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田沼意知様との面談 <C2373>

 ■安永7年(1778年)7月12日(太陽暦8月4日) 憑依153日目


 前月であれば、20日に開催される料理比べの興行に向け、やきもきしている頃なのだが、今月は地区制に切り替えのためお休み宣言をしているため、義兵衛がいつも出入りする萬屋さんもゆったりとしているようで、特に懸案もない。

 安兵衛さんを相手に、他愛も無い話をしながら『昨日に続き穏やかな日となりそうだ』と思った時、田沼意知様からの呼び出しの使いが来た。

 田沼意次様であれば西の丸下の上屋敷になるのだが、息子の意知様であれば飯田町の下屋敷になる。

 義兵衛は養父・紳一郎様に、呼び出しがあった旨を伝えて許可を貰い、出かけることとした。

 勿論、今出世中の田沼意知様から名前を指定してのお呼びであり、直ぐにでも参上せねばならないので、許可は直ぐ下りた。


「くれぐれも、御殿様に迷惑がかからぬよう、存分に気を付けるのじゃ」


 もういつもの愚痴にしか聞こえない忠告を背に御屋敷を出た。

 この御屋敷からだと大した距離でもなく、使いの者に引き連れられて、いつものように安兵衛さんと一緒に出向く。

 飯田町の田沼屋敷は田安御門の近くにあり、大名家の下屋敷とは言え敷地は3500坪もある。

 西の丸下にある御老中の役宅・上屋敷の8000坪に比べれば半分以下の敷地であるが、それでも十分広い。

 門を入ると、離れの座敷へ案内され、ほどなく甲三郎様が入ってこられた。


「久しいのぉ、義兵衛。椿井家の様子はどうじゃ」


 義兵衛は御殿様の近況を報告し、ついでに萬屋の華さんと婚約したことも報告した。


「商家相手とは言え、無事結納を終えたのは目出度いことよ。当家に出入りする有力な商家の後ろ盾があるというのは、家臣の間でも一目置かれることであろうな。若君を支える家臣に、経理面で融通が利く者がおるというのは、大層心強い。

 ところで、以前儲けた金で『利息での暮らしを』、と兄に言うておったが、実現するのに猶予を頂いたのじゃな。流石に夢かと思う話なので、今年の内に、というのはよくよく考えれば無理と判っておるようなものじゃ。『そのうちにでも』と示唆したのは『焦るな』ということであろう。この忠告は大事に致せよ。

 さて、今日呼び出したのは、能登からの土を江戸で売る件についてじゃ。加賀金沢藩の者と話をしてみたが、いささか話の具合が違うてきておる。こちらの若殿様(田沼意知様)も困惑しておるのよ。そのあたりを整理して、筋道を付けねばなるまい」


 昨日の辰二郎さんたちの説明と符合する部分があるようだ。

 加賀金沢藩の渡邉様にした話がどのようになっているのかを知る必要がありそうだ。

 話込んでいる内に、意知様が離れに入ってきた。

 ふすまを開け座敷に入ってくるまで、甲三郎様と義兵衛は気づかず、あわてて座りなおして平伏した。


「平伏はせずとも良い。それより今話しておった内容のことなのじゃが……」


 意知様は6月21日に西の丸下の田沼家上屋敷で義兵衛が語った策について、その真偽を確認すべく関係者に話を聞いていたようだ。

 その中に、当然の様に加賀金沢藩江戸詰め家老・横山様が入っていた。

 要は、能登で採れる『地の粉』について、これを藩の特産品として商家ではなく藩の勘定方扱いとし、今ある市価のまま藩の出入り商人に販売を任せる、ということのようだ。

 ただ、実際の運搬のところで詰まっており、実物が届く訳でもなく、容易に話が進まないようだ、と意知様が語った。

 美味しい所を加賀金沢藩がごっそり持っていく方針であるなら、進まないというのはもっともな話なのだ。


「加賀金沢藩江戸詰め家老・横山と顔合わせしたのだが、とんと話が通じぬ。『能登の地の粉は江戸で30貫(112.5kg)が1両(10万円)する故に、藩の特産品として扱う』としか言わぬのだ。

 算用方の湯浅と申すものが多少詳しく説明をしてくれたのだが、内容は大殿様(田沼意次様)の前で話された通りであった。しかし、それではこちらの聞きたいことが判らぬ。義兵衛が言うように、江戸へどうやって持ってくるのかが味噌であろうに、ここについては出入りの商家に任せてしまっておるようなのだ。ただただ、能登の地の粉を藩で独占し、特定の商家に江戸の下屋敷に持ってくれば30貫毎に2分(5万円)支払うということを伝えたに過ぎぬ。そして、江戸では30貫を1両で売り、藩が1分、商家が1分の取り分とする、と勝手に申し渡しただけなそうな」


 そして、この通達のためか、従来の西回り航路で大坂に送り込むはずの『地の粉』が福浦で差し止めになっている模様であることも教えてくれた。

 その結果、西回りの船に載せるはずの『地の粉』が輸送されず、京・大坂で品不足になるとそこでの価格は高騰する。

 そうすると、大坂の商家から買い入れている山口屋は、納品期限に追われ高値でも仕入れざるを得ない、という状況に追い込まれるのだ。

 義兵衛がその指摘をすると、甲三郎様が深く頷いた。


「それが呼び出した訳なのだ。元々の義兵衛の考えは、江戸で安定的に安価に土が供給されることを狙ったものであろう。ところが、加賀金沢藩の政策は供給元を特産として絞り、輸送は商家に任せ、労せずに利益だけをむしろうとしておるのだ。

 もとの狙いである潤沢に土が出回る状態に戻すべき、とその方策に頭を悩ませていたところなのだ」


 甲三郎様の説明に意知様も続けた。


「この『地の粉』は、お前の七輪で使う以外にも用途は多いと申したではないか。であれば、これが安価に出回るというのは必要なことであろう。

 幸い、石崎村は相給相当ではあるが代官が納める土地じゃ。厳密に言えば、この村で取る『地の粉』、いや『味噌岩』は加賀金沢藩だけの特産ではあるまい。お上の差配する代官が治める地で採れたものは、お上のものであるとの指摘を家老の横山に告げたが、喧嘩別れとなってしまったのだ。『お互い好きなようにやれば良い』という話で合意した、という風に受け取ることもできるが、周りを藩領で囲われた石崎村の民は苦労するであろうな。それを思うと一刻も早く決着をつけねばならぬと考えておるのよ」


 これは一歩間違えれば大事おおごとになる。

 石崎村で150貫(563kg)を1俵にして、1500文で商人に売っていたものを、江戸で5両=2万文で売るという加賀金沢藩の方針に対して、義兵衛の案に従うと同じものを1両2分=6000文で売るべし、となるのだ。

 義兵衛はしばらく考えた後、施策を提案した。


「加賀金沢藩では、まだ実際に物を動かし江戸に『地の粉』・『味噌岩』を持ち込んでいる訳ではありませんよね。

 最初に考えねばならないのは、物の値段と船賃は分けて管理することでしょう。

 150貫の土の元値は1500文、船賃・輸送費は4500文と考えています。分けて管理することで、元値を倍の3000文や、場合によっては1両出すということをしても、輸送費は4500文のままで据え置きすることができると考えます。こうすると、元値を1両2分(6000文)ではなくて、1両3分2朱(7500文)や場合によっては2両2朱(8500文)という値段に換えることで対応ができるようになります。

 前にお話したやり方は、港毎にあるお上の代官所で買い入れる価格を決め、江戸に近くなるほど少し高い値をつけることで、物を運ばせる方法でした。

 今説明した考えは、想定している15箇所の港間の運賃を、1俵あたり例えば1朱(250文)~2朱(500文)と固定化することで運ばせる方法となります。運ぶ船が少なければ、労力に見合う運賃ではないので高めにし、逆に運ぶものが無いほど船の手当てができるのであれば運賃を下げて調整し、最終的に決まった額にしていけば良いのです。

 まずは、石崎村で150貫を3000文で買い付けし、東廻りの起点となる酒田港まで今町・新潟を経由するので3朱(750文)を運賃と示して運ばせてはどうでしょう。それが上手く行って酒田に土が集まるようになれば、それぞれの港間の運賃を出すからと布告して江戸まで運ばせましょう。今までの倍の値段で買い付ければ、石崎村の人に報いることができます」


 義兵衛の提案に意知様は、なるほど、と声を上げた。


更新が2回飛び申し訳ありませんでした。まだ本調子ではないので更新が飛ぶ可能性も充分ありますが、頑張って執筆を続けていきます。感想欄でいろいろと励まして頂きありがとうございました。

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