助太郎への事情説明と登戸村行きの準備 <C239>
助太郎の現場指揮者としての優秀さが、なぜか目立ちます。
これを引き立てていくのが義兵衛の役目でもあります。
「練炭やその派生製品は需要と供給の関係に任せて、できるだけ高い値段で取引したい。
特に、出始めである今年は荒稼ぎを目指す。
そして、来年は金程村の練炭を選んでもらうために、今年の内に工夫した七輪を普及させておきたい。
普及のための鍵は値段なので、今年は損をしないギリギリの値段で売る。
もしくは、ある程度まとまって継続的に使用する見込みがあるお客へは、無償で提供する位のことは考えてもいい。
すると、今年金程村謹製の七輪を使ったお客様は、来年他の村の安い練炭を仕入れて使った時、今年の練炭ほどの効果を得られないことで、多少高くても金程村の練炭に戻ってくる。
これが、目論見だ」
「もし、七輪を高値で売り出せば、類似品がきっと作られる。
その結果、効率は落ちるものの他の村の安い練炭が使える七輪が幅をきかせるようになり、金程村の練炭は競争力を無くす。
だから、他の村に目をつけられない値段で売ることが重要になってくる。
辻売りのときに指摘されたように、見る人が見れば、七輪との組み合わせで練炭の特徴が光るのだ」
義兵衛は納得したようだ。
「お金の話は、木炭加工に全く依存するので、助太郎も含めて確認していったほうが良い」
そこで、義兵衛は助太郎の工房で一緒に話し合うことにした。
工房には、江戸に行く前日の夕方、少し顔を出しただけだったので、その後の状況が心配になっていたのだ。
「江戸に行く日までに作った練炭が16個仕上がっていますよ。
その翌日は、薄厚練炭が96個作れていて、内4個重ねた普通の大きさのものを16個、そのままのものを32個残しています。
明日朝にはこれを持っていけれる状態になりますよ。
これで手が少し空いたので、七輪を1日2個目安で作るようにしました。
昨日、今日で、練炭は普通の大きさのものを48個、薄厚のものを192個乾燥に送り込みました。
七輪は都合6個を乾かしているところです。
ただ、七輪は焼く必要があるのであと3日は欲しいですね」
どうやら、フル生産を行っていたようだ。
午前中に粉炭を米・梅の娘2人で捏ね、助太郎が七輪を作る。
午後は寺子屋組3人+1人で粉炭を作り、もう一人が交代で型を抜くという作業を担当する。
助太郎は、炭団の型で燃焼確認用のチップと、竹炭を混ぜたチップを作って測定をする作業する、という割り振りで作業していた。
今朝も米・梅の娘2人が粉炭の捏ねあげ作業をしている途中だったようだ。
助太郎は、午後には全部で薄厚96個を抜き、4枚重ねを12個作るように米・梅に指示すると作業を抜け、工房脇の作業机のところで待つ義兵衛のところまでやってきた。
「今日は多分出来上がった七輪と練炭を引き取りにきたのですよね」
「登戸村の加登屋さんに納める必要がある。
あと、炭屋に幾らで卸せるのかを交渉する必要もある。
今回も名主・百太郎と行くが、助太郎さんにも一緒に行ってもらいたい。
加登屋さんは実際にこの練炭を使っている人なので、色々と欠点を指摘したり、要望を持っていると思う。
これを一緒に聞いてもらいたいのだ。
聞いた話で、使う人が何を考えているのかを実際に感じてもらいたい。
それから、別件で相談がある」
義兵衛は、今朝俺と考えたことの要点を助太郎に説明した。
もちろん、飢饉が迫っていることも、今はそれを秘さねばならないことも。
助太郎は、守り仏に神様が宿ったのもこの目的のためと理解し、無条件に信じた。
「判りました。
登戸・五反田間、五反田・細山間、細山・金程間のそれぞれで、それぞれの運搬手段別で1日あたりどの程度の量が運べるのか、調べておきますよ。
ただ、荷車はご禁制なので使えませんよ。
その代わり、登戸・五反田は平底の船が使えます。
多少費用はかかりますが、一度に米10俵位積んだのを見たことがあります。
それにしても、年間155両(=1550万円相当)という莫大なお金を、木炭加工で、しかもこの子供5人+自分達2人で生み出そうなんて、どうやったら実現できるのか、本当に呆れますよ……」
助太郎から思わず本音が出てしまった。
確かに、子供を動員して作ったもので、1550万円の売り上げを期待しているなんて、俺でも本当かよと思ってしまう。
しかし、ここは言霊の国、助太郎はあわてて言い繕う。
「失言をしてしまい、失礼しました。
誠に恐れ多いことです。
皆にも、今の調子ではとても追いつかないと発破をかけます。
炭は、竹炭だと灰の量が若干増えますが、多少混ぜる程度なら問題ないようです。
あと、粉炭を挽く水車小屋も、一番川沿いに一つではなく、斜面に沿って並べ、上の水車を回した水で次の水車を回す、なんて工夫をしましょう。
水を流すだけですから、人が寝ている夜中も休まず挽くことができます。
そうやって、夜通し複数の石臼を回せば、粉炭の生産効率は上がりますよ。
あと、付加価値が一番高い炭団が難局を突破する鍵になりませんかね」
助太郎は上手いアイデアを出す。
複数台の水車を直列に並べる案は、今は無理でも取り込めるように設置場所を考えよう。
高低差の多いところなのだから、3基直列でもいけそうな感じだ。
明日登戸村に行くという方向で、荷造りを頼んだ。
七輪が1個、一体型練炭が14個、薄厚練炭を結合した練炭が18個、薄型練炭が32個、炭団が256個になる。
数は多いが、重量は18貫=68Kg程度なので、大した量ではない。
義兵衛は見本として、薄厚練炭1個と炭団1個を抜いて手に持った。
残ったものを背負い籠3つに分けて慎重にくくり付ける。
この作業で夕方になってしまった。
家へ戻ると、百太郎に登戸村へ行く相談を始めた。
「登戸村の加登屋さんへ渡す七輪と練炭の準備ができました。
また、炭屋の番頭さんと、練炭を卸す価格について交渉しておく必要があると考えます。
明日、助太郎も一緒に連れて行きたいと考えています」
「もう10日も経つのか。
加登屋さんへ不義理はできんので、明日朝に出かけよう。
今回は、炭屋の番頭さんとの価格交渉の口火をお前が切ってみてはどうかな。
おおよそも目星はつけているのだろう。
大方、小売が200文(=5000円相当)なので、150文(=3750円相当)は欲しいという感じじゃろ。
まあ、まずは小売予定価格の聞き取りから始めるのがよいぞ」
百太郎も、準備していた練炭が献上品に化け、加登屋さんを後回しにしていたのを気にしていた様である。
「それから、今回新しく、薄厚練炭と炭団を持っていきます。
これがその製品で、練炭を輪切りにしたものと、小型の練炭=炭団の見本です。
こちらについては、まず加登屋さんに意見を聞いてから、炭屋の番頭に話をしたいと考えています。
基本的には、練炭の金額を参考に、使っている木炭の量に若干上乗せした値段にすればいいと考えます。
炭団については、20文(=500円相当)が小売価格になる方向で折り合いがつけば良いと思っています」
一応、この説明について、百太郎は納得し、登戸村へ同行してもらえることになった。
次話は、百太郎・助太郎と一緒に登戸村へ出かけます。
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