金井右膳忠明様への説得 <C2439>
「冬場に御城で普段に使っているものが無い、ということがこの佐倉での殖産成否によってはおき得るのか。
それで、練炭を城中で確実に手配するお役目を頂いた椿井主計助殿としては、尋常ならぬ伝を使って御殿様に頼み込んだのか。今、権勢を欲しいままに操っておる御老中・田沼主殿頭殿からの話とあっては、聞かぬ訳には行かぬからな。
9月1日より売り出しをする、と言っておるが、七輪は5万個から10万個とかなりの幅があるのは不審なところじゃ。実際にどの程度売れるのか、売れなければどうなるのか、疑念を持っておる」
藩の勘定奉行としては、木炭加工の殖産に取り組んで、その結果として更に負債を抱えることを懸念しているのは理解する所だ。
「実はな。この件について御家老からの強い要請があり、勘定内としても一番損が少ない恰好で始めるため、申し訳ないが吉見に被ってもらったのだ。実際にことを始めるにあたっても、城勤めの者を充てて業務を滞らせる訳にはいかぬことを御家老様に相談したのだ。『各屋敷で飼い殺しになっている三男以下の者を集めれば良い。部屋住みにも独立する機会を与えることにつながる』と示唆されたのは御家老様じゃ。もし、義兵衛殿が申すように、藩に大きな利益がもたらされることが確信できるのであれば、有能な部屋住みを藩で新設する役として取り立てれば良い、と御家老様からは言質を頂いておる。
新十郎、お前がそういった藩の背景を多少でも知り得ると思っておったが、その通りじゃな。
吉見は、御殿様や御家老様にお目見えして、今回直接に感状と褒章を手にしておるが、これは餌じゃな。練炭が売れると確信できれば、派手に喧伝するがよい。しかし、もし売れぬ場合は、感状を与えた殿に傷がつく。このことを心得よ。
それで、義兵衛殿。見込みはどうなっておる」
流石に勘定奉行だけあって金井右膳忠明様はお見通しのようだ。
以前に千次郎さんから聞いた数字を半分にしてでも、販売見通しを話すしかない、と腹をくくった。
「七輪・練炭の販売を一手に扱う江戸・日本橋の薪炭問屋である萬屋が、練炭不足を起さないよう七輪の販売数量を抑制する予定で画策しております。多少勘違いしているかも知れませんが、抑制した上での内訳を説明します。
七輪について、御城へは献上品も含め1000個、武家屋敷へ3000個、寺へ2000個は必ず出ます。ここで使用する練炭は絶対に確保せねばなりません。そして、料亭ですが、宴席の部屋毎に配置されることを見込んでおり、その数は2万個。料亭以外の商家に1万個、町屋では長屋を狙い4000個、締めて4万個の七輪は必ず売れると読んでいます。上積み分で1万個と見て、計5万個です。
ただ、9月までに確保できる練炭は80万個でしかなく、七輪1個あたり20個にしか過ぎません。当然9月以降も練炭は製造し続けますが、その総数は9月から年末までに120万個と見込まれており、これは七輪1個あたり30個で、これでは不足すると見込んでいます。不足する分は、佐倉の地で生産されるものを当てにするしかなく、もし余るようであれば、七輪をその分多く売ることができます。練炭が潤沢にありさえすれば、七輪は倍以上の10万個を全部売ることができるのに、と残念がっております」
ここにきて、売れない可能性の話はない。
あとは、右膳忠明様がどう信じるかにかかっている。
「よし。それで、当家の財務状況を聞きたい訳とは何か、それを述べよ」
どうやら最初の関門は突破できたようだ。
「今まで私が皆さんに説明していたのは、ちゃんとした練炭を作れば1個130文で江戸の問屋が引き取ってくれる、という利益構造を中心にしたものでした。練炭で利益が得られることが判れば、皆熱心に練炭を作るに違いない、という思い込みでした。
御家老様は、佐倉で木炭加工業、つまり殖産興業をすることに大変乗り気だったので、皆同じように感じていると思ったのですが、私が一生懸命説明しても伝わっていないようなのです。我が殿にこのことを話すと、攻め所を間違えていることを指摘されました。
まずは、この事業の大義名分ですね。御家老様が乗り気だった訳はなにか、佐倉藩にとってこの利益を得ることにどのような意味があるのか、そしてどう変わっていくのか、という所を理解してもらう必要があります。最終的には工房に来られる御武家様が、粉炭にまみれることも厭わず自ら練炭を作るようになって欲しいと思っています。
そのためには、御武家様には内輪の事情をご理解しておいて頂きたいと考えたのです。
金井新十郎様は、他の方とは違い大変熱心に取り組んでおられますが、その背景には佐倉藩の実情が薄々伝わっているのではないか、と思ったのです」
義兵衛が語り終わると、暫しの間、沈黙が広がった。
「事情は判った。どうしたいのかも理解した。子供の遊びではなく、熟慮してことにあたって居ることもよう見えた。
しかし、これは当藩の問題であろう。物を作る技術について、貴殿達より御指導を頂いておることは誠に有りがたいことと認識しておる。貴殿の方の事情がからんでおるにせよな。受け入れるこちら側に熱意がなければ、折角教えて頂いた所で身には付かぬじゃろう。
明日、ワシが工房に行って皆に直接話をした方がよかろう。どうしても人を介すると意図は伝わらぬ。
藩にとって、この殖産の意義や期待などを勘定奉行の立場から見えることを、殿や家老がどのような覚悟を持って話を受けたのか、知っておいて貰うことは重要であろう。
粉炭にまみれても練炭を作ろうとする者が要るのじゃな。本当に要る人物がどのような者かは、新十郎の話と符合しておる。
吉見、先日の感状・褒章以降に、加わりたいと言い出しておる者が何人かおるであろう。何人おるかは知らぬが、全員に触れを出して工房へ連れて参れ。『来れぬ』という者は放置で良い。供は不要で、木炭で汚れても構わぬ格好で来いと念を押しておくのじゃぞ」
「はっ、新規に工房に参加したいと言う者が12名名乗り出ております。早速、本人達が明日工房に集まるよう触れを出して参ります」
「うむ、場合によっては人を入れ替えても構わぬ。控え室で茶ばかり飲んでおる者や、奉公人の邪魔ばかりして居る者は、この際工房への参加を遠慮してもらっても良い。藩の実情を気にも留めぬような察しの悪い輩は、どうせ工房を満足に立ち上げることも叶わぬであろう。意欲の無い者や見所の無い者を切り捨てるのは、今の木炭加工興業の責任者たる吉見の役じゃ。
10人と頭数は意識するな。意欲がある者がたとえ半分の5人しか居らぬとしても、あとの意欲なき者が一緒に居ると箍も緩もう。初めが肝心、いやもう始まっておるが修正は可能じゃろう。人選びが重要じゃ。さあ、急ぎ触れて参れ」
吉見治右衛門様が金井様の屋敷から飛び出して行った。
「それで、義兵衛殿。明日からの予定がすっかり変わってしまったと思うが、大丈夫かな。
午後は、奉公人に混じり作業をする所を隠れて見させてもらうぞ。
また、貴殿が工房に居る16日には、御城代・平野様にも工房で皆に訓示頂くようお願いをしよう。これで目が覚めぬようであれば、当藩には先が無いということじゃ」
義兵衛は協力して頂けることに深くお礼を述べ、金井様の御屋敷を後にした。
木野子村の家に帰りついたのは日も暮れた頃となったが、丁度助太郎・弥生さんの帰宅と同時になった。
少し遅めの夕食を取りながら、義兵衛は勘定奉行の金井右膳忠明様の協力を得られることを伝えた。
「後片付けをして居るため、遅くなりました。ほったらかしで帰って、翌朝来たら片付いているということはどういったことなのか、いい加減考えて欲しいです。
しかし、明日12日は勘定奉行の金井様からの訓示ですか。これは明日以降が楽しみです。
16日には御城代・平野様の訓話。これでやっと意欲的な御武家様が揃いそうですなぁ。楽しみが増えました」
「いや、右膳忠明様が練炭を作ろうとされるのであればともかく、見ている側なので何とでも言えるのだろう。今から期待し過ぎるのは良くないかもしれんぞ」




