幸龍寺で人捌き方法伝授 <C2300>
浅草・幸龍寺で行われた仕出し料亭の座の緊急寄り合いはともかく終わり、11日後に迫った興業について座一同の了解が得られた。
集まった料亭の主人達は、近しい者同士固まって話をしながら境内から散っていった。
そして、客殿の中には事務方の面々だけが残り、茶を喫しながらとりあえずの成功と慰労をしている中、瓦版の版元が質問してきた。
「それで『この興業を江戸市中の面々が客殿内で見るためにどうすればいいか』を聞いておりませんぜ。昨日の話では『幸龍寺の中庭に入るのに木戸銭を取り、その中から50人を選んで再度木戸銭を取る。両方の木戸銭を併せて100文』ということでしたが、これでは瓦版に載せれませんぜ。最初の木戸銭が幾らになるとか、客殿に入る人の選び方とか、その後の中庭で何をするとか、いろいろ言っておりましたが、ここいらのことが決まらないと案内できないでしょう。また、二回目の興業だけに、同じやりかたでは人を呼べませんよ」
『そこは興業の中身ではなく幸龍寺の段取り・仕事なのだが』と思い企画を担当しているお坊様を見た。
「そこは、ほれ『この客殿の使用料を座の興業に寄進する代わりに、座がいかようにでも協力する』と仰いましたよな。多ければ5000人もの人出が見込めるので、そのあたり聞かせてくだされ。
さて、義兵衛さん。とりあえず貴殿が仰るように準備致しましょう。なに、責任は拙僧が取りますゆえ、義兵衛さんが中庭にたむろする人をどう操ろうとするのか、こうすれば良いと思うことを存分におっしゃって下され。
おお、小坊主供を差配する同僚が居りませなんだ。ちょっと呼びにいきますので、そのままお待ちください」
これまた丸投げされてしまった。
一生懸命、テレビで放送されていた『全国なんちゃら〇×クイズ』のシーンを思い出し、こちらの時代に状況や用語を合わせるべく考える。
そこへ、先ほどの企画担当のお坊様が同僚4人を引き連れて戻ってきた。
内2人は昨日挨拶をした勘定方のお坊様と雑務全般を司るお坊様だったが、あとの2人は雑務方の配下のお坊様で、中庭と殿内を仕切る方とのことだった。
勘定方のお坊様は、義兵衛を見て話しかけてきた。
「おお、義兵衛さん。昨日は色々と良い案を頂き感心致しました。さっそく、中庭に入るための特別な御札を6000枚手配しましたぞ。1枚12文で売る算段をしております。客殿に入る50人からは88文徴収し、その4400文は座にお渡ししましょう。
それで、残った方々から希望者400人に、いくつかある別棟で、興業と同じ料理を400文出して食べて頂こうという趣旨で準備を始めておるのです。ただ1人に2脚の膳を用意するのも何ですから、1人1膳とし、今回の興業に合わせて8人1組で出して、それぞれ料理の一部を交換して貰えば良いとみているのですよ。興業当日の膳料理で120両の実入りとは有り難い。残った方々は、中庭に出した縁日の出店で遊んでもらう段取りを付けておりますぞ。
それで、困っているのが、客殿の50人の選び方、別棟へ案内する400人の選び方なのです」
『なんだ。結構詰めているんじゃないか。これならどうということはなさそうだ』
義兵衛は安堵の息をついた。
「それでは、まず400文を懐にやってきた人を確実に狙いましょう。
最初に御札を買わせる時点で膳料理を希望する方を中庭奥側へ寄せます。その中から、まず300人を選び400文徴収して別棟へ案内します。この方達は客殿には入れません。選び方は後で説明します。
そこで外れた方と一般の方を集めて客殿に入れる人を選びます。客殿には入らない方をまた中庭奥側へ寄せ、残った人から50人を選びます。
そこで外れた方の中で膳料理を希望する方と、先に奥側に寄せた人を集めて100人を選びます。ここで選に漏れた人は懐に確実に400文持っている人なので、浄財の功徳を集中して説けば良いのです。
3段階を踏むので多少厄介ですが、懐具合の良い方の選別と、客殿に入る人を選ぶ時の人数を少しでも減らす効果があります」
中庭を仕切るお坊様は、中庭と客殿、別棟の位置関係を考えているのか宙に目を向けて腕組みをしている。
殿内を仕切るお坊様は、選び方を聞きたがった。
「まず、御札を買った一般の方は中庭に入る時に4つの門の内一つを選んでもらいます。膳料理希望で外れた人も、中庭に入りなおします。
御札を買う時点で料理にかかわる質問を出し、4つの門にはそれぞれもっともらしい答えを掲げます。この最初の質問はできるだけ間違いやすいものにします。群衆が丁度4等分に分かれると、これだけで人を選ぶ労力が大幅に減ります。質問内容と4択の答えは善四郎さんが作ってください」
その後は、『全国なんちゃら〇×クイズ』予選会を江戸時代に実施したら、という説明である。
中庭の線引き方法についてまで語り、説明を終えると、4人のお坊様は「ほう」と嘆息していた。
普段説教を垂れる側のお坊様に解説して見せたことで、事務方の中がなにやら妙な雰囲気になっている。
「なるほど、良く判りました。6000人を最初の段階でいかにガリガリと減らすのかが鍵ですな。
設問については、八百膳・善四郎さん、よろしくお願いしますよ。そうですね、ここは大きく100問作ってください。料理蘊蓄問答100問集などと銘打って、世に出せば評判になりますぞ」
企画のお坊様がこう言った途端に、それまで黙って聞いて何やら書き付けをしていた版元さんが突然大声で叫んだ。
「その企画、當世堂で頂いた!」
皆、吃驚して版元さんを注視する。
「これは黙っておられません。料理問答集の発行は是非にも當世堂で請け負うことにさせてください。もちろん、八百膳さんの座には相応の謝礼をさせてもらいます」
抜け目のない版元さんの叫びに、戸塚様や佐柄木様も苦笑いしている。
奇妙な雰囲気はこのやり取りで消えてしまった。
善四郎さんは幸龍寺の申し入れと版元さんに了解した旨を返答し、とりあえず30問程を5日後の14日には幸龍寺に渡すことを約束した。
「19日には幸龍寺で事前の確認を行いますが、それまでに頂いた問題を幸龍寺の面々で解いて、できるだけ4択が均等に分かれる問題を選択しておきます。あと、30問で不足することも考えておく必要があるので、19日には追加の問題を頂けると助かります」
相変わらず要となる部分は丸投げの幸龍寺の御坊様達である。
企画担当のお坊様の要望に、これまた善四郎さんは了解した旨を伝え、事務方の面々も解散したのだった。
幸龍寺からの帰り道、義兵衛は千次郎さんに伝えた。
「千次郎さん、行司・目付の席の入札について、私はおそらく関われないと思いますので、善四郎さんと良く相談して進めてください。特に、大通人がからむ非公開入札について、落札できなかった人に怨恨が残らないように思慮してください。また、町年寄りの目付席は、それなりの経緯から割り振ったものと思っていますが、この権利を他の人に譲ることを禁じてはいないことを各町年寄りに先にお伝えください。
こうすることで、大通人は町年寄りに働きかけることになるでしょうし、席が確保できなかった時の恨みは多少でも座以外の所に向かわせることができるはずです。このことは善四郎さんに話をしておいてください。
興業前日となる19日の事前確認からは、また一緒に付き合うことができると思います。
それと、木炭加工の委託先について目星をつける作業の方は、お婆様と相談して進めておいてくださいよ。実のところ委託生産しても乗り切るのはギリギリなのですからね」
この忠告に千次郎さんは深く頷いたのだった。
そして、義兵衛は萬屋さんに立ち寄り、普通練炭を8個仕入れて屋敷に戻ったのだった。




