持参金のカラクリ <C2362>
助太郎から名内村への同行を打診された義兵衛は、紳一郎様への許諾を求めた。
「うむ、事情は理解した。ただ、例の婚約の儀が10日ゆえ、どんなに遅くとも8日までには屋敷に戻るようにせよ。
あと、原料の木炭の準備に難儀することが見えておるゆえ『椿井家より幾何かの金銭を負担してもよい』とのお達しが御殿様よりあった。ゆえに10両(100万円)を前金として託す。金5両を小判にて、残りは銀じゃ。使用明細報告は戻り次第行え。遊興費ではなく、名内村での練炭生産をより確かなものとするための費用じゃ。御殿様の心使いゆえ、ありがたく拝領されよ。
殿は申さぬが、名内村で作る練炭1個を卸す毎に、10文の指導料があろう。4000個分と思えば、先行投資としても無理な金額ではない。
助太郎、今回の生産委託・技術移転でかなりの道具を工房から持ち出しておろう。また、細山村の樵家から人も出しておるゆえ、こういったことも費用や負担がかかっておろう。里の泰兵衛爺様は何と申しておった」
助太郎は工房の経理をお願いしている金程村の名主・百太郎と相談をしており、工房内の費用で収まると踏んでいたが、別の目があることを悟った。
「道具の持ち出しは工房内で賄えると踏んでおりました。また、今回の細山村樵家の人員派遣については名主・白井与忽右衛門様と話をして出してもらっておりますが、その費用は年末締めの工房の費用で持つつもりでおりました。もちろん、薪炭問屋への売掛金が原資ではありますが、工房の取り分を多くしてもらうことを見込んでおりました。
白井様はおそらくお館のじい様と相談されておるとは思いますが、そこでの話を私は聞いておりません」
「うむ、当家の金のあては薪炭問屋の売掛金しかないのは当然だが、そこで得られるであろう利益の全部が工房のものでないことはきちんと意識を持たれよ。村々で行う飢饉対策の費用や椿井家の取り分もある。なし崩し的に出費を拡大するということが無いよう、予定を立てて取り組んで貰いたい。今までは、里の中の閉じた事業ゆえ、御殿様の一言で決着を付けることもできた。里では泰兵衛爺が、江戸ではこのワシが財布を握ることで済ませてきた。
だが、この委託生産は旗本・杉原様がからんでおるゆえ、問題があった場合ややこしくなる。面倒でも年末一括という貸借にせず、都度清算して明細を残すよう心掛けてもらいたい。
もっとも、この話は助太郎より義兵衛に聞かせるべきことであったなぁ」
あとは紳一郎様の愚痴になっていき、義兵衛はひたすら耐えるしかなかった。
しばらく注意や何がしかの助言をありがたく拝聴し、支度金10両を受け取って紳一郎様から解放されるなり、助太郎は小声で質問してきた。
「あのケチな細江様親子が工房の事業に10両もの大金を大盤振る舞いするというのは、一体全体どういった了見なんだ。それから『10日に行われる婚約の儀』とは一体何の話だ。初耳だぞ」
助太郎の言いように、隣に居る安兵衛さんが大笑いしてしまっている。
義兵衛は、昨日急に萬屋さんの華さんと婚約することになった経緯を、その概要を説明した。
話を聞いている途中から、助太郎の表情が固まってしまっているのに気づいたが、それでも説明を続けた。
「それで、今飢饉対策の大きな山をかかえており、余裕が全くないので、とりあえず婚約という形とし、目途がたってから婚姻となる恰好にしたのだ。おそらく2~3年先かな。この時期を逃せば、大不作が終わってからとなるので11年後になってしまう。それでは不味かろう。
それから、華さんの持参金は婚約したら使っても良いことになっている。
実はこのお金は萬屋のお婆様が先代より預かっていたもので、敷地の庭を掘ったら千両箱が出てきたのだ。それを持参金にするから、まずは華と婚約せよ、と迫られたのだ。そして、すでに御殿様との話はついていたようで、こうなってしまった」
しばらくしてから、助太郎が起動した。
「それで、10日には持参金が入るから、紳一郎様はここで大盤振る舞いしても良いと判断されたのか……」
この言葉に思わず納得してしまった。
だが、安兵衛さんが口を挟んできた。
「義兵衛さん、千両箱の話はせぬほうが良いです。助太郎さんも千両箱のことは絶対に隠しておいてください。
それで、義兵衛さんは、華さんの持参金がその千両箱の中身全部と誤解されてはおりませんか」
「いや、そう思っているのだが何か問題があるのか」
「やはりそうでしたか。持参金や結納金は家から家に渡されるお金であり、本人の自由になるお金ではありません。
結婚について変な感覚をお持ちでしたので、もしやと思っていましたがやはりそうでしたか。
今回は持参金を前渡しするということなので、まず半分が結納金に充てるためそのままお返しすることになるでしょう。残りの半分が納められる金額となります。
そして、御殿様に仲介して頂きますので、残った半分のお金の更に半分は椿井家のものです。そして残りが細江家のものです。紳一郎様が便宜を図ってくれるのであれば、またその4分の1位は義兵衛さんに回ってくる可能性はあります。
もし1000両丸ごとが婚約の儀で提供されてしまうと、義兵衛さんの所へ回ってくるのは60両もあれば御の字、ということですよ。
お婆様が言われたことを思い出してください。確か『千両箱の中の一部を持参金にして残りを義兵衛さんに使ってもらう』と言っていたはずです。なので、私が想像するに切り餅4個、つまり25両の包みを4個で計100両(1000万円)位を持参金として包んでくるのでは、と思います。丁度切りが良い単位なのですよ。25両の紙包みをそのまま分けることができますからね。
それで、本来は嫁支度をするための費用として結納金を婿側の家から入れ、それを使って花嫁側は輿入れの準備をするのですが、普通の商家では結納金は10両程度が相場でしょう。それを考えると結納金50両は随分と大金にも見えます。そのための前借りが100両。この婚約を義兵衛さんの側から破棄しようとすると、普通なら返せる金額ではありませんよ。
まあ、こういったことを想像したのですが、婚約・結納を済ませ、萬屋さんに残った900両が義兵衛さんに投資される格好となるということで収まるのかな、と思っています」
どうもややこしいが、前貸ししてくれる持参金がないと、婚約の時に渡す結納金が払えない、という笑えない状態であることをまず理解した。
そして、持参金が100両だと、椿井家と細江家がそれぞれ切り餅1個、25両(250万円)を受け取り、そして婚儀の準備を進めるということらしい。
それで、結納金は50両(500万円)という大盤振る舞いに見えるのだろう。
これも、持参金というタネ銭を前借できることでできる話だ。
お金の流れが見えたことで、やっとお婆様がしようとしていたことが見えた。
そして、安兵衛さんがこの説明してくれなければ、千両箱のことを迂闊にも口にしていた可能性もあり、ギョッとした。
そう思い返すと、お婆様と千次郎さんが挨拶に来た時の宴会で千両箱のことは一切口にしていなかったことに思いあたった。
更に、持参金も幾らにするか、萬屋さん側からの話は無かった。
お婆様の切り札のことは面白い話ではあるが、どうやら無闇に周囲に話すことではなかったようだ。




