やはり大金が必要だ <C238>
まだ、高森・義兵衛の間での作戦会議の内訳です。
「登戸村、五反田村、細山村のそれぞれに一時的に蔵を借りることで計画を立てよう。
ところで、借りる蔵の役割は何か判るかい」
「ものを貯めるということでしょうか」
「金程村の蔵は、米を備蓄するという意味で貯めるで良いが、他の村で一時的に借りる蔵は別の意味がある。
気がついてはいるが、どう言えばいいのかという言葉の問題かな。
この一時的な蔵は、輸送量の平滑化という意図がある。
ドカンと来る物資を細々と輸送する、とか輸送されてきたものを貯めてドカンと放出するということなのだ。
だから、いつ・どこから・どれだけ出入りしたのか、という記録が重要になる」
うんうん、久し振りにいいことを教えた気分に浸る。
「さて、蔵ということでは、物流の終点・始点になる金程村にはどれだけの蔵が必要になるかを見積もっておかねばなるまい。
どこにどれだけの蔵があるか判るか」
「伊藤家は、村で収穫した米を全部預かる関係で米用に100石入る普通の大きさの蔵を2棟持っています。
あと、空いていませんが、少し小ぶりな蔵を1棟と、農機具をしまう作業小屋があります。
他家では、津梅家が普通の大きさの蔵を1棟と農機具をしまう作業小屋を持っています。
大工の彦左衛門さんが小ぶりな平屋の蔵を1棟と大きな作業小屋を持っています。
今の所、米を入れる場所としては、伊藤家の200石だけです」
だいたい想定していた通りだ。
今年の秋は伊藤家の米蔵で充分足りるが、来年の秋には不足する。
来年の秋までに米蔵をもう1棟建て増しするのが良いだろう。
3年目の秋には、津梅家の蔵を借りるしかない。
「献策の中に、来年秋までに米蔵を1棟新築することを入れておく必要がある。
できれば、すこし大振りなもので、150石を積める位のものにしておく必要がある。
この備蓄蔵の役目で重要なのは、古いものから順番に出していくということだ。
なので、蔵のどこにいつ入れたものがあるのか、それをいつ出したのかを記録することが重要になる」
米をどこから買うかと輸送と備蓄について、大体目処は付いた。
あとは、米を買うお金、蔵を借りるお金、運ぶお金、蔵を建てるお金である。
概ね年間100両という目論見だが、蔵を借りる分を入れると120両位用意したほうが良いだろうか。
このお金を作り出すには、今現在取り組んでいる木炭加工しかないだろう。
「では、最後に一番重要になる必要なお金をどう工面するかだ。
大体、120両かかると見ていいだろう。
年貢米の分35両を入れると、155両もの掛売りを作らねばならない。
判っていると思うが、これはとてつもなく大金だ」
「練炭が1個200文として考えると、155両、つまり620000文の掛売りを作るためには3100個ですか。
1個350匁(=1.3Kg)とすると、木炭が1俵4貫(=15Kg)から11個作れます。
なので、280俵もの木炭を使うことになります。
1窯でだいたい20俵の木炭を作ります。
すると、1窯の木炭を全部練炭につぎ込んでも14窯分ですよ」
義兵衛は、ザクッと概算して驚きの声をあげた。
最初の計画では1個100文としていた。
それを、競り売りの感覚で200文ならば売れるかなと思ったのか修正している。
だが、200文は末端価格なのだ。
炭屋へ卸すときは、もう少し安い価格にさせられるだろう。
「原料炭が不足することは見えていた。
なので、竹炭窯を織り込んでいるのだ。
竹炭窯でどの程度質が良い炭が、どの程度採れるかが最初に得なければならない情報だ。
あと、竹炭を練炭にどの程度混ぜ増量することができるのかも、重要だ。
そして、何よりも考えねばならないのが、今まで以上に付加価値が高い練炭を作ることだ。
4分の1厚の練炭はその最初の試みだ。
先に練炭の値段を200文で考えたが、炭屋の卸す時は店の取り分が入るので、それより安い価格で卸すことになる。
例えば、今の大きさの練炭1個が150文で卸すとすると、4分の1厚は1個40文で卸す。
4個で1個分の炭を使い160文と実際は少し高いが、40文の需要が高ければこちらの方が売れる。
他にも、助太郎には炭団を考えてもらっている。
こちらは16分の1のものだが、1個12文で卸す。
16個で1個分の炭を使い192文と実際は高いが、これも同じことだ。
欲しい人が多いほど、値段を少し高くしても売れるということだ。
もっとも、練炭や薄厚練炭、炭団の値段は説明の為に仮の値にしたが、実際には炭屋との相談になると思うのだけどな」
物の値段が需要と供給で定まることを説明しようとしたのだが、上手く伝わったのかは判らない。
あと、損益分岐点の考え方も教えておきたいが、これも何かの機会にしよう。
「実際に炭屋と交渉してみないと値段設定は判らない。
もし、練炭と同じ重さの薄厚や炭団の方が高く卸せるなら、そちらを主流に生産すれば原料の木炭は少なくて済むのが道理だ」
「なるほど、付加価値のより高いものを主力に作ればよいということですね」
義兵衛は飲み込みが早い。
「お金を作る手段として、木炭加工以外には何かありますか」
「忘れているかも知れないが、七輪がある。
七輪の値段は決まっていないが、これは世の中に無いものなので、作るほうの都合で決めて良いと考える」
需給以外の価格設定の方法として、損益分岐点の考え方を教えておこう。
もっとも、俺もちゃんと知っている訳ではないので、どこまで伝わるかだ。
「練炭は先日の競りである程度値段が定まっており、後は需要と供給で決まるという話を先ほど聞いております。
世の中に無いものの値段の決め方に、作るほうの都合なんてことがあるのなら、薄厚や炭団はこの方法で決めれるのではないですか」
うん、よく話しを聞いて理解している証拠だ。
この疑問は出てきて当然だ。
「これには、目論見がある。
前に助太郎の所で、作る主流を練炭にするか七輪にするか考える必要がある、という話をした。
練炭は、儲かるとわかれば色々なところで作り始めるだろう。
すると、供給が増えて価格は下がる。
しかし、作るのにかかる費用を下回って売ることは、基本的にはない。
この作るのにかかる費用を説明するのが、作るほうの都合ということで、損益分岐点という。
練炭を高くても金程村から買いたい、という形にするためには、他の村で作るものと違う特徴や有難味を持たせる必要がある。
そのために、七輪にミゾを付けるという細工をお願いした」
「練炭の火が長持ちする理由は、空気の供給にある。
そもそも火が燃える要素が3つある。
燃えるもの、空気、熱だ。
練炭と七輪は、その形と隙間によって、この3要素を微妙に制御しているのだ。
なので、練炭の寸法と七輪の寸法を上手く合わせて、練炭の横壁にある空気の入る隙間を極めて狭く作るのが肝心なのだ。
七輪側にミゾがあることで、この微妙な制御のミソを金程村だけが押さえることができる」
『ロウソクの科学』ならぬ『七輪と練炭の科学』である。
一通り、薀蓄を垂れた。
「それで、どうして七輪は最初から損益分岐点に近い値段で売るのですか。
目論見を教えてくれてませんよ」
結局、科学より経済が優先される。
今は大金を得る算段を話す時間なのだ。
練炭、薄厚練炭、炭団の値段を想定していますが、これはあくまでも内部で想定した希望数値であり、実際に外部と交渉する場合はもっと厳しい価格になることもあります。製造原価をきちんと把握・管理していないところは、竹森貴広26歳が経験していないことに由来しているとご理解ください。
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