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向島・満願寺への提案 <C2342>

 ■安永7年(1778年)6月23日(太陽暦7月17日) 憑依135日目


 昨夜の内に、萬屋で行われた次回興業に向けての取り組み方向の件を御殿様に報告し、向島の満願寺へ向かう許可を得ていた。


「23日の夕刻には里から工房の助太郎等が到着するであろう。すると、その翌日の24日には名内村の視察に向うことになるのであろう。向こうで1泊では済むまい。2~3泊の用意じゃ。早めに戻り充分に準備しておけ」


 御殿様はいろいろなことを見通して注意をしてくれる。

 そして、任せている以上ある程度の自由裁量の幅を認めてくれている様で、裁量の枠を大きく越えなければ中身までうるさくは踏み込んでこない。

 こういった面では恵まれており、大変ありがたく感じている。

 早朝に屋敷へ来た安兵衛さんと一緒に、まずは萬屋へ向かった。

 萬屋からは、千次郎さんと浅草の八百膳へ行き、善四郎さんと合流してから向島の秋葉神社・別当満願寺へ出向いたのだ。

 満願寺への来意は昨夕の内に伝えられており、社務所で案内を請うと一番奥の座敷へ通された。


「お待たせ致しました。この満願寺で勘定を担当している原井喜六郎と申します」


 こう挨拶をして顔を上げた喜六郎さんは、安兵衛さんと義兵衛の顔を見つけて驚いた。


「善四郎さんが一緒に連れて来られたお武家様は、ついこのあいだ七輪の件で深川工房の辰二郎さんと一緒に来られた義兵衛さんと安兵衛さんではございませんか。

 今日は料理比べの興業のお話と聞いておりますが、どういった関係があるのでしょうか」


 義兵衛が口を開くより早く、善四郎さんが説明を始めた。


「料理比べの興業は、そもそもこちらの義兵衛様の提案から始まっておるのですよ。このことは、本人の希望もあって、決して口外しないで頂きたいのだが……」


 そう前置きして、善四郎さんは、卓上焜炉のこと、金程村から薪炭問屋に小炭団という燃料を萬屋さんの店に卸していることを話した。

 そして、この売り上げをより確実にするために萬屋として料理を料亭に売り込んだこと、それが流行る仕組みとして焜炉が一番使われると目された仕出し膳料亭を相手に座を作ることを働きかけたり、焜炉料理を流行らせるための仕組みとして、料理番付・料理比べ興業を言い出したことを話した。


「こうやって、義兵衛様から要所で新しい企てに関する意見を貰って、仕出し膳の座や料理比べの運営ができているのが実態です。座にとっては正に必要不可欠な知恵袋、という方です」


 千次郎さんが続けた。


「卓上焜炉では、こちらの秋葉神社で御印を頂いておりますが、これも義兵衛さんから頂いた知恵なのです。他の所で簡単に真似できないように、神社の御印を貰って寄進する代わりに、他の所の物には容易に押されないよう高額な寄進を要求する、という方法です。ああ、こちらは説明するまでもなく、その当事者でしたよな。ご存知のことを説明してしまいました。

 義兵衛さんから、七輪にもこちらの御印を押してもらっていると聞いておりますよ。

 それで、つまりのところ萬屋の今の盛況は、義兵衛さんがもたらしてくれたのです。

 焜炉についても、火を扱う道具だけに許認可制を提案して町奉行様との掛け合いもしてもらいました。

 それに、こういった知恵があることから、あの老中・田沼様とも面識ができて直接お話することもあったのですぞ。義兵衛さんを、一介の旗本の家臣として見ておられるなら、その価値を見損ないますよ。

 萬屋ではありませんが、かかわった料亭や寺社は皆儲かっているはずです。この満願寺もその順番が来たということです」


「ああ、義兵衛さんは確かに知恵者でしたな。満願寺へも御印の押印ポンを値下げさせる代わりに焜炉供養をする、という企画を教えて頂きました。

 ええと、あれは14日ほど前の6日でしたかな。それからは焜炉供養の祭りをどう開催しようかと、ずっと皆で検討を重ねておるのですよ。ただ、中では論議が紛糾してなかなか決まらぬので、困っております。

 恥ずかしいことですが、大金が入りそうになっているという思いが、関係する皆の目を曇らせているのです。そして、初めてのことに道筋が見えていないことが、更なる混乱と困惑を招いているのです」


 安兵衛さんは、喜六郎さんの話を聞いて身を乗り出しかけた義兵衛の袖を引っ張り、それから首をゆっくり横へ振り話を始めた。

 そう、義兵衛が危なく乗ってしまう所を止めてくれたのだ。


「ええと、満願寺さんにもいろいろ御事情があるようですが、そろそろ私たちが今日こちらへ来た要件を聞いてもらった方がいいのではないでしょうか」


『安兵衛さん、グッジョブ!!』


 内心で思い浮かんでしまった言葉を義兵衛が知っている訳はないが、本当に良い所で話題転換を図ってくれた。

 流れが少し変わったことを察した善四郎さんが『ごほん』と一つ咳払いをし、ゆっくりと、そしてはっきりとした声で要件を切り出した。


「ああ、そうでした。今日こちらへ伺った要件を話すのを忘れていました。

 3日前に浅草の幸龍寺で行われた興業はご存知ですかな。

 今日こちらへ来たのは、これより2ヶ月後になりますが、閏7月にこちらの満願寺で料理比べの興業を開かせて頂きたいのです。浅草の幸龍寺だけではなく、ここ向島の満願寺で、という話です。

 実は、これもまた義兵衛様の提案から始まっている話なのですがね」


 善四郎さんの話に喜六郎さんは固まった。

 さすがに焜炉供養の時のように突然叫び出しはしなかった。

 しばらく黙ったまま善四郎さんの顔を覗き込むと、両腕を前に組み大きく息を吐き出し気持ちを落ち着かせてから返答をしてきた。


「これはまた大層な。あの大盛況だった料理比べの興業をうちの寺でも、ということですか。

 こういった大掛かりな話ですと、私だけの手に余ります。

 どうやら座主様や神主様にも一緒に出て頂いてお話を聞いてもらったほうが良いようなので、しばらくお待ち頂けますかな」


 ゆったりとした優雅な仕草で喜六郎さんは立ち上がり座敷を出たと思ったら、そこから先はドタドタと身も蓋もない様子で駆け出したことが判る足音が遠ざかっていく。

 そして、4人だけが座敷に残された。


「善四郎さん、千次郎さん。こういった場で、あまり私のことに言及しないでください。

 御老中様や御奉行様の屋敷でお目通りしていることを知られると、いろいろとやりにくくなります。目立つことは本意ではありませんし、少しはこういった企画から手離れしていかないと、私の身が持ちません。申し訳ありませんが、できるだけ私を唯の付け人、万一普通でないと思われても興業の公平を期するために付けられた目付、位の扱いにしておいてください」


 見てくれはただの若侍であるが故に、あからさまな態度で接してきたり、いろいろな意見を素直にぶつけてくる者が多い。

 そういったことから、人の関係やその人の考察の程度・本音が透けて見えてくるものだが、その相手をしている本人が見てくれと異なり権力を持つ偉い人と繋がっていることが察せられてしまうと、表面を繕ってしまい、言動からその人となりを察することが難しくなるのだ。


「そうは言っても、何か問題がありそうな所になると意見してもらうしかなかろう。不思議に思われぬようにするには、予めどういった立場なのか説明しておくしかなかろう。

 ましてや、焜炉供養祭りなど、紹介に先んじて何かやらかしておるではないか」


 善四郎さんが抗弁する様子に、安兵衛さんも苦笑している。

 義兵衛が苦情を言っている間に、喜六郎さんが座主の御坊様と神主様を連れて座敷へ戻ってきたようだ。


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