加賀藩の特産品案 <C2402>
義兵衛は渡邉様に説明を始めた。
「江戸藩邸で渡邉様はこの責任を取る形で金沢へ戻ることになると考えます。これを救う道は、まずないでしょう。
そして、加賀藩は特産指定を止め、地元商家へ冥加金を返して京・大坂の商家との通常取引が出来るようにすることになります。
金沢と京・大坂の間で、渡邉様は当事者としてまず間違いなくこの商家との一連のやり取りを任される格好となります。
しかも、藩が借財している先が相手でしょうから、屈辱的な対応を強いられることになるでしょうね。
例えば、借金返済の前倒し要請やら利子割り増しなど理不尽なことを言われるかもしれません。その対応だけでも、大変なことです。
そして、結果として、藩の中で算用方は非常に肩身の狭い思いをし、その矛先は江戸藩邸ではなく渡邉様に向かわれるのでしょうな」
渡邉様はそうなった様子を思い浮かべたのか、ブルッと体を震わせた。
「こうして当面は厳しい状態になると推測しますが、これは『地の粉』の江戸での価格を希望したようにできなかった貴藩の動きに起因します。本来、こういった責任を負うのは私の献策通りにして頂けなかった江戸藩邸の御家老様なのでしょうが、こう八方塞がりになってしまうと、御家老様とて担当を切り捨てて保身に走るしかないのでしょう。
献策通りにした所でも、それなりに藩は潤うはずでしたのに、今回は残念なことです」
渡邉様は小さく頷いている。
本当は御家老の横山様か算用方の湯浅様に聞かせたい話なのだが、ここで話したことが伝わるとは思えない。
「それでも加賀・能登には起死回生の手が残っているのではないかと思っています。
この策を成すのは江戸の事情に通じ、能登の『地の粉』『味噌岩』のこと、更には七輪のことを知る渡邉様しかいないと考えます。
ただ、上手くいくための前提をきちんと理解をしておいて頂く必要もありましょう。
それから、このことは想定通りになるまで上役には伏せておくことが肝心です。
不相応な欲が困った事態につながることを体験されておるのですから、同じ過ちを繰り返してはなりません。
少なくとも江戸詰めの方は頼れないことを実感されたばかりでしょう」
渡邉様は、さすがに賛同の意を示すのは憚られるようで、ただただ額から汗が噴き出すがまま身じろぎもしない。
「それで、提案の内容ですが、金沢に戻られましたら、こういった事後処理の傍ら、当家が作らせている七輪、その木枠を金沢でも作ってみてはどうか、と考えた次第です。
紳一郎様、当家の長屋を案内してもよろしいでしょうか」
「ここまで言ってしまったのじゃ。もう好きに致せ。
安兵衛様、同行して危うい話になりそうな時は止めるのを忘れないように、よろしくお願いしますぞ」
紳一郎様と安兵衛さんにはどこまで説明するのかが読めているようで、その則を超えた時に制止する合意ができているようだ。
渡邉様と安兵衛さんを引きつれ長屋の端に急遽作られた七輪倉庫へ案内した。
屋敷から渡り廊下を通り、一番端にある改造して倉庫に仕立てた部屋の前まで来て戸を開いた。
そこにはぎっしりと木枠に入って積み上げられた七輪が見えた。
「ほう、これが七輪ですか。結構沢山ありますな。2部屋の床から天井近くまでギッシリではないですか」
「もうそろそろ1万個になりましょう。この秋から1個1000文(25000円)、金では1分で売り捌き始める予定です。
まだまだ作っていて、年末までには4~5万個の七輪を作り売ります。全部売り切ることができれば、その売り上げは1万両にもなりましょう。
そこから工房などへの支払いはありますが、それなりの額が手元に残る予定です。
そして、この七輪の売れ行きに目処が付けば、来春からは当家が直接七輪を扱うことはせず、1個あたり何文かの口銭をもらって工房から薪炭問屋に運びいれる心算です」
「しかし、これが何万個も売れるとは思えませぬ。売れなければ、どうなりましょう」
確かに24節気で言えば『暑処:暑さがおさまる時期の意味』のこの時期に、暖を取るための道具を見ても実感は湧かないに違いない。
想像力を働かせさえすれば、どんなに良いものかの見当は付くのだろうが、今はそれを理解してもらう必要はないし、そこまでネタをバラす必要はない。
「これを確実に売り捌くため、色々と手を打っているのです。薪炭問屋に入り込み、その売り込み先まで手を回しているのです。
万一売り切れぬときは、腹を切るだけでは治まらないでしょうね。命がけで動いているのです。そして、この七輪の主要原料に『地の粉』があり、それで江戸で少しでも安価に入手できるよう動いていた訳なのです。原料が安くできれば、販売値をある程度操作する余地ができるので、売り切るのにも貢献できそうですからね」
「それで、郷里の金沢で七輪を作るというのはどのようなことでしょう」
義兵衛は積み上げてある七輪から御殿様が作らせた枠をもつ1個を引き出し、枠と七輪本体を分離して手に持った。
「大きくは2案あります。
ひとつ目は、この七輪の主要な原料が『地の粉』『味噌岩』であり、原料を江戸へ持ってきて作るのではなく、原料が採れる石崎村近郊の村で作ってそれを江戸に出荷するのです。加工品を出荷することで、利益は地元へ落ちます。ただ、この七輪を作るにはそれなりの技術が必要ですので、簡単にはいかないでしょう。ただ、これができると利益は大きいです。
そして2つ目ですが、こちらの木枠を見てください。
これは、御城への献上用として作らせたもので、普通に売り出すものではありません。しかし、本当に献上に値するほどの工芸・美術品として完成の域に達したものではないと見ています。金沢は漆塗り物の産地であり、こういった工芸品を作るのは得意と考えています。そこで、この木枠を作り江戸で薪炭問屋に卸してはどうか、という案です。こちらのほうが、敷居は低いでしょう。
実際に七輪を作る訳ではないですし『江戸で七輪が流行っている』との確証を得てから装飾木枠を売り出せば良いので、余計な負債を抱える必要は極めて小さいですよ。そして、この策が当たれば、藩からの特産品として収入を得ることに貢献でき、渡邉様は算用方内での立場を新たに得ることになります。
それに、次に繋がる見通しを胸に秘めているだけで、京・大坂の商家や藩内からの反感を押さえ込む原動力にもなろうと言うものです。不遇の間に、次にどう出るのが良いかを見極めることが重要ですよ。特に、どなたに引き立ててもらうのか、どうお役に立つかをよく見て考えるのですよ。不遇の時が人の本性を見る良い機会なのですからね。
ああ、あと装飾木枠を薪炭問屋に卸すことで、料亭との縁をつなぐこともできましょう。なにせ、上等な七輪は幕内料亭には必須となるでしょうからね」
この説明を聞いて、渡邉様は表情が急に明るくなった。
「ありがとうございます。
いろいろとお話しをうかがって、少しは気持ちが落ち着きました。
まだまだご縁があるかと思いますので、よろしくお願いしますよ」
そして丁重な挨拶をして渡邉様は屋敷を去っていった。
おそらくは、江戸詰め上司にこの話をすることなく、加賀・金沢に帰ることになるのだろう。
「今回はビックリするような話は出なかったので安心しました。
それにしても、義兵衛さんはおひとよし過ぎますよ。聞かれもしないのに、いろんな知恵を与え過ぎです」
「いやあ、いずれ『地の粉』はとても重要な物資になります。なので、そこへの先行投資と思えば大したことではありません」
義兵衛はことも無げに言うが、将来といっても10年単位で見たレベルで、元の歴史ではこれから60年後位のことなのだ。
『子孫の世代に役に立てば良い』位の気持ちでいたのだった。




