炭屋番頭との価格交渉 <C241>
小売価格でいきなりの不意打ちをくらってしまいます。
「こんにちは、金程村の百太郎です」
店の敷居を跨ぐと百太郎は持前の大きな声で挨拶をする。
すると店の小僧が奥へ駆け込み番頭を呼びに行ったのが判った。
そして、番頭の中田さんが飛んで出てきた。
「これは、これは、百太郎さん。
先日は練炭をお譲り頂きありがとうございました。
まあ、あのあと手前どもで起きた騒動をお聞きください」
店の奥の客間に案内された。
そこで番頭の中田さんが語った話はこうである。
・長時間火が保つ木炭に代わるものが現れたと思い江戸の本店に持ち込んだ。
・店主にことの次第を報告し、試しに燃やしたが普通の木炭と大差ないと叱られた。
・店主の前で割って中を調べたが、ボロボロと崩れるだけで、特に変わったものも無く、更に叱られた。
・騙されたと思いながら登戸に戻ると、小僧が火鉢でないと長時間火が保たないということがわかった。
・火鉢を使って燃やすと、口上通り、長時間火が保つことがわかった。
・江戸で割った時に見落としがあったのかと思い、ここで慎重に削ってみたが、やはり変わったものは出てこなかった。
・火鉢を持って江戸の店主に見せたいが、手持ちの練炭がなく、来るのを待っていた。
これを面白可笑しく話してくれた。
「今回、練炭をお持ちになられたのでしょう。
いかほどお持ちでしょうか」
今回の交渉の主役は義兵衛ということで、百太郎は背中を突いてくる。
「練炭を16個持ってきています。
率直に伺いますが、中田さんはこれを幾らで小売できると考えていますか」
「先日の競りの様子を小僧から聞きましたぞ。
結局、1個250文で全部掃かせたとのことですがな、競りという局面や季節柄も影響されたのではないでしょうか。
基本的に暖を取る道具なのでしょう。
率直に言って、冬場は200文(=5000円相当)、夏場は100文(=2500円相当)という値が妥当かと考えます。
卸しは小売値の7割として、夏場前は70文(=1750円相当)、冬場前は140文(=3500円相当)ということでどうでしょうか」
需要・供給の関係で、値段の季節変動があるという点を見落としていた。
炭屋にしてみれば、売れるかどうか判らないものを仕入れ、不良在庫を抱える可能性もあるのだ。
俺は少し考えた案を義兵衛に伝え、義兵衛は言った。
「こちらとしても、実際にどの程度の需要があるのか、幾ら位までなら売れるのかの見当が全くついていないです。
なので、ある程度安定して売れるようになるまで、そうですね、2~3カ月の間、こちらにある程度の量を、例えば20個位ですか、お店におかせて頂き、販売の都度、その小売の7割をその場の掛売り扱いにしてもらい、後で銭を受け取ります。
そして売れた分だけ補充する、という方法はどうでしょう。
補充の都度、掛売り金額を確認させて頂き銭を受け取ることになります。
こうすると、売れないことによる損失をお店が蒙ることはありません。
売れない場合は、金程村の現金収入がないだけという状態になります。
こちらのお店では、小売値の3割が取り分ですが、高く売れればそれだけ取り分が増えます。
ただ、あまりにも低い値段、作るための費用と見合わない値段だと、このやり方は破綻します。
なので、季節に依らず150文(=3750円相当)以上で小売することをお約束してください。
また、最低価格で別なところへ卸し、そこで利を得るという真似はなさらないでください。
あくまでも、店頭価格で、複数個を購入される方には転売しないことを確認してください。
そして、転売する方への販売は止めてください。
このやり方で在庫が不足するということは、売値が安すぎるということになります。
その場合は、小売値を上げてください。
在庫が掃けない場合は、売値を徐所に下げていくことが必要です。
そのためには、店頭に価格を明示することが必要になります。
『練炭有ります。1個200文』という感じですかね。
最初は競りの結果を踏まえ200文で出すのが良いと思いますよ。
もう一つ重要な条件ですが、このやり方をする間、練炭に関係する品物に関してはここ以外にも卸すことを許して頂きたい。
いかがでしょうか」
義兵衛の渾身の提案である。
炭屋番頭の中田さんも、百太郎も、提案を聞いて固まっている。
しばらく沈黙が続いた後、提案の内容を充分に考えたであろう中田さんが口を開く。
「悪くはない考えとは思うが、それでは店にある練炭は金程村のもので委託販売という形になるのだろう。
もし、ここから本店に何個か持ち出しという場合は、どう考えるのかな」
「その場合は、店頭表示した価格で売れたという前提で扱ってください。
そして出来れば小売価格に関して本店側で設定してもらってください」
義兵衛は切り返す。
「そうですな、2~3カ月、値段が落ち着くまでの間、この方法を試してみるのも良いかも知れませんな。
いやぁ、若いのに実に良い提案をなされる。
これは百太郎さん並に手ごわい交渉相手になりそうですな」
百太郎は番頭の言葉を聞いて苦笑いしている。
多分、もう一つの隠し玉である「薄厚練炭」をどう決着させるのか、を面白がっているに違いない。
「では、2~3カ月この方法ということで、お願いします。
齟齬が起きないように、後で文書で取り交わししましょう。
ところで、練炭ですが、今回こういうものを作ってみました」
義兵衛はそう言いながら、薄厚練炭を取り出して番頭の中田さんに手渡した。
「これは、練炭を輪切りしたものですかな」
「いえ、最初からこの厚さで作ったものです。
特徴は、火が練炭の4分の1の時間しか保ちません。
その時だけ火を使いたいという向きに作ったものです。
こちらは、1個あたり練炭価格の4分の1に15文(=375円相当)を上乗せした価格で売ってください。
端数は切り上げても切り捨ててもどちらでも結構です。
15文の内訳は、5文が店の取り分で10文が金程村の掛売り算入分です。
こちらも需要が読めないので、同じ扱いでお願いします。
もし、15文上乗せが難しいと感じる場合は、普通のものと同じ委託手数料3割の扱いでも結構です」
複数枚重ねて燃やすとその分燃焼時間を調整できること、練炭を輪切りにして同じものを作るのが困難なことを説明した。
「なるほど、これは安いので需要がありそうですな。
これは、今回どの程度持ってこられましたかな」
「薄厚練炭は16個あります。
こちらの価格は、先ほど話した通りということでお願いします。
おそらく、火鉢と練炭を江戸の本店に持ち込み、店主に実演して見せるのでしょう。
ならば、こちら(炭団)もお持ちして頂いて、価格が妥当かを確認してきて貰えませんか。
これは炭団と申しまして、金程村の希望小売価格は20文(=500円)です。
とりあえず16個ほど無償でお渡しします」
義兵衛は持ってきた炭団を16個手渡した。
「こちらには、火鉢のような専用の道具はあるのですかな」
「いいえ、まだありません。
木炭の代わりに使う安価なものということで作っています。
売れる値段に見当がつかないのでお願いします」
一応、価格交渉はこれで終わった。
しかしこの後、加登屋さんでの後始末が待っているのだ。
第三者が安く買って転売するという「飛ばし」にとりあえず釘を刺しましたが、相手は百戦練磨の商家番頭です。固定価格が決まらないうちは、あの手・この手で商家の利益を優先し手を打つに決まっています。卸し先・販売を独占されないように言質を取っているところが強みでしょうか。
さて、加登屋に残してきた助太郎はどうなっているのでしょうか、というのが次回です。
感想・コメント・アドバイスなど歓迎です。
勿論、ブックマーク・評価は大歓迎です。よろしくお願いします。




