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寄り合い後半戦 <C2357>

 浅草・幸龍寺で仕出し膳料亭の座の寄り合いが行われており、それまで淡々と進んでいた議事が新しい番付表を出した途端にざわめいた。

 こうなることは事前に予期できていたのか、表の下位料亭に対して『これは良い機会である』という説明を千次郎さんが行い、どうにか納めた格好になった。


「閏7月20日に秋葉神社の別当満願寺で行う隅田川の東側、すなわち向島・本所・深川地区84軒の料亭の料理比べは、今配った番付表に対する異議申し立てで行う。ついては、次回の寄り合いである来月7月20日の前日までに申し立てしてもらいたい。

 申し立てにあたっては先日の興行のように、まず八百膳か世話役の武蔵屋へ申告くだされ。事務方で先方との折衝や興業として成り立つかを判断し、有効性の高い順に調整を行いましょう。そして、申し立てが認められれば、連絡致しますので、委託金10両を添えて八百膳か世話役の武蔵屋までお持ちくだされ。

 次の7月28日の寄り合いの時に、日本橋・浅草・神田地区の番付表をお配りしましょう。こちらは78軒で、私が世話役を兼ねております。京橋・芝・愛宕・赤坂・麹町地区の番付表は閏7月28日の寄り合いで公表します。こういった段取りとなりますので、了解頂きたい」


 いつ・誰が・何を、を明確にすることが基本であり、どうやら押えるところはきちんとできているようで、こうなると自立が近いと安心しかけた。

 ここで、幸龍寺のお坊様が割り込んだ。


「仕出し膳料亭の座に加入してはおりませんが、興行を仕切る事務方として提案いたします」


 この寄り合いで腕に自信のある料亭が集まる席なので、各々自慢の仕出し膳を持ち寄ってもらいたいこと、それぞれの膳を並べて見せることで料理比べを経なくとも番付表との対比で妥当性が見て取れること、最終的には『総膳揃え』という興行を行いたいことを説明した。


「ここに居られる皆様の御協力を頂ければと考えております」


 前に義兵衛が提案したが、今日までの短期間で準備することが難しいため見送った裏興行なのだ。

 そして、優先順位が低いと切った話を進めているのだ。

 関係者が一堂に会する席で方向を決めてしまうつもりに違いない。

 善四郎さんが真っ先に意見した。


「それは大変良い試みだと思う。ここに居られる料亭の御主人方は、他の料亭で出される料理を知っておられるかな。他の料亭の良いところを知れば、自料亭の足らぬところを知ることも容易となろう。美味い料理を流行らすのも料亭を与る者の務めではないか。次回の寄り合いには、日本橋・浅草・神田地区の78軒の料亭がそれぞれ仕出し膳を2膳ほど持参して頂くというのはどうであろうか。その折に世話役・勧進元が出す番付表と照らして見るのも面白かろう」


 江戸料亭の筆頭であろう八百膳を経営する善四郎さんにこう言われてしまっては、一同異を称える訳にもいかず、賛同するしかない。

 そもそも仕出し膳の座の目的の中に、美味い料理を広めるというのは入っているのだ。

 大いに賛成する後列の料亭主人に対し、前の方に座る主人達は渋い顔をしている。

 これは真似する者と真似される者の立場の違いがはっきりと浮き出ているのだ。

 横に座る安兵衛さんが小声で呟いた。


「この提案は人の性格を見る良い方法ですなぁ。新しい料理を取り入れてどんどん攻めたい料亭と、昔からの評判なんかの受け継いだものをただただ守っているだけの料亭、いろいろと気付かされる料亭も多くなるでしょうな」


「意見。こうなると、板長や女将も連れてきたいが如何なものであろうか」


 中ほどの席に座る料亭の主人から意見が出されると、全体がザワッとした。


「いや、私は浅草の菊千という料亭の主人です。私よりよほど味が判る板長と、口が回る女将がいないととても料亭をまわすことなんてできやしません。それに伴って追加される多少の条件や制約は、ものによっては受け入れても良いですが、皆様いかがですかな」


 確かに、料亭を代表するのは主人だが、多少の例外はあるかも知れないが、料理を実際に作っているのは板長だし、財布の紐を握っているのは女将なのだ。

 これまた賛同する意見が中ほどに座る者達から出た。

 前の方に座る者達は一層渋い顔をしている。

 幸龍寺のお坊様が、考えていたであろう意見を述べる。


「なるほど、これは一理あります。

 持ち込む仕出し膳は、先ほど善四郎さんが2膳ほどと申しましたが、これは見せる用で1膳、味見用で数膳程度と思っておりました。

 味見の方法は、詳細はまだ詰めておりませんが、1膳の料理を16枚程の小皿に分けて供し、どの料理を食するのかを最低落札価格以上での入札でと考えておりました。そして、その金額の一部、最低落札価格の半分をお堂側の収益とし、残りを料亭側の取り分とみて膳を持って来る側も損しない、という考えでした。

 想定は、料理を取り分けた小皿一枚の最低落札価格20文(=500円)で、そのまま全部その価格で掃ければ寺と料亭は1膳で160文(=2000円)の収益になりましょう。沢山要望が出ると見込んだ料亭は4~5膳持ち込めばよいですし、それほどでもないという料亭は味見用1膳で良いのです。入札は値が高い方から小皿の数だけあてがい、一度に掃けなかった場合は追加で入札することを考えておったのです。こうすると、見た上で銭を出す価値のある、人気のある料理をたちまち見分けることができましょう。

 約80の料亭から出される味見膳80脚から小皿で1280皿、200人で食せば一人辺り小皿6~7枚は食することができる、という算段でした。平均して食べたい要求が出ればということですがね。

 正直申しますが、ここまでが、幸龍寺で考えていた詳細な内容です」


 どうやら、幸龍寺のお坊様と善四郎さんは、どうやったら料亭からの膳持ち寄りができるのか、興行収入をお互いに得るかを何度も話合いをしてきているようだ。

 そして今、説明しながら打開策を考えていたに違いない。


「それで、連れを同行させる場合の規則ですが、上限3人まで認め、人数に応じて銭、例えば一人辺り金2分(=25000円)を座に納める、というのはどうでしょうか。そうして、皆が2人連れて来たとして全部で600人になりましょう。主人の出る寄り合いを客殿に、連れの集まる場所を別殿にと分散させ、それぞれで総膳揃を行うというのはどうでしょうか。指定した料亭からは少なくとも5膳持ち寄り、売れる自信のあるところは10膳でもかまいませんよ。

 そこで、皆様の反応を見れば、番付表の確からしさも確実になりますし、異議申し立ても納得の上で行えるはずです」


 話を上手くまとめて、幸龍寺の取り分を客殿と別殿の両方からせしめよう、という意図が透けて見える。

 しかし、この提案に反対するものは無く、詳細は事務方で十分吟味してから関係する日本橋・浅草・神田地区の78軒へ回すことで決着がついた。

 午前中の寄り合いはこれで終了し、午後は新規加入希望料亭への案内となった。


 集まった料亭は43軒であった。

 前回6月9日に開始した臨時寄り合いからまだ20日も経っていないが「43軒も」であり急増しているのは間違いない。

 こちらも説明を淡々と行ったが、強い反発を受けたのが『実際に料理比べの興行に参加できるのは11月20日の地方予選から』と聞いたときであった。

 しかし、これも4ヶ月を1括りとする運用、今の計画を丁寧に説明することで納めることができた。

 ただ、この説明会に来た料亭が加わると、全部で254軒の料亭が集まった集団となり、今もそうだが、それはそれでより結構な勢力として見られてしまう可能性があることを千次郎さんや善四郎さんはきちんと考えていなかったのだ。

 義兵衛さんが興行の事務方にお奉行様を咬ませた、ということの意味が両名にはまだ充分理解されていなかったのだ。


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