加登屋さんとの話し合い <C242>
需給変動で価格が変わることの説明ロジックなんていうのは後世のものです。頭で解っていてもこれを形にして示すことができるというのは、便利なものです。
加登屋さんへ向う道で、父・百太郎が話しかけてきた。
「委託販売の案は、思兼命様から聞いたことなのか」
「そうです。
値段の決め方に損益分岐点があるということと、需要供給で価格が決まるということを事前に聞いていました。
そして、価格に季節変動があることを見落としていたと言われたあと、練炭が安いときに無理して卸すことはないということ、場所を借り練炭を一時的に置かせてもらい、売れた時点で都度清算する方法があることを、あの短い時間で伝えてきたのです。
結果、あのような話しになってしまいました。
今から振り返ると、一番良い提案ができたと思います」
「あとで契約の書面を作る時に、損益分岐点と需要供給で価格が決まる話を聞かせて貰いたい。
本当によく考えられた案だと感心したぞ。
ワシの出る幕は全く無かったなぁ」
百太郎は満足気な表情をしていた。
加登屋さんの家に戻ると、七輪を囲んで助太郎が熱心に説明をしていた。
「戻りました」
そう声を掛けると、加登屋の主人はこちらへ駆け寄ってきた。
「さあ、さあ、そんな所に突っ立っていないで、こっちへ来てくださいよ。
誠に七輪は凄いです。
火消し用の落とし蓋といい、上側の空気穴といい、至るところに工夫がありますな。
助太郎さんからすっかりお聞きしましたよ。
義兵衛さん、凄いことですよ、これは。
ただ、緩やかに長く一定の火力を保つ練炭以外に、燃える時間は短くても火力が強い練炭が欲しいですな。
いろいろと要望は助太郎さんに話しましたので、持ち帰って是非検討してくださいよ。
それで、価格交渉の結果はどうなりましたか」
義兵衛は委託販売となった件、価格は店頭表示されることとなった件をまず説明した。
そして、一番重要な案件「練炭に関係する品物に関して、炭屋以外でも卸すこと」を条件付きで許諾されたことを伝えた。
「ご主人、お願いがあります。
許諾が得られたので、ここでも練炭を販売して頂けませんか。
それから、この店で金程村のものを預かって貰える蔵を貸して頂けないでしょうか。
蔵の中に、七輪と練炭・炭団を備蓄しておき、こちらと炭屋で販売するものが不足した場合、そこから出すことで対応したいのです。
また、金程村と登戸村の間で定期的に物資の輸送をしたいと考えています。
こちらで買い集めたものをこの蔵に一時保管して、練炭を持ってきた帰りに持ち帰るという方法です。
勿論、無償という訳にはいきませんので、練炭を一定数量お譲りすることでお支払いできたらと思います」
加登屋の主人は、義兵衛の言うことを一所懸命理解しようとしている。
「こちらにとっても悪い話しではないです。
まあ、概ねその方向で良いと思います。
必要となる蔵の大きさや、賃貸の値段のことも含めて、詳細を詰めましょう。
実は、この家には蔵がありません。
ですが、近所の糀屋さんの家には蔵がありますので、こちらを借りることが出来ます。
頻繁に出し入れするのは難しいので、この店の一部に最大運搬2回分位の量を置けるようにしましょう。
百太郎さん、それでよろしいですか」
確かに、義兵衛も助太郎も子供であり、契約を結ぶには力量不足と見られてもしょうがない。
しかし、名主・百太郎には基本的な数字を話していない。
「蔵を最大に使う時、米50俵分の場所が必要です。
大きさは、3間(=5.4m)の間口で奥行き1間(=1.8m)、俵で4段積みぐらいできる高さが欲しいです。
蔵の1階の片側1面を借りたいというところです。
通常は金程村から定期的に送られてくる七輪と練炭を積みますが、秋から年末にかけては米俵も入ります。
どうでしょう」
義兵衛は、想定される数字を伝え、以降の交渉を百太郎にお願いした。
加登屋の主人と百太郎の交渉が行われている間に、助太郎から話しの内容を詳しく聞く。
「炭団は予想した通り20文(=500円相当)が妥当とのことです。
使い方はいろいろ考えることができるそうです。
火が点いてから、普通の火鉢や囲炉裏の灰の中に入れたり、火熨斗(=アイロン)の上に載せたりすることもあります。
形と大きさが決まっているなら、そして広く大量に出回れば、その形と大きさで使えるように道具の方で合わせることになるかも知れないということのようです。
練炭は、料理をするのに丁度良い位の強い火力が欲しい、とのことです。
ある程度の火力があれば、例えば船に持ち込んでそこで料理する、という用途もありそうだ、とのことです。
また、水に弱いということで、油紙で包んで販売するということも考えてはどうか、とのことです。
使うときは、油紙を外せばいいのだそうです。
どうも商売柄、多摩川の筏流しの船頭や舵取りが使うことを意識しているようですね。
一応、記録はしているので、後でお見せします」
説明から、火力が強い練炭を考える必要があることは良く判った。
「大変だったな。
でも、助太郎が頑張ってくれるので、すごく助かる。
村に帰って、工房で覚書を確認しよう。
なに、対策はあるさ」
「何を仰いますやら。
こうやって、実際に七輪と練炭を使ってくれている人の話しをする機会をくれて、感謝するのはこちらの方ですよ。
いろいろと話しをしている時に、火をつかう道具なのだから、どこかのお札でも付けておけばどうかなって思った」
俺は、独占販売できるヒントをこの発言から得た。
そこで、義兵衛にとりあえずこの件に関してこれ以上の発言を割り込んででもして抑えるよう依頼した。
「助太郎!それはいい思いつきだが、ちょっとこの場では止めておいて欲しい。
どうやら、神様にかかわることだし、凄いことになりそうなので、お願いする。
ただ、神様は今凄く興奮している」
「判った。
義兵衛さんの言う通りにしよう。
早く村に帰って中身を聞きたいな」
そう言いながら、義兵衛の守り仏に向って最敬礼した。
どうやら、助太郎はこの件について神託が下ったのではないか、と感じたようだ。
加登屋の主人と百太郎の話しが終わり、二人とも満面の笑みを浮かべてこちらを向いた。
「助太郎さん、今回は色々と教えて頂きありがとうございました。
その若さで、村の木炭加工の責任者とは恐れ入りました。
若造と思い、不躾な要望を色々してしまいましたが、なにとぞご容赦ください。
次回にまた練炭を持ち込まれるときに、どう進化したのか見るのが楽しみです」
「いえいえ、今回実際に使われる方の貴重なご意見を直接聞くことができました。
是非今後も同様に色々なご意見をお聞かせ頂ければと思います」
助太郎は如才なく挨拶を返した。
その後、加登屋さんから代金を受け取り、登戸村での交渉は終わった。
ただ、七輪と無償交換した火鉢は置いていってもらいたいとのことであった。
それから、この村でありったけの布海苔、1000文=25000円相当分を買い付けて金程村への帰途についたのだ。
登戸村での用事は終わりました。蔵の話しをここで決めるのは、まだ無理があります。
加登屋さんは、中古の改造火鉢と練炭を持って、糀屋さんに交渉と称する自慢話しをするに違いありません。次回は、帰りに蔵を必要とする目論見を百太郎に話します。そして、強火練炭つくりの話です。
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