準備に大車輪(おおわらわ) <C230>
助太郎の工房での続編です。
助太郎の言葉に冷静になった。
「練炭と七輪が、今の時点でどこにどれだけ必要なのかを、並べてみよう。
まず、七輪だ。
お殿様の江戸屋敷、細山村の白井家が火鉢も無くて新しく必要なところ。
仮の火鉢があって入れ替えをするのが、お殿様のお館、登戸村の加登屋さん。
今丁度最初に作った七輪があるので、まずは、これで済ませる。
次に、練炭だ。
一番最初に作ったものと同じ程度のもので良いと割り切る。
配る七輪にちゃんと収まり、七輪の壁と練炭の横の隙間は薄板1枚以下であれば、出して良いと判断する。
お殿様のお館向けに6個、登戸村加登屋さんに4個、これが絶対必要量。
後は、江戸屋敷と白井家だが、最低2個でそれ以上あれば良い。
ただし、白井家は水路の人足の延べ人日数の個数を準備する必要があるし、江戸屋敷はお館に献上した計14個と同じ個数が望ましい。
結局、14個~26個程度は必要になる」
「今乾燥させている練炭が、20個ある。
こちらはそろそろ出してもいい頃合になっている。
ただし、大きさで刎ねるものもあるので、16個ぐらいと見てほしい。
この数量なら、明日と言わず今日にでも持って行くことができる。
そして、これから一生懸命作れば、明後日に乾燥が終わる練炭を作れる。
一番最初に試しで作ったときのことを思えば、手順はしっかり見えている。
もう少ししたら、寺子屋組みの3人も手伝いに参加できるはずだ」
そう言うと、女性2人に粉炭の練りと型抜き、穴あけを始めるよう指示した。
義兵衛は、黙って木炭片の鑢掛け、粉炭の生成を始める。
助太郎も同じく、鑢掛けに入った。
原料をいかに多く確保するのかが、この製造の一つの鍵なのだ。
非力な寺子屋組みと違い、この2人のほうが生産力は遥かに高い。
「小さな石臼を持ち込めば、非力な春や福太郎でも安全に粉炭を作ることができる。
ただ、鑢と違いは、粉が細かくなり過ぎることや、粒の大きさの調整が効かないことに注意する必要がある。
鑢と石臼で作った粉をどう混ぜるかを考えておく必要がある」
鑢をかけながら、助太郎に話しかける。
「水車ができたら、夜通し回して結構細かい粉を沢山作ることができるようになると思っている。
その粉で練炭を作り始めると、今作っているものと性質が随分変わるだろう、と思っている。
先行して石臼をここへ持ち込むのはいいと思う。
あと、製造で一番問題になっているのが、レンコン穴を開けるところだ。
これが意外に真っ直ぐ空けることができない。
工夫がいると思っている」
義兵衛にぶつけてくる。
「レンコン穴については、厚さが4分の一のものであれば、先に型で抜いておくことができると考える。
穴が抜いた薄い練炭を4枚後から接着すればいい。
穴の位置を揃えて接着するためには、上下の面にギザギザ模様をつけて、これを合わせるといいのじゃないかと考える。
あと、先ほど寸法を測定していたが、木型で作った穴を通れば大きいほうの制限以下というように、木型を作って比較する方法で判定するほうが早いと考える」
義兵衛はチラ見した作業で改善を指摘する。
鑢の音に負けないように、大声でお互いに言い合いをしながら粉炭を作る。
これが結構有効な意見交換なのである。
それぞれザク半俵=おおよそ7~8Kg分の炭を摺り終えた。
二人併せて15Kgの粉炭である。
前からあった分、すでに練り始めた分を含めて、約20個分の粉炭が用意できた。
助太郎は父親の部屋へ行き、小ぶりな石臼を持ってきた。
寺子屋組みが来たら、多少時間がかかっても粉炭作りを担当させる予定だ。
女性2名は、レンコン穴開けに移ってもらう。
上面に木枠をあて、丸い刃型の鑿をあて、真っ直ぐに削っていく。
完全に乾燥させるより、出来立てでまだ柔らかいものを削るのが一番やりやすい、とのことだ。
義兵衛は、粉炭の練りと型詰め、型抜きの作業に入る。
真っ黒になりながらの作業だ。
そんな作業をしながら、16個~20個の割り振りを考えている。
「明日、七輪を3個、練炭をお館へ6個、白井家へ3個、残りの7個~11個を江戸向けで荷作りしておこう。
今作っている分が、加登屋さんと炭屋番頭分かな」
そうやって考えると、確かに目処がついていることが判ってきた。
寺子屋組みがやってくると、工房は賑やかさを増す。
春と福太郎に石臼での粉炭製造を指導する。
近蔵には、鑢による粉炭作りを指示した。
材料は全部でザク1俵=15kgもあるので、寺子屋組みの力では今日一杯で終わるかどうかの量なのだ。
こうして、女性2名+寺子屋組3名への一連の指示を終えた。
指示が終わると持って行く練炭の選別だ。
練炭は、1個だけ割れていて使えないが、残りの19個は大丈夫だった。
そして、明日持っていく七輪3個と練炭19個を2人で分担して背負い、家に向ったのだった。
家についてから、江戸屋敷向けを選り分け、箱に入れる。
それ以外を背負い籠に括り準備を終えた。
そこまでの支度をして、下男に白井家への伝言のお使いを頼んだ。
まず、江戸屋敷分の七輪と練炭10個が準備できたこと。
お館への献上の練炭6個が準備できたこと。
前回お渡しした火鉢と交換する七輪の用意があること。
白井家向けに、七輪と練炭3個が準備ができたこと。
明日、持参すること。
短い伝言だが、これで判るはずだ。
準備が終わると、助太郎が話し始める。
「4分の1の厚さにした型を作るというのは面白いと思います。
型に練炭を詰めたとき、上下に特定のギザギザがついた板でギュッと押し込むといいのですよね。
型を横に割らないのなら、横に付けた『金程』という文字は無理ですね」
助太郎は、さっきの会話を思い出しながら考えているようだ。
「刻みを入れた上下の板がきっちりかみ合うように配置することが重要だ。
複数の型をつくるなら、どの板を組み合わせてもかみ合わせることができるように、同じ刻みをつける必要がある。
『金程』の文字は上側にくる板に付けて掘りこめばいい」
時間がありそうだったので、図を描いて説明をした。
図が書かれた紙を大切にかかえると、助太郎は工房へ戻っていった。
まだ、父・兄とも話しこんでいるのか戻ってこない。
多分、下男の伝言の返事を持って、一緒に帰ってくるのだろうな。
俺・義兵衛は、江戸行きを想定してその準備をしながら、父・兄が戻ってくるのを待った。
その夜遅くに、父・兄・下男が戻ってきた。
ほろ酔いといった風でかなり上機嫌だ。
「明日朝、甲三郎様へ伺うご了解を得たぞ。
添え書きもその時にご下賜頂けるそうだ。
義兵衛は凄いよなぁ。
今日の明日で練炭を用意できるだなんて。
江戸屋敷向けの七輪と練炭には、甲三郎様は大喜びしていたそうだ。」
あの白井与忽右衛門さんに乗せられて、一体どこまで話してしまったのだろうか。
「薩摩芋の栽培も、お前の献策だと、喋っちまったよぉ。
俺にも神様の声が聞こえないかなぁ。
でも、このことは喋ってないからなぁ」
あぁ、孝太郎が堕ちたのか。
「ワシは余計なことを言うなと合図したのに、気づかない孝太郎が悪いんだぞ」
この分だと、百太郎も同罪だろう。
義兵衛が準備に走り回っている間に、この大人共は一体何をしていたんだろうか。
この分では、金程村の未来は暗いぞ。
それはともかく、明日、白井与忽右衛門さんに突っ込まれたときの言い訳を考えなきゃ。
ちょっと冗長すぎる記述で読みにくいかも知れません。
義兵衛も実は現場が好きな人なのです。後ろで糸を引くより、飛び込んでいって苦悩するという貧乏籤を引く感じなのでしょうか。




