの家ですが、お貸しできるのは家だけで、義兵衛様達のように女中衆はつけられません。また、期間にもよりますが、対価はきちんと頂きたくお願いします。工房の建っている土地は無償で貸しておりますが、家は傷みます。いずれ修復も必要になりますゆえ、こちらで持ち出しをする訳にはいきません。また、いつまで借り上げが続くのかでも違いましょう。

 義兵衛様の場合は、炭焼き窯を作って頂く形で先に対価を頂いております。木炭をきちんと納めることができるのも、椿井家の方々のおかげでございます」


 稲刈りで忙しいことも影響しているのか、御武家様相手に彦次郎さんは結構強気に出ている。


「うむ、この冬には工房に隣接して宿舎を建てるつもりである故、借りた家はそれまでの仮の宿舎となる予定じゃ。木野子村には年貢で便宜を図っておろう。それを以てなんとかならぬか」


「それでは、稲刈り後に宿舎を建てる時、村から人足を出しますので、その折に1人1日200文(5千円)を出して頂くというお約束を頂けるのであれば、義兵衛様が使っている家を提供致しましょう。

 9月に入る頃には稲刈りも終わりましょうから、その頃から人を出せます。ともかく、稲刈りが終わってから予定や宿舎の規模など、改めて相談しましょう。お約束して頂けるのであれば、8月20日から宿舎が建つまで、使って頂いて結構ですぞ」


 これで決着がついた様で、賃金について実際の支払いは季毎であり、年末に精算することになるようだ。

 この工房を建てるについても、同様の条件で人足を出してもらっており、延べ100人日・金5両の未払い分がすでにあるとのことで、今回の作業もそこへ追加する形となる。


「彦次郎さん、人足を出すと木炭作りに手が足りなくなりませんか。1000俵の木炭を作るには40窯分の稼動が必須ですよ」


「今は稲刈りで半分の窯が休んでおりますが、どうにかなりますので心配されなくても良いですよ」


 練炭を作るための原材料となる木炭の不足が見えてきているのだが、治右衛門様はまだ焦っていなさそうだ。

 名主・彦次郎さんの意識も『木野子村としても10月末までに1000俵追加で作れば良い』でしかない様だ。

 最初の目標である日産500個を達成するということは、毎日50俵近い木炭が消費されるということで、工房の木炭受入側にまだ手つかずで積んである200俵とて、4日で消えてしまう量でしかないのだ。

 こういった原料の仕入れについては工房の運営側と供給する村との間のことであり、工房側への積極的な関与は控えていた。

 いずれ木野子村以外の所から木炭を調達せねばならなくなるのだが、そのルート開拓を実際にするのは治右衛門様を筆頭とする工房運営側の御武家衆であり、義兵衛が顔を出して良い訳がない。

 しかし、指導側としては具体的な数字を使って再度指摘しておく必要はありそうだった。



■安永7年(1778年)8月16日(太陽暦10月6日) 憑依216日目 曇天


 9月の売り出し前に義兵衛が木野子村の工房の様子を確認できる最終日となった。

 以前とすっかり雰囲気が変わり、8人の武家衆が各工程での品質検査を監督し、27人の奉公人の作業で手抜きはないかを厳密に確認している。

 文字が殆ど読み書きできない奉公人に代わって、必要な場面で武家衆が指示をしたり管理のための記録を残したりしている。

 まだ、ぎこちないところや、判断に迷うことはあるが、午前中には200個の合格品を作り上げることができていた。

 不合格品も同数程度出るから、おおよそ半分が粉炭に戻されている。

 だが、遠からぬうちに日産500個の目標は達成できそうに見えた。


「治右衛門様、計画を立てて生産するためには、最上流の木炭の数を気にするようにしてください。村で木炭を作る窯は6基あり、1基で5~6日間かけて25俵の木炭を作れますが、言い換えれば木炭25俵から作れる数、300個が日産の上限ということです。今はまだ木炭200俵の在庫がありますが、日産500個を達成するようになると、木炭の在庫を取り崩すことになります。在庫が無くなる前に、木野子村以外からも木炭を調達できるようにしておく必要があります」


 義兵衛は最初に木野子村に来た時に、木炭の生産環境をある程度整えていたが、村の人員規模から日産50俵程度が上限と推測されることを説明した。

 しかし、治右衛門様は別のことが気がかりになっている様子で、すんなり頭に入っている感じではない。


「それより、今日の午後、勘定奉行・金井右膳忠明様が御城代・平野重美ひらのしげよし様を工房に案内する予定となっておるが、今の状況では粉炭まみれとなってしまう。とても案内ができる状況とは思えない」


「いえ、そこはあえて粉炭にまみれて作業している所を見せたほうが良いと思います。どれだけ大変な思いをして、藩のために働いているのか、しっかり目に焼き付けて頂きましょう。その結果、藩から何がしかの支援が出れば儲けものです」


 結果として、御城代・平野様は皆が力を合わせて一所懸命に練炭作りに励んでいるところを見て大いに満足したのであった。


「助太郎、この様子だとやはり9月1日に抜けても大丈夫そうだな。右膳忠明様と話をしたのだが、明日私に同行して、ここで作った最初の合格練炭500個(175kg)を明日江戸へ運ぶことになった。輸送でいくつか破損はしようが、金15両位は手形で受け取ることができると思う。一度売りかたまで決まってしまうと、後はもう任せても良いと思う」


 助太郎と弥生さんは安堵の表情を見せた。


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