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杉原新右衛門様 <C2339>

 ■安永7年(1778年)6月22日(太陽暦7月16日) 憑依134日目


 早朝、紳一郎様も同席する座敷へ呼ばれたが、そこではなぜかもうちゃっかり安兵衛さんがその場に座って待っており、紳一郎様と何事か話をしている様子だった。

 そして、御殿様がこの座敷へ入ってくると、直々に大目玉を食らってしまったのだ。


「よいか義兵衛、お前が新たなことをどこかで言い出す毎に厄介ごとが増える。それが、当家の利益に多少なりとも貢献しておることは確かであるが、順番というものがあろう。確かにお前は当家の借財を一掃し、先を見据えての働きを熱心にしておることは充分知っておるし、当家の繁栄に尽くしてくれておることも理解しておる。

 お前の働きについては紳一郎と話をして都度納得はしておるが、大大名の加賀金沢藩を巻き込むのは無理筋であったな。有益な話を聞くための接待までは良い。しかし、その後が問題じゃ。しかも、江戸詰めの下級藩士が相手ではなかなか動いてくれぬのではないか。

 今回、意次様が御公儀で動いて下さるようで、昨日お教えくださったように若干でも土の値段を下げることができるであろう。

 良く考えて見よ。話す順を間違えておる。絵図の件は、甲三郎に相談するのが先であろう。お前は悪目立ち過ぎる。

 新たに思いつくことがあれば、誰彼だれかれ構わずその場で話しだす癖を検めることじゃ。

 新たに思いついた事は、その思いを持ち帰り、ワシに、言い難いのであれば紳一郎に話せ。その方が申す内容は理解し難い所もあろうが、それでも大筋からどこへ話を付けるのがよいか位は判断しよう。

 昨日のように御老中からの不意の呼び出しはもう懲り懲りじゃ」


 言い返す言葉もない。

 実際に加賀金沢藩の渡邉様と話をしている時は最適解と思っていたのだが、実際に意次様からの指摘を受け、また御殿様からのお叱りを受けて考えて見ると、もっと上手いやり方があった様に見える。

 思い切り反省の弁を述べ沙汰を待っていると、御殿様はもう良いとばかりに話しを切り替えた。


「もう良い。過ぎたことは反省して直せばよいのじゃ。

 では、ここからは先の話じゃ。練炭生産委託先の件で、旗本の杉原殿より直接話を聞きたいとの返事が参っておる。また、名内村では直ぐにでも行けるよう名主との話はついておるとのことじゃ。里から関係する者を呼び寄せ、名内村に行く準備をせよ。

 丁度江戸を挟んで向かいの位置ゆえ、当屋敷で一泊してから村に向かうがよかろう」


 紳一郎様から杉原新右衛門様の手紙を受け取りざっと読むと『代官をしている家臣は準備を済ませており、いつでも出立できるようにしている』とのことだ。


「旗本は皆、懐具合が厳しいのだ。どこの旗本も拝領している屋敷の敷地に貸家を立て、そこに御家人を集めて家賃を得るような真似までしておる。その御家人も自分に与えられた家を商家に貸して、自身は旗本長屋に住んでおるというのが実態じゃがな。

 そういった苦しい台所事情の者にとって、儲けにつながる話は、ほんの少しでも見逃せぬものであろう。ましてや、当・椿井家はなぜか最近懐具合がよさそう、という噂が立っているのだ。そこからの話であれば、飛びつくのも無理はない。

 早速にも杉原殿の屋敷で話をして来ることじゃ。ああ、今回は紳一郎に同行させるぞ。そして、先ほど言ったことを忘れるではない」


 御殿様が退出すると、早速に義兵衛は実父・百太郎と工房の助太郎に出てきてもらいたい旨の手紙を書いた。

 このことを予期していたのか、里との連絡を行う馬は出発を待たされていたのだ。

 馬には24個の七輪が載せられており、これを登戸村まで運ぶ。

 登戸村で七輪を下して代わりに木炭を載せ、お館を経由して工房まで運ぶ。

 しっかり定期輸送・馬のローテーションができているようだ。

 馬が出立するのを見送ると、次は義兵衛の番となる。

 安兵衛さんは七輪と普通練炭を持ち、安兵衛さんと一緒に紳一郎様の案内で、一行3人は三番町通り(現:靖国通り)にある杉原様の屋敷へ向かった。

 このあたり一帯は番町と呼ばれ、旗本・御家人が多く住まわされている所であり、どの屋敷がそうと知っていなければ目的の屋敷にはなかなか辿りつけない。

 杉原様は市ヶ谷御門(現:市ヶ谷駅)にほど近い所(現:山脇ビル)に居を構えているものの、かなり手狭な敷地に家が建っている。

 それでも門構えはあり、義兵衛が来意を告げると中へ通された


「細江殿、久しぶりでございますな。椿井庚太郎様より文を頂いており、何でも『杉原家の所領である名内村で木炭を加工する殖産興業をなされたい』とのことでござった。その旨、すでに名主の秋谷家には伝えており、当家の代官・山崎力蔵の同行する準備を終えておる。

 手賀沼のほとりで水害に遭いやすく石高230石とは言え米作には向いておらぬと感じてはおったが、米作以外にも当家からの支援で新たな物を造り出せるとすれば年貢も取りやすくなろう。そう思ったゆえ、向後どのようにして当家の財務を立て直せば良いか、話を聞きたいと思っておった」


 杉原新右衛門様がこう切り出したことで話が始まったが、対応としては紳一郎様が主に話をすることとなった。


「横に居りますのが、養子の義兵衛です。今は椿井家の財務見習いで、財務立て直しのための働きをしておるものです。今回、名内村で木炭加工による殖産興業できるかの下見をする責任者です。あと数名の者を手伝いとして呼んでおり、その者達が到着し次第、代官・山崎様に案内してもらい名内村へ向かいたいと考えております。そして、その後ろに控えておりますのが、北町奉行所から派遣され身辺警護にあたってもらっている浜野安兵衛殿です」


 続けて、紳一郎様は、金程村に木炭加工する工房を設け、そこから江戸の薪炭問屋に製品を卸していること、年貢米の代わりに売掛金を付け替えすることを認めたこと、工房を御殿様の直営と位置付けることで利益の半分を椿井家が手にするようになっていることなど、椿井家の現状を説明した。

 そして、秋口から練炭を広く売り出す予定だが、工房での生産が追い付かないため、相応しい場所で練炭の委託生産を行いたいこと、名内村近辺で木炭の売買に関わっている薪炭問屋・奈良屋さんには話をつけていることも話した。

 勿論、持参の七輪・練炭を見せて、どのようなものなのかも説明した。

 名内村が練炭を製造し卸すことで得る利益および利益配分についても、おおよその目安・比率を説明すると、杉原様は感心したように声を上げた。


「これは随分面白いことですな。領民の働きで得た利益を吸い上げるのですか。『年貢米を自家で消費する分だけ納めてもらい、他は金で納めてもらう』というのは、斬新ですな。

 1個140文で薪炭問屋・萬屋さんが必ず買い取り、うち10文が委託生産指導料として椿井家が取るのじゃな。後の130文が売り上げで、内原料の木炭が50文。こちらで40文、実際に場所を貸し人を集めて働かせる名主のところに40文か。おや、1日に100個も作ればワシの所も1両、名主のところにも1両入る。

 お恥ずかしい話ですが、両替商に200両もの借財をしており、困っておったのです。仰るとおりになれば、これは上手い方法ですな」


「それで、上手い話だけに近隣で同じようなものを作り始めると、今度は大量の練炭が出回るようになり、原料の50文に向ってドンドン値段が下がっていきます。なので、これを作り出すための技術はこちらの里から人を出して教えますが、杉原家で・御領地の名内村で練炭を作っていることや学んだ技術は、できるだけ他の所へ漏らさぬように内緒にしておくようにしてくだされ」


 紳一郎様は機密保持を念入りに説明し、杉原様も納得して話は終わった。

 後は、里から実父・百太郎と助太郎が出てくるのを待つしかない。

 そして、お屋敷に戻ると、萬屋さんからの使いが義兵衛を待っていた。


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