弁当箱のリサイクル <C2415>
「ところで御主人、幕の内弁当の中身ですが、80文で卸すのなら大変じゃないですか。箱に16文かけるとなると、64文で中を作って利益を出さないといけないのでしょう。もっとも、これが最初のお披露目ですから、赤字覚悟で奮発し、まずは評判をさらってしまう、という手もあるのでしょうけどね」
義兵衛はそう問いかけた。
1400食の総売り上げは1個80文(2000円)でも金28両(280万円)にもなるが、内、弁当箱代金として5両2分2朱(56万円)もの支出になるのだ。
料理全部の材料費としては10両程度に抑えないと持ち出しになると概算し、義兵衛は主人に意見したのだ。
主人より先に女将が反応した。
「義兵衛様、よくぞご指摘頂きました。私も主人に意見しているのですが、主人はどうしても珍しいものを使いたがるのですよ。質が良くて安いものを、手間をかけて美味しくして提供するのが料亭の心得でしょう」
「いや、そういったことはもうきっぱり諦めた。今回の幕の内弁当は、八百膳さんも手伝ってくれると言っている。本邦初の幕の内弁当のお披露目、意気込んでやらなきゃ、という場面じゃぁないか。お前さんも、昨日までは『本邦初』の看板は何物にも代え難い、と言っていたじゃないか」
義兵衛は『八百膳も手伝う』という主人の言葉に引っ掛かりを覚えた。
確かに、弁当箱の調達に善四郎さんは突っ走ってくれたが、それ以外にも訳ありに聞こえた。
義兵衛に訝しい目で見つめられた善四郎さんは急にオタオタとした態度になり言い訳を始めた。
「この幕の内弁当は、今回の興行の要となっている。失敗する訳にはいかない。もっと正直に言えば、武蔵屋だけに任せちゃおけないと思った訳なんで。
それで1400個の弁当を作ることを考えたら、例えばご飯の部分だけでも、ひと箱に6個の握り飯を入れるのだろう。8400個も同じ大きさの握りを一辺に作ろうとしたら、そりゃ武蔵屋だけでは無理だろう。副菜だって、イワシの醤油煮を入れるって聞いたが、それぞれに4尾も入れるとすると5600尾の醤油煮を作らなくちゃなんねえだろ。卵焼きだってそうさ。
だから、前の晩遅くに作った料理を順番に持ち込んで、武蔵屋では朝までかかってそれを詰めるだけ、という算段を一緒に考えたのさ。
正直言えば、八百膳も『本邦初』の看板は欲しい。でも、この土壇場で揉めている暇はない。なので、八百膳だけでなく武蔵屋の近所の料亭にも、例えばできるだけ同じ大きさの里芋の煮っころがし4200個を寄越して欲しいとか、他の近所の料亭にも色々頼んで回っているのさ」
「こういった事情で、もう金の話じゃないんでさぁ。善四郎さんの顔で、あっちに1両、こっちに2両と金を見せて、明後日の夜中にそれぞれ時間を少し空けながら頼んだ料理を持ってきてくれって、頭下げて回っているんで」
「昨日から妙にこそこそ動いていたのは、そういう訳だったのかい。早く言っておくれよ。私はまた、いつもの様に珍しい物でも探しに行っているとばかり思ってた。そりゃ御免よ」
いや、良くできた猿芝居を見ているようだ。
「ちょっと思いついたことがあるので、聞いてもらえますか」
義兵衛の声に善四郎さんが身構えるのが判った。
そう言えば義兵衛が『思いついたこと』、が全ての発端なのだ。
「いえ、大したことではありません。特に目新しいことではないので、そんなに身構えないでくださいよ」
このもの言いが却って皆の注目を浴びることになってしまった。
「卸の代金の内2割が箱代になっていますよね。幕の内弁当を買った人は、最終的にその弁当箱をどう扱うと思いますか。
記念に持って帰って折があれば自分でも使う、家で薪代わりに燃やす、川に捨てる、くらいでしょうか。
16文(400円)もかけた弁当箱が屑になるのはどんなもんでしょう。そこで、カラの弁当箱を、そうですね、境内で回収するのです。
例えば、蓋板と底板が割れていない空箱は、波銭1枚(4文=100円)と交換するというのはどうでしょう。
弁当を売り出す時点で周知すれば、箱も丁寧に扱ってもらえるだろうし、境内を汚す心配もかなり減るでしょう」
「しかし、それでは最大1400個分の波銭、金1両2分(14万円)を追加でかけることになりませんか。つまりは箱としてかかる費用は16文でなく20文、もしくは弁当を4文引いた76文で卸すことになりませんか」
女将は出費を抑えるのに目一杯になっているのか、悲痛な声をあげた。
「いえ、よくお考えください。このままでは80文で手離れしてしまう弁当ですが、4文出せば手元に弁当箱は残るのですよ。普通に作っても8文の弁当箱が、1回使われた状態ですが4文で仕入れることが出来ると考えれば良いのです。今回は16文ですから、差額はもっと大きいのです。
回収率を半分の700個として考えれば、箱にかかる費用は22400文(56万円)ではなく14000文(35万円)で済ますことができると思えば良いのです。この施策を打てば、だいたいですが、2両程度は浮く見込みになります。
それで、回収した弁当箱は、確かに1回使っていますので多少汚れはしているでしょうが、ちゃんと洗えば良いのです。洗い終わった弁当箱は、多分バラバラになります。しかし、分離した枠や仕切りを和紙と糊で接着すれば直ぐに直るので、こういった仕事を手すきの丁稚にさせれば良いのですよ」
要は回収した弁当箱も資産として扱い、次の弁当を作る時に使えば新品購入品との差額が浮くという仕掛けなのだ。
女将はまだ腑に落ちていないようで難しい顔をしているが、善四郎さんは要点が見えたようだ。
「そうすると『蓋と底の板が割れていない使い終わった弁当箱は、境内の所定の場所で1個4文で買い取る』と売る時に周知すれば良いのか。普通に作る2万個もそうやって回して使えば、結果として安く済むということか。なるほどの意見だ。
回収率があがる程、箱代が結果として浮くのか」
「今回は満願寺の境内という場所での扱いなので簡単なのですが、普通の店頭で弁当を売る場合は、現地での回収が難しいです。
なので、幕の内弁当を作って販売する店は、破損していない空の弁当箱を4文で買い取る、という決まりをいれてはどうでしょう。
細かい話ですが、蓋だけ、底だけの場合はそれぞれ1文での買い取り、とすればさらに回収率は上がります」
善四郎さんは大きく頷いた。
女将は理解がやっと追いついたようで、笑みを浮かべて頭を下げた。
「あれっ、これはなにやら『塩原多助』の草履の話と根っこが似ていますね」
「安兵衛さん、良く気が付きましたね。でも決定的に違う点があります。提案した内容は、拾いに行くのではなく、持ってこさせる、です。多助は自ら拾う労力をかけましたが、それを多少の銭で持ってくる人に転嫁させているのですよ。良く考えれば、効果の程は見えてきますよ」
『塩原多助の草履の話』というキーワードに皆不思議な顔をしていたが、女将だけは素早く動いた。
「それで、私は満願寺へ行って『弁当の容器は回収したいので、受け取り窓口の場所だけ決めて欲しい』と要求してきます。実際の受け取りは、武蔵屋の丁稚にさせますよ。細かい銭を扱いますのでね。
いえ、私ひとりでも大丈夫ですよ。昨日の話合いで抜けていた所を補うだけですから」
これで話は一区切りついたようで、昼膳を堪能した義兵衛と安兵衛さんは武蔵屋を出て屋敷へ戻ったのだった。
次話投稿は、2020/8/31(月)0時を予定しています。連続が1日途切れますが御容赦ください。




