火力の強い練炭 <C243>
金程村に帰る途中の話しは結構重要です。ただ、当時の道は三人が横一列に並べるほど広くなかったので、やはり縦に並んでとなりますが、それだと話声がダダ漏れですよね。シーンを変えるか、でも今更だし。エエイままよ、とばかりに投稿しちゃいます。
■安永7年(1778年)2月下旬 金程村
懐に3400文=85000円相当の銭と、荷梯子に1000文=25000円相当の布海苔を括り付けて金程村への帰りを急ぐ。
道々、加登屋さんとの交渉の結果を聞く。
「蔵の賃料については、糀屋さんに聞かねば正確なことが判らないということなので、実際には何度か練炭を加登屋さんへ運び込んでいるうちにはっきりするだろう。
それにしても、蔵の3分の1を占めるような場所を使うというのは、一体何を目論んでいるのかな」
義兵衛は、まず助太郎には飢饉の事を打ち明けていることを話した。
「助太郎には色々と相談する関係から、実は飢饉になるという話を知っています。
今は外に対して言う時期ではないことを承知しています。
他に話す心配はありませんので、この3人で話す分には問題ないでしょう」
道で話すことではないが、田舎道で人通りもないことから、小声であれば問題ないと判断した。
「実は、飢饉と判る4年後にどの程度の米が蔵にあるかを試算しましたら、とても足りないことが判りました。
すると、村で作る米以外に買い入れをしておく必要があります。
そこで試算すると、今年の年末から毎年20石程度は外から買うことになりました。
多分、船着場のある登戸村に運ばれてくるので、ここで一度集め、そこから時間をかけて金程村に運びこむということを考えています。
この考えがまとまったら献策しようと、村の運輸能力についての見積もりを助太郎に頼んでいるのです。
まだ想定の域ですが、津久井往還道から分かれる五反田村と、行く道が細くなる細山村にもある程度の大きさの蔵を借りたほうが良いと考えているところです」
百太郎は歩きながら、米を村の外から買う、ということを考えているようだ。
農家であるからこそ、食う米を買うなどという発想がなかったショックは良くわかる。
やがて口を開いた。
「その構想は、それを実現するには、どれくらいのお金が必要と見込んでいるのかな」
「年貢として納める分も含め、おおよそ、年毎に155両(=1550万円相当)かかる見込みです。
内、米の買い付けで100両を予定しています」
百太郎は驚いた。
「155両の掛売りを作ろうとしたら、一体どうすればいいのか皆目見当もつかない。
年貢米分の20両どころの話しではない。
今の村の総生産の2倍の金額を余計に稼ぐということだぞ。
ワシには見当もつかない話しだ。
まあ、良い。
ここで数字を確認する訳にもいかないので、村に戻ったらその献策を早くまとめて説明して欲しい。
この献策も思兼命様のご神託なのか」
「細かいところは、助太郎も交えて検討しているところですが、ご神託から発していることは確かです。
いずれにせよご神託は大まかな方向だけですから、細かなところや実際に動けるようにするところは、一所懸命知恵を出して詰める必要があります。
木炭加工で忙しいはずの助太郎が時間を割いて、僕の貴重な相談相手になってくれるので、大変助かっています」
結局、百太郎から聞き出せたのは、加登屋さんとの交渉結果として練炭は最初の話し通りで、七輪・練炭もこちらの言い値で売り出すということだけであった。
気にしていた蔵については、後日ということになったので、新しい情報は何も無い。
そうこうするうちに一行は金程村に到着した。
そして村に着くと、百太郎は家へ、助太郎と義兵衛は工房へ向った。
工房に着くと荷いでいた布海苔を降ろし、義兵衛は白湯を飲んで一服している。
その間に助太郎は、手伝いの米さんの所へ行き状況を確認しているようだ。
やがて助太郎は工房の机の所へ戻ってきて、同じく白湯を手にした。
「留守の間も問題なく練炭作りができているようです。
薄厚練炭を64個作り、その内半分の32個から4個をつなげた普通の寸法の練炭を8個作っています。
どうやら、日産でこの数量は確実なようです。
ただ、薄厚練炭で失敗が何個か出るようです。
今日は3個崩れたということのようです。
粉炭を練った後、炭団の型で抜く作業は1回しかしておらず、炭団は16個しか作っていません。
作っていた16個は、練った炭の性質を確認するためのもので、正確には売り物ではないです。
炭団作りは自分がすることになっていたので、生産は無しです」
助太郎が不在でも、生産がきちんと回っているのに驚いた。
「助太郎、これは凄いことだぞ。
一体どうやっているのだ」
「えへへ、俺がいない時は、米が仕切るということにして、一通りの手順や守るべきこと、手が足りない時の方法を教え込んだのですよ。
結構目端が利いているし、勘がいいから粉炭の練り具合なんかも、もうお任せにできるのですよ」
助太郎も、結構人を見る目があるようだ。
「この出来立ての8個が、またお館への献上品になると思うので心得ておいてもらいたい。
それから、次回お館へ行くときには、製作の中心になっている助太郎にも行ってもらうぞ。
薩摩芋を無事入手できた報告なので、近々あることを覚悟しておいてもらいたい」
義兵衛からの話しに、しょうがないかと苦笑いするしかない助太郎だった。
「ところで、加登屋さんの要望する火力の強い練炭、というのはどうやって作るのか教えてください」
言葉を改めて聞いてきた。
以前、義兵衛にした燃える三要素の話をまず伝えるように言う。
「これは、思兼命様から教えてもらった練炭が燃える原理だが…」
この原理を説明した後で、強い火力を出すための方策を伝える。
「従い、カス、つまり不純物が出ない木炭を細かく擦り、空気の通りをよくすればよい、とのことです。
なので、売り物の堅炭で、格好が悪くても良いから白炭と呼ばれる燃えカスが少ないものを薬研で擦り、穴の数を16個から25個、場所は中心に1個、中程に8個、外側に16個と増やしたものを作ればよい、とのことです。
燃焼実験で一番早く燃え、カスが少ないものほど火力が強い、ということです」
「原理も含めて言わんとすることは判りました。
早速作って実験してみましょう。
火が燃えている面が上側だけという所が気になりますね。
いっそ穴を広げて穴の側面で燃えるという状態を作ることもありかも知れませんがどうでしょう」
助太郎も結構鋭い。
原理からここまで発想するというのはなかなかできることではない。
俺はそれが難しい理由を含めて説明をする。
義兵衛経由では難しいので、義兵衛の口を直接借りた。
『思兼じゃ。
燃えた空気は熱くて軽いため上へ行く。
しかしこの空気は一度燃えているので、燃えるものと熱があってもそれ以上木炭を燃やすことができん。
垂直な壁面を均一に燃やすためには、新鮮な空気を満遍なく壁面に与える機構・構造が必要じゃが、ここの道具では作り出すのが難しい。
まずは、上面で一番早く燃焼するための空気をどう与えるかを見出すのじゃ』
「思兼命様、誠にありがとうございました」
義兵衛は言葉が終わったことを見定めてから、守り仏の入った頭陀袋を高くかかげ、深く平伏した。
あわてて助太郎も平伏した。
硬直した時間が過ぎ、助太郎が口を開いた。
「義兵衛さん、今のが神様のご神託ですか。
すごく不敬な発言かも知れませんが、改めて思うと、思兼命様って凄い便利じゃないですか。
どうすればいいのか判らない時なんか、こうやって教えてくれるのでしょう。
俺にも思兼命様の神託が聞こえるようになりませんでしょうかね。
本当に切にお願いしますよ」
「こればかりはどうにもなりません」
「守り仏の『摩利支天』だっけ、それを狙う悪いやつが出てくるのじゃないかと心配ですよ」
「実は、この神託の守り仏のことはお館の甲三郎様には言上している。
その折『余人が触れると何が起きるか判らないため、ことが起きてから誰にも触れさせぬよう命じている』と百太郎さんが説明したら、そのままになった。
このことも一緒に伝わるのであれば、問題ないと思っているのだが、話が広がらない内にすべき準備をしっかり終わらせるしかないと思う」
納得するかどうかは別として、とりあえずの設定を説明した。
助太郎は、義兵衛の首から下げた頭陀袋に伸ばしかけた手を、あわててひっこめた。
本当にこんな守り仏があると、便利ですよね。主に試験の時とか、テストの時とか、受験の時とか、口頭試問の時とか......
アッ心が折れて、壊れてしまった。
次回は、1回休み相当で、今までの振り返りをします。




