名内村での最初の説明 <C2348>
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■安永7年(1778年)6月25日(太陽暦7月19日) 憑依137日目
米さん・弥生さんは名主の本宅で下働きすべく、日の出前から起き出し、代官宅を出て行った。
どうやら、昨夕も後片付けを申し出ていたようだ。
これからこの里に馴染んでいかねばならないのだから、良い心掛けに違いない。
朝餉が終わると、座敷に集まり今回の目的を改めて説明する場に呼ばれた。
そこには、名内村の主な百姓家から8人来ており、村側の面々は名主も含め12人となった。
「おおよその話は、お殿様(杉原様)からの文で知っておる。
この村で木炭を加工して、江戸の薪炭問屋に卸すということじゃな。作るのは、昨夜土産に頂戴したこの炭の塊であろう。村には原料の木炭の代金と加工に要した費用が入り、その値は1個あたり90文で、取り扱う薪炭問屋から支払われるということと承知しておる。実は実物を見て、これで90文になるとは少し驚いた。
また、大量にこさえるために専用の工房が必要という指示もあり、とりあえず大きめの納屋を空けておる」
名主の秋谷修吾様が答えると、代官の山崎様がその後を受けて説明を追加した。
「この殖産を御殿様は大変期待している。
それで、今までの年貢じゃが、毎年米で280俵納めるという件についての改定を検討された。
米で納めるのは80俵でよい。その代わり、年内に少なくとも1万個の練炭を作り薪炭問屋に納めよ。足らぬ場合は、その分を米か銭かで納めてもらうことになる。それ以上作るのには、何も問題はないので励むがよい、とのことである。
おそらく、この村では600俵の収穫はあろう。この事業に協力して1万個という目標を超えれば、年貢米が200俵少なくてもよいことになる。そして、練炭1万個であれば、村には薪炭問屋から金225両もの銭が渡されることになる。もちろん、1万個を超えて、2万個つくれば450両じゃ。作れば作るほど、村は潤うぞ」
このことを聞いて、一緒に話を聞いていた村人は躍り上がって喜んでいるようだ。
しかしよく考えると、御殿様側の取り分を説明していないが1個40文であり、1万個納めればそのまま100両=100石=250俵の米になるのだ。
米80俵は、御殿様の実消費分であろうが、32石=32両に相当する。
すると、米換算で132石、金額換算で132両の年貢なのだ。
石高230石の村に従来は112石分の年貢であったのが、実質20石分上乗せされている。
だが、御殿様の取り分を説明していないので、名主の修吾様もこのことに気づいていないだろう。
そして、義兵衛がこの名内村に期待している生産量は、100万個を優に超える数なのだ。
実際、子供ばかりで製造している金程村の工房では、ここで生産する普通練炭に換算して日産2500個である。
それからすると、金程村の生産量の4日分が、旗本・杉原様のつもりというのは、とても容認できない話なのだ。
立ち上げ当初はともかく、定常生産に入ったらできれば、日産1万個を目標にしてもらいたい、と義兵衛は思った。
それとなく、金程村工房の面々の表情を見ると皆はこの生産高に呆れた顔をしていた。
「それで、大変なのが原料となる木炭の供給です。そして、出来上がった製品の品質がきちんとしていなければ、問題となります。このあたりを指導できる面々を連れてきておりますので、紹介します」
こういった仕切りは、大人の百太郎さんがしてくれるので義兵衛は何もすることがない。
百太郎も、義兵衛を椿井家の御殿様の名代と紹介しただけなので、村の皆からは丁重には扱ってもらえる感じだが、特に聞いてくることもない。
助太郎を金程村の工房の実質的な管理責任者、米さんを工房での生産指導者、弥生さんは指導補佐でここでの生産指導・教育を行う者、近蔵を製品の品質管理者と紹介した。
そして、助太郎に挨拶をさせた。
「この名内村では、最終的には毎日1万個を生産して頂くことを期待しています。先ほど山崎様が年内に1万個と申されておりましたが、それが私たちの目標ではありません。大変失礼ですが、噴飯物です。目標は1日で1万個です。それを実現させるため、こちらへ生産にかかわる指導者を連れてきています。
ちなみに、私の工房では原料や人手の制約から日産2500個でしかありません。ただ、こちらの名内村で条件が良ければ決して無理ではない数字と考えています。まずは、手分けして条件を確認し、報告しますので、ご協力ください。
また、弥生さんと近蔵の2名は、準備が整えばこの村に派遣し、安定して毎日1万個作れるようになるまで、おそらく年末までになると思いますが、この村に残って指導することを考えています。まだ、歳若いですが、技術は確かなものを持っています。今回は顔合わせと、生活場所の確保・確認のために連れてきています」
ものの言い方が少し乱暴だが、そこは御武家様の言うことと理解してもらうにしても、助太郎の爆弾発言に、その内容が日産1万個目標という宣言であることに、村の皆々は驚いた。
毎日225両にもなるものをこの村で作り出す意気込みということで、一番驚いているのが旗本・杉原家の代官・山崎様なのだ。
もしこの目標が達成できるのであれば、杉原家には1ヶ月で薪炭問屋・萬屋に3000両の売り掛け金が黙っていても積みあがるのだ。
借金200両でオタオタしている話しではない、ということに気づいて、そして40文が黙っていても領主の取り分と言わなくてよかったと思っているであろうことに大汗が噴出している。
存外に平気な顔をして質問してきたのは、村名主の秋谷修吾様だった。
「大層儲かりそうな話ということは判ったが『条件がよければ』と言いましたな。その条件とやらを教えてくだされ」
「はい。それを見極めるために、工房を管理している私が来ているのです。まず、原料となる木炭がどうなっているのか、です。作るのに必要な量があるかどうか、その質はどうなのか、を確かめます。工房の隣村で樵をしている佐助さんが詳しいので、そのあたりを見てもらいます。それから、この村で工房の管理をする人が必要です。内容を理解した上で、専任で見て貰える人でなければなりません。
そして、作業をする人員です。私の工房では、まだ子供と言えるような者まで含め、全部で50人程で働いています。効率を極限まで上げて2500個です。この村でどの程度の人を集めるかにかかっています。また、工房に予定している納屋の広さにもよります。
後で確認させて頂きますが、最初はその納屋で作業を始め、慣れてきてから作業場を広げる、でも良いでしょう。最終的に1万個作るだけの場所となることを想定して無駄のない展開を考えましょう。
それで、関係する主だった方には、一度金程村の工房に来て頂いて、作業の状況を見てもらいたいと考えています」
普段からこういった積極的な意見具申には慣れていないようで、名主の秋谷様はたじろいでいる。
そこにまだ20歳前後と見える若者が声を上げた。
「血脇三之丞と申します。名主の秋谷修吾さんから『新しく作る工房の責任者になってくれ』と要請を受けております。父・国之丞に話があり、できるだけ柔軟な考えを持つ若い者にさせたい、とのことで私が指名された、と聞いております。
今の説明を聞いて、大変なことを引き受けたという思いと同時に、面白いことになったと感じております。また、この村を出て、他所の村を見学させて貰えるということで、大変嬉しく思ってます。よろしく、ご指導ください」
金程村の工房に似せて、どうやら年寄りではなく、できるだけ若い者を前に出せ、という話になっていたようだ。
それにしても、血脇という苗字は珍しいので、小声で近くの村人に聞いてみた。
「それはの、元は桓武平氏の流れを汲む坂東八平氏・関東八屋形の一つ・千葉氏の者で、北条方についたばかりに滅びた氏の傍流の者じゃ。下総国の平賀城が落城した際に、身ごもっておった姫君が戦場の血にまみれながら産み落とした男児を守り通し、血脇を名乗ったのが始まりよ。この村では、名主とは別格の家の扱いとなっておる。
三之丞様は三男であるので、村の衆が見るところでは優秀でありながら、長男でないので名主の家を継げる訳でもなく、その立場に鬱積しておったように見えたのじゃが、これは丁度良い話であったようじゃ」
なにやら、何の権威もなかった義兵衛と同じような立場の人だったようで、上手い人を引き当てた可能性はある。
北条ゆかりの血筋というところも、なにやら自分に似ているようだ。
まだまだ小説を書くことについては新米?で、ぎこちない所や変なところも沢山あるとは思いますが、ご指摘頂ければとても嬉しいです。よろしくお願いします。
ただ、申し訳ありませんが感想に返信できるのが、10月28日以降になると思いますので、ご容赦ください。




