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上機嫌な御殿様からの示唆 <C2369>

 ■安永7年(1778年)7月7日(太陽暦7月30日) 憑依148日目


 名内村では、名主・秋谷修吾さんを窓口に、名内村工房の管理責任者である血脇三之丞さんと助太郎の間を義兵衛が取り持ち、さらに富塚村の川上右仲かわかみうちゅうさんと佐助さんの間に立って雑木林管理と木炭窯製造などの説明を重ねてきた。

 三之丞さんの管理外となる雑木林と木炭窯については、村の有力者・4本家の一角を占める山崎豊作さんが責任者の指名を受けていたが、言われたことだけを淡々とこなすタイプで、外野陣であるはずの右仲さんが見せたような喰い付きぶりは無かったことは、誠に残念なことであった。

 ともかく、この2日間に渡る滞在で、名内村の面々にしてみれば最初はただのお飾りとしか見えていなかった義兵衛が、この木炭加工事業の全般について、概要から細部に至るまで実際の所を裏支えしている人物であることを知ると大いに驚愕し、昨夜は遅くまで意を持つ面々からの質問攻めにあっていたのだ。

 もっとも、名内村で全体を統べるはずの名主・秋谷さんは、富塚村で義兵衛が見せた小判に執着したようで『ワシの所も小判を手にすることができるのか』という質問に終始するという残念な姿を最後まで見せてくれたのだった。

 今日、その後の名内村のことを助太郎に任せ、義兵衛は安兵衛さんと一緒に江戸へ戻ってきたのだ。

 そして、安兵衛さんを連れたまま、御殿様と紳一郎様へ帰着の報告を行った。


「それで、名内村の練炭生産の見込みはどうなっておる」


 御殿様は全般を気にしているようだ。

 義兵衛は、出立前に頂いていた10両に対するお礼と、これが木炭確保に有効に使えたことを、まずお礼しその概要を報告した。

 そして、練炭製造が立ち上がるには1ヶ月程かかりそうなこと、応援に行った助太郎達は1ヶ月を目処に名内村に留まること、今月は1000個程度作れそうであることを説明した。


「なので、9月までに5000個程度は作れそうです。あとは、木炭がどの程度作れるかにかかっておりますが、9月から年末までに最低でも2万個は作ってもらわねばならないと思っています。また、そう持っていきます。

 それから今回の名内村行きで、富塚村の川上右仲かわかみうちゅうさんという名主の息子の方と知り合うことができました。名内村へ当面必要となる木炭を卸してくれたのですが、雑木林の管理や木炭窯について大層興味を持っていました。いろいろと意欲の強い方でして、右仲さんに協力して頂けるのであれば、木炭の件は解決したに等しいと思われます。そうなると、後は工房で働く人達の技量如何でしょう。こちらは、助太郎始め金程村の工房から送り込んだ面々の指導力によりましょう。上手く立ち上がったとすれば、この面々の努力は称賛に値します。

 それで、この5000個の練炭を萬屋に卸して、杉原様は50両、村は112両、金程工房は12両を得ます。勿論、最初に私が富塚村へ支払った木炭の代金5両は、村への売り掛け金から戻します。他にも、名内工房のためにこちらが一時負担した費用は、名内村の取り分から取り戻します。

 萬屋さんの会計については、小炭団や卓上焜炉のこともあり、把握できておりますので、そこから横流しされることはまず御座いません」


「うむ、金のことは判っておる。『商家に貸した金に利息が、知行地からの年貢を上回る額となり、それで椿井家が暮らせる』と申しておったが、その分では来年からその体制に持っていくのは無理があろう。委託生産を試みた時点で見えておったことゆえ、あえて口にはせなんだ。

 確かに、米問屋からの借財が一向に減らないということを紳一郎から聞かされた時や、奥に多少なりとも贅沢させたくとも『無い袖は振れぬ』とわずかな贅沢も許されなかった時期もあった。しかし、今は借財を返し、幾ばくかの蓄えもできておるのだ。金のことは紳一郎に任せて間違いはない。義兵衛は前に大層なことを言っておったが、その言葉に囚われるではない。今年は出入りがトントンであれば良い。夢は先にとっておいてその分努力すれば良い。

 むしろワシが気にしておるのが、練炭の不足じゃ。

 江戸市中では『これはとても良い物』と言って七輪を売るのであろう。売り出しの時はともかく、いよいよ暖が欲しいという時期になって、燃料となる練炭が入手できないというのは詐欺ではなかろうか。あの七輪の山を見て、これに見合うだけの練炭を提供することができるのか、を思うぞ」


 薪炭問屋の扱いとは言え、七輪は椿井家から卸すのだ。

 売れる物ゆえに高い値を付ける、という理屈でそれなりの利益を上乗せしているのだが、いざ使おうという段になって練炭が無くて使えないという事態が困るのだ。


「その予感はあります。前に杉原様の所で説明をさせて頂きましたが、家臣の山崎様が妙なことを言っておりました」


 まだ需要が低い出だしの時期に安い値で買い溜めし、冬場の需要が高まる時期に高値で売り抜ける商売のことを話した。


「素人でも考えつくようなことで、実際に薪炭問屋が率先してそう動くことも懸念されます。萬屋さんも卓上焜炉の供給が間に合わなかった時に、値を高く付ける様にしておりました。一概に悪い行為ではないですが、ただ単に儲けるためだけに上流で供給を絞るのは問題です。

 商人達が高値で確保したものを売り抜けぬようにしてしまえば、済むのではないかと考え、委託生産という手を取ったのですが、実際に市場を安定させるだけの供給が出来ないことを今更ながら感じております」


 御殿様のほうが製造の実態を見ていないだけに、かえって全体像をきちんと把握されているようだ。


「義兵衛。練炭の供給が難しいならば、その需要を起こす七輪の販売を抑えるという考えもあろう。例えば、年内は計画の半分にあたる5万個のみ売るということに絞ってみてはどうかな。もしくは、多少値を上げると購入する者も減るやも知れぬ。

 まあ良い。こういったところは、お前に任せておるので、好きにせい。ただ、椿井家が商人のように阿漕あこぎなことをしておるという噂は困る。

 いずれにせよ、今回の名内村での取り組みで、練炭製造を立ち上げるのに1ヶ月程度必要ということが判ったのは収穫じゃ。委託生産するところを、もう1ヶ所位増やすことを考えてみてはどうであろう。来月には、助太郎は戻ってくるのじゃろう。9月頃に生産が開始できればよかろうが、稲刈り前後は人を回せぬか。まあ、そのあたりは時期がずれ込んでもかまわんか。

 そうさな、江戸の東は名内村、西はワシの所じゃ。北に同じほどの距離で木炭の産地というのも一興じゃ。江戸市中に向って3方向に産地があるというのも面白かろう。それに、なにより江戸の北であれば、輸送に川が使える」


 なにやら御殿様はとても上機嫌で意見してくる。

 確かに市中に出回る七輪の数が減れば、練炭要求の圧力も減るのだ。

 目から鱗の発想を御殿様から聞かされるとは思わなかった。

 ふと横を見ると、安兵衛さんも驚愕の表情をしている。

 言うべきことを言い終えると御殿様は退出していったが、後に残った紳一郎様が話をしてくれた。


「義兵衛の働きに大変満足しておるのだ。

 3日後の結納も楽しみにしておるようだ。昨日、萬屋から前借する持参金として100両(1000万円)が納められた。これは大金であり、その半分を結納金として明日の席で萬屋に戻す格好になる。この50両という結納金は、当家としては破格じゃな。そして、残りの半分を御殿様は手にすることが出来たという次第よ。結納式自体は、残りの25両(250万円)を使いワシが式を仕切ろう。それとて、実際のところ25両も必要なさそうなのだ。

 実は、萬屋が贔屓にしておる料亭・坂本が、この結納話を聞きつけ『普段から世話になっておるゆえ、是非とも酒・料理などの一式は、坂本から全部提供させて頂きたい』との申し出があったのよ。しかも『義兵衛様からお代を頂くというのはとんでもない』という次第じゃ。

 まあ、良い。御殿様が申すように、お前の好きにして良い。ただ、御家には迷惑がかからんようにだぞ」


 不在の間の様子はこれで判った。

 ともかく今後の展開について、沢山の宿題を頂いたのも確かだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 販売した後の江戸の平民や商人・上流武士達の反応・反響が楽しみです。早く売り出さないかな。
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