七輪・練炭の献上と、思兼命様の説明 <C231>
投稿開始から丁度1カ月目の昨日(2018/2/19)皆様から付けて頂いたブックマーク登録の合計数が、1000を越えました。全くの初心者の2作目で、始めた当初ここまでになるとは思っておりませんでしたが、皆様のご協力・ご指導によりこの結果が出たものと、素直に喜んでいます。
この結果を励みに、まだまだ続けていきますので、引き続きご愛顧頂きたく、よろしくお願い致します。
翌日、百太郎と孝太郎、それに義兵衛の3人で、隣村の白井家に向かう。
江戸屋敷向けの七輪、練炭を入れた箱を義兵衛が背負う。
お館へ献上する練炭を百太郎が、白井家へ渡す七輪、練炭を孝太郎が背負う。
道すがら、昨夕、白井与忽右衛門さんにどの程度まで話しをしてしまったのかを聞く。
「昨夜随分ご機嫌で帰ってきたようですが、守り仏の話しをされたのですか。
それによって、薩摩芋のことを追求された場合の言い訳が変わります」
「申し訳ない。
実は、はっきり覚えていない。
義兵衛がうらやましい、と言ったことは覚えているのだがな」
これは多分、思兼命様の宣託があることを話したに違いない。
まあ、本当のことを孝太郎が知らないのは幸いだった。
この設定については、木炭加工の工房で言ってしまっているので、いずれ寺子屋組みから細山村の子供等に伝わると見ている。
ここで変に誤魔化すより、義兵衛が守り仏に憑いた思兼命様から時々言葉を頂いていることを説明したほうが良さそうだ。
4年後の大飢饉については、百太郎預かりになっており、余計なことは言わず、今目に見えていることだけに絞ろう。
なぜに練炭作り、薩摩芋栽培をせよと言ってきたのかの背景は、神々のお考えのことは判らないの一手で逃げよう。
そのようなことを考えているうちに白井家に着く。
「昨夜はいろいろとご馳走頂き、ありがとうございました。
お約束した通り、実物をお持ちしましたぞ。
お納めくだされ」
そこで、七輪と練炭3個を手渡す。
今まで他所でも火鉢を簡易的に改造したものを使わせており、七輪と練炭の正式な組み合わせは、白井家が初となる。
使用方法を説明がてら、練炭に着火させ、側面下側の空気穴の開け閉めによって火力や燃焼時間が変わることを説明する。
与忽右衛門さんは、火の着いた七輪を座敷に持ち込み、そこに鉄瓶を載せて湯を沸かし始めた。
「献上品の受け渡しは、表ではなく裏から回ってきて欲しいとのことだ。
喜之助が庭からお館の裏手へ案内する。
そこで、甲三郎様に直接お渡しする手はずじゃ。
昨夜聞いた神様、名前は~、思兼命様じゃったかな、の啓示があったことは、言上するつもりなのかい」
「ご下問があれば、そこで説明しようと思っていますが、今回それを言い出す機会はないと思っています」
百太郎が答える。
「公の詮議になる前に、このような機会にちょっと耳に入れておくのは良いと思うのじゃがな。
甲三郎様は気さくな方じゃ。
変な気をつかわずに飛び込んでみるのも良いと思うぞ」
確かに、噂が流れてから呼びつけられるより、甲三郎様に先行して話しておくほうが壁になってくれる可能性が高い。
この件に関しては与忽右衛門さんの考えの方が正しそうだ。
「父上、その通りかと思います。
後で詮議されるより、甲三郎様へご注進しておき、連絡を密にしておくのが良いのではないでしょうか」
「当事者の義兵衛がそう言うのであれば、そうしてみよう。
与忽右衛門さん、ご忠告頂きありがとうございます」
丁寧に礼をしてから、献上品を持ち、白井家の庭に出た。
庭に出ると、喜之助さんが待っていた。
そのまま庭を歩いて、隣の敷地に入った所で東屋の前に出た。
「ご案内はここまでです。
お話が終わりましたら、またこの場所にお戻りください」
喜之助さんが消えると、甲三郎様が現れた。
その場で平伏しようとしたが、甲三郎様は手で平伏しようとする動きを止めた。
「儀礼はしなくとも良い。そのままついて参れ」
一緒に東屋に入り、向き合って座った。
百太郎が、口上もそこそこに献上品のことから切り出す。
「まずは、江戸屋敷でお使いになられる分を取りまとめました。
七輪と練炭10個を用意しております。
お改めください」
「ついで、こちらのお館でお使いになられる分の練炭6個です。
それから、先日納めさせて頂いた火鉢は仮のものでございます。
こちらの七輪が練炭を使う専用のものですので、お取替え頂ければと持参いたしました」
「江戸屋敷分まで献上してもらい、ご苦労である。
調達が難しいと昨日申しておったようだが、どのようにしたのじゃ。
義兵衛、直答せよ」
流石に昨日の今日ということで不審に思うのは当然だろう。
「昨日退去しましてから、加工工房を隈なく探しましたところ、試作して乾燥中の練炭を見つけました。
その中で実用に耐えるものを選び出し、全数持ってまいりました。
また、昨夕10個程を新たに仕込むことが出来ましたので、3日後にはこれを出すことができるものになります。
もっとも、乾燥は天候次第ですので、ここ数日のような晴天であれば、での話しでございます」
ただ、献上ばかりしていては、村は貧乏になるだけなので困ったものなのだ。
「よし、相判った。
さて、昨日陳情しておった添え状については、これに用意しておいた。
また小石川薬園奉行にも、金程村より薩摩芋の種芋の件で嘆願がある旨、文を出しておる。
早々に訪ねられるがよい」
こうやって、ちゃんと相当する対価を用意して、領地を上手く仕切っているのが良く判る。
百太郎、孝太郎、義兵衛の3人揃って平伏する。
「恐れながら申し上げます。
実はこの練炭、七輪という新しい木炭加工品と、今回お願い申し上げました薩摩芋の栽培につき、お耳に入れておきたい儀がございます」
百太郎が口火を切った。
「こういった新しい試みは、実は思兼命様という神様からの宣託があり、それに従っての動きなのでございます」
「何、それは妙なことを申す。
仔細を話せ」
「申し上げます。
10日程前、思兼命様という知恵と仕事の神様が、我が家に伝わっております守り仏、実はここにおります義兵衛がいつも首から下げておりますもの、を依代として降臨なされたようです。
その神様から、金程村を豊かにする方策として、これらのことを伝えてまいりました。
練炭の件は最初の宣託であり半信半疑であるため、これを身内で秘しておりました。
しかしながら、今回の薩摩芋栽培の宣託に至りましては、常のものではないと感じ、細山村の名主・白井様に相談しましたところ『お殿様には言上しておくべき』との助言を頂きました。
言上が遅れて誠に申し訳ございません」
「今、その守り仏はあるのか」
「こちらでございます。
義兵衛、お見せせよ」
義兵衛は首から下げている頭陀袋に手を掛け、中から摩利支天像を取り出し、恭しく捧げて見せた。
「余人が触れると何が起きるか判らないため、ことが起きてから誰にも触れさせぬよう命じております」
渡せと言われることの予防線だが、どこまで持つかは不明だ。
「不思議なこともあるものよ。
それでは、その宣託はどのような形で下されるのか」
「こちらに控えおります義兵衛の頭の中に、お言葉が聞こえてくるそうにございます。
私や息子の孝太郎には聞こえませぬので、このように言上も遅れた次第でございます」
これで、地獄の蓋が開いてしまった。
これからここに軟禁されることを覚悟したほうが良いのかも知れない。
次回、義兵衛への詮議が始まります。




