工房にて(午後の風景) <C2318>
昼過ぎに寺子屋組が到着すると、工房は一気に賑やかになる。
簡単な昼食が出てから子供等は作業着に着替えて庭に集合し、助太郎と米さんからの一言訓示や注意事項、作業目標などの連絡などを受ける。
今回は、江戸から浜野安兵衛様が見学に来ていることを紹介していた。
そして、子供等は組長の指示に従って組に分かれ、それぞれの作業を始める。
中核になっている練炭作りの列は、午前中の副組長もそれぞれの列のとりまとめとなって、計13列で作業を始めた。
ただ、万福寺村出身の桜さんの組は13列目であるが、薄厚練炭でなく、その背面に展開している小炭団を製造している列の指導に入っている。
子供等は同じ作業着を着ているので百姓家も武家も同じように見えるが、安兵衛さんから見ると僅かな動きの違いから出自の違いが判るようだ。
これという子供を見つけると、米さん・梅さんに断りを入れてから作業している子供を呼び、個々に話をしているようだ。
米さんが安兵衛さんに貼り付き、子供が抜けた作業を梅さんが列に入って代りに作業している。
こうした様子を義兵衛と助太郎は見取ると、現場のことは彼女等に任せ、工房奥の部屋に戻った。
「それで、助太郎はどう見る」
「特に怪しい動きはないように見えるが、明らかに武家の子を狙って話を聞いているな。米さんが一緒にいるので、どのような話を聞きたがっていたのかを確かめておこう。どうも、何か不都合なことが無いかを調べているのではなく、純粋に興味本位で聞いているように見える。こういった時に、米さんに任せっきりにできるのは助かるよなぁ。
ところで話は変わるが、さっきの委託生産の件だ。
これから先方と話を始めるとなると、名内村で6月中に生産を始めるのは難しかろう。最速で7月に作り始めても、実質2カ月程度の期間でしかない。それで江戸で不足する練炭を補うというのは、土台無理な話なのではないかな。
それよりも、薄厚練炭で124万個が9月頭の時点で手元にあるという前提で、売り出しを進めておいたらどうかな。名内村からの練炭は、あれば儲け物という位で考えておいたほうが良いぞ。実際に使い物になる練炭が量産できるのは、9月に入って売れ始めてだろう。それまでの間、指導する二人には辛い思いをしてもらうしかないだろう」
助太郎と二人だけになると、結構深い所の計画まで相談できる。
「ああ、それは判った。弥生さんや近蔵が困らないように頻繁に見にいく必要があるかも知れない。
それから、委託生産地について、実は御殿様から『どの程度練炭が作れるかきちんと見積もれ』とのご指示を頂いている。これは、人の作業の問題もあるが、供給される木炭の上限が名内村でどうなっているかに依存するので、かなり難しい問題なのだ。
名内村に挨拶に行く時に、助太郎も一緒に来て貰いたいと最初に言ったが、そこの里山を見てどの程度の木炭が作れるのかを概算でも出せる人も必要と考えたからなのだ。この名内村の名主・秋谷修吾様について、ここを縄張りにしている薪炭問屋・奈良屋重太郎様に紹介してもらえるよう手を回しているが、やはりこの辺の事情がある程度判る大人と一緒に行かないと舐められてしまうに違いない。そういったことを近蔵は指摘してくれたのだ。
ちなみに、彦左衛門さんに同行してもらう、というのはどうだろう」
彦左衛門さんは、助太郎の父親であり、村の中で唯一農業ではなく大工として建築作業をすることで生計をたてている。
冬場になった時は、炭焼き窯を立て木炭製造を主導しているのだ。
このため、森からどの程度木を切り出すことが出来るのかなど、結構細かく見る目がある。
そして、助太郎がこの大工の見習いという立場でこの春まで手伝っていたのだから、充分と踏んでいたのだが、やはり大人は必要だろう。
「普通の時なら、それがいいかも知れない。でも今は米蔵を建てている真っ最中なので、行ってもらうのは無理だろう。初見の名内村で言うことを聞いてもらうには、むしろ名主・百太郎さんこそ適任じゃないかな。
木炭の算出量なら自分でもなんとか算出できると思うが、行った先の村で里山を自在に見せてもらえるかは、我々を信用してもらえるか、大人からの話にかかっているだろ」
「そこは了解した。父を説得してみよう。
それで、この工房の生産だが、春さんが9月まで・8月末まで薄厚練炭を累計で124万個作れると言っていた。20万個はもう生産済みだろうが、これから毎日1万個作れるということで良いか」
「いや、目標は日産1万2千個だ。これから8月末までに125万個を作り、合わせて145万個を用意してやる。普通練炭で36万個分だ。そして、そこから年末までに同じ145万個を送り込んでやる。
まあ、大見得を切ったところで、最初の需要予測の150万個には及びもつかないが、全部で普通練炭相当で年末までに72万個も作れば文句はあるまい。萬屋さんへの売掛金は、3万2千両にもなるのだぞ。それでいいだろう」
多分その通りだろうが、原料の木炭の代金を引くことを忘れている。
更に、この工房や村々へ分配する分はある程度確保した上でのことだが、実際はいろいろな経費も引かれて椿井家の取り分は1万両あるかどうかだろう。
その金額では御殿様に約束した利息生活を叶えることは難しい。
七輪の利益を載せるしかないが、それにはまだまだ課題がある。
それでも、力強い宣言には助けられた。
「助太郎、本当に助かる。売り出しまでに作られた145万個の薄厚練炭を使って勝負させてもらおう。
その後の補給が、毎日1万2千個。あと、小炭団も毎日3千個で、9月までに30万個。これは大事に使わさせてもらうぞ。
ところで、大丸村との関係はどうなっているのか教えてもらいたい」
秋口に籾米を購入していくためには、大丸村の地主・芦川家と円照寺との関係が上手く行っていることが必須なのだ。
このやりとりの材料が、この工房で産み出される焜炉・炭団・七輪・練炭であることは言うまでもない。
「ああ、その件は名主の百太郎さん家で対応してもらっている。工房では、良好な関係と認識している。円照寺への寄進分や芦川家へのお土産分なんかは、ここの製品を必要なだけ出して、持っていって貰っているのだよ。
お兄さんの孝太郎さんが、結構頻繁に大丸村に行っているようだなあ」
どうやら、工房は生産重視で、周囲とのかかわりは全部百太郎さんに任せる方針にした様だ。
製品を登戸に搬出するのも百太郎さんが仕切り、細山村の名主・白井さんに人を出してもらっている。
こういった工房の外周りを実父・百太郎が一手に引き受けていたのに、昨夜はそのような話の一つも匂わすようなことはなく、義兵衛の話す内容の聞き取りに徹していたのだった。
義兵衛は、改めて百太郎の懐の深さを悟ったのだった。
「この工房は凄いですね」
安兵衛さんは工房面々との会話を終え、米さん・梅さんと一緒に奥の部屋へ戻ってきた。
「主に武家の子供から聞き取りをしたのですが、皆さんこの工房の意義や椿井家にどう役立っているのか、ということをしっかり意識していました。百姓の子供は『一生懸命仕事すれば、村の皆もお腹一杯ごはんが食べられるようになる』という程度ですが、武家の子供は大体が『御殿様が立派にお勤めに励む、その手伝いになっている』という意見でしたね。皆、生産状況やどう工夫を重ねるのかを口にしていました。まあ、本音かどうか、熱の入り方は思ったのとちょっと違うのですが、ここまでとは思いませんでしたね。
明日は寺子屋を案内して欲しいものです」
工房の熱にあたったのか、興奮した口調で安兵衛さんは語っている。
それを米さんが横でうっとりとした様子で聞いている。
「申し訳ないですが、寺子屋は明後日の16日にできませんか。明日は、もう一つの拠点にしようとしている大丸村に行きたいのです」
義兵衛は明日以降のつもりを話した後、大丸村との経緯・取り込むことの狙いを安兵衛さんに説明したのだった。




