幸龍寺での相談 <C2297>
寺社奉行様、町奉行様を交えた昼餉が終わり、事務方の懸念事項の確認・その後の雑談を終えた所で寄り合い自体も終わりとなった。
両奉行とお供の方がご退出された後、幸龍寺のお坊様が千次郎さんと義兵衛を引き留めた。
「このまま寺へ戻って説明をしても、話がややこしくなって皆さんに御出で頂くことは目に見えております。ここ八百膳からすれば幸龍寺はほんの近くですので、店に戻らず立ち寄って頂けないでしょうか」
こう頼まれたら仕方ないので、安兵衛さん・善四郎さんも入れた計4人で幸龍寺に向かった。
八百膳から日本堤に出て浅草寺の裏を突っ切ると幸龍寺であり、確かに近い。
幸龍寺では社務所に通され、応接間で待っていると、窓口のお坊様以外に2人のお坊様が入ってきた。
この中に座主のお坊様は居らず、勘定を司るお坊様と雑務全般を司るお坊様が加わっている、とのことだ。
千次郎さんが、本日の寄り合いでの依頼事項を説明すると、勘定方のお坊様は好意的な態度を示した。
「なるほど、50両を座に寄進したことにして、それで客殿の使用料を支払うという訳ですか。タダにして欲しいという要求ではなく、客殿を使うことにそれ相応の価値を認めた上で、この興業の価値をも認めて等価で交換せよ、という訳ですか。
使用料を値切るより上手い戦略ですな。そして、それに代わる収益を中庭に居る者から調達せよ、というところまで考慮されているのは、良い話だと思いましたぞ」
しかし、雑務方のお坊様は難色を示した。
「前回の興業の折も、幸龍寺の小坊主は色々と雑用に追われ難儀しておりました。今回もそれに増しての興業となりましょう。
寺社奉行様や町奉行様などが列席される場に、屋外と雖も普通の市井の者が大勢かかわる行事となれば、それ相応の支度もいりましょう。前回3600人程の人出でしたが、今回はいかほどの見込みでしょうな。そういった詰めが出来てからのお話ではありませんかな」
勘定方は金勘定できれば良いのに対し、人手が直接かかる雑務方という組織では物事に対する感覚が違うのだ。
それを勘案すると、雑務方の負担をどれだけ軽減できるか、負担に見合う実入りがあるのか、という点をここで示すしかない。
まずは、善四郎さんが人出の見込みを説明した。
「今回は入殿者を50名に絞り100文を徴収します。また、事前に撒く瓦版は1万枚を予定していると瓦版屋から聞いており、前回の事前に撒いた数量と同じなので、少なくとも3000人・最大で5000人位の人が集まると踏んでいます。前回3700人ほど集まっておりますから、まあ妥当な数でしょう。ここから先は義兵衛さん、頼みましたよ」
結局、丸投げされてしまった義兵衛は、あきれながら、それでも懸命に頭を働かせて説明に入る。
「前回は中庭に入る時に皆に番号札を配りました。今回は、例えばこの入場の札を1枚12文(300円)で売ってはどうでしょう。客殿に入ることができる人は、88文を徴収する格好にします。そして、買ってもらうには、持って帰ることを狙った御本尊の絵や御経の文言などが描かれた特別な御札とすれば良いと思います。
見積では少な目の人出の3000人を使って計算すると、これで9両回収できます。この金額は、雑用を担当された小坊主達が稼いだものと見ても良いでしょう。前回はこれをタダにして作業していたのですから、大きな前進です。
あとは、中庭に残された3000人相手にどう商売するか、ですが、例えば茶や弁当を売るというのはどうでしょう。大きな握り飯を土瓶の茶付きで1個16文(400円)で売っても良いのです。興業の結果が出るまで2刻(4時間)は掛かりますから、その間中庭で待っている人に売れば良いのです。全員が買えば12両、握り飯でなくちょっとした副菜をいれた弁当なら20文でも捌けるでしょう。用意した分が余れば損ですが、全部売れれば儲けです。
少し少な目に用意して売れ具合を見て不足すれば、その時に近くの料亭に依頼して補充すれば良いのです。まあ、その場合は手数料しか儲からないので利益は薄くなりますけどね。
もしくは、近隣の料亭に料理を売る権利自体を売れば、幸龍寺は損を覚悟で料理を準備する必要はありません。金を取って茶屋を出店する権利を売るのです。ただ人が居るという状態をお金に換える手段としては人手が一切かからないという意味では秀逸なのでお勧めではあるのですが。
どうでしょう、こういった色々な方法が考えられますし、参拝者が興業で増えているというだけでお賽銭なども増えることが期待できるということでご了承頂けませんでしょうか」
フッと横を見ると、善四郎さんがドヤ顔をしている。
雑務方のお坊様は納得しかけている顔をしているが、企画を担当しているお坊様が本音を言う。
「いろいろやり様がある、というのは判るのですが、小銭稼ぎという感じで手数ばかりかかって思うほど儲からない感じなのですよ。そこは何かいい案がありませんかね」
こういったことを考えるのが仕事なのだろうが、これでは進まないので案を提供することとした。
「では多少値が張りますが、別棟に同じ仕出し膳を用意してはどうでしょう。客殿で対戦している料亭に予約注文して当日に並べるのです。審査には一切参加できませんが、客殿で審査されている料理と同じものを食べさせるのです。1人8脚もの膳を平らげるのは所詮無理なので、対局する2脚を1人分として用意するのです。一応、1脚100文程度としていますので、料理自体は200文で用意できます。手間と場所代を入れて600文(1万5千円)で販売します。そうですね、200席分用意できれば売り上げは30両、半分を料亭に支払い15両が利益という具合でしょうか。
また、興業が終了した後、別の日に同じ客殿を使用して同じ料理を並べて提供する、というやり方もあります。『料理比べを手軽に体験』という触れ込みで席を売り出すのです。これは、料理比べ興業をした客殿で実施するからこそ価値があるので、寺社奉行様の座られた場所・町奉行様の座られた場所など、行司のどなたが座した場所かによって値段を細かく設定する、というのも面白いかもしれません。ああ、御武家様の衣装を貸し出し、客殿の中では仮装する(流石にこれは不敬なので奉行所から止められると思います)というのもあるかもしれませんね。
あと、こういった興業のネタを瓦版屋・當世堂さん以外の瓦版屋に売り込むというのもあるでしょうね。料理関係の瓦版を出したいが當世堂さんのように中に入りこめていないので、ネタを求めている版元が多いと聞いています。売り込んで対価をもらうというのは手ですよ。料理を提供する興業の宣伝にもなるので、双方の利益になりますよ。
パッと思いつくのはこういったあたりですが、いかがでしょうか」
義兵衛の案に、今度は企画を担当されているお坊様がドヤ顔をしてみせ、勘定方のお坊様が笑いながら答えた。
「いろいろと御示唆を頂きありがとうございました。どうやら、興業当日だけでなく、客殿を使った稼ぎ方があることがわかりました。
興業により客殿の価値がぐっと上がったということですね。今後は客殿の使用料と同じ金額を興業に寄付させて頂きましょう。
これなら前回50両でしたが、例えば70両に値上げしても何ら影響は出ませんからな。
それにしても、本当に良い知恵を頂きました。早速座主様にも申し上げねば。これからも色々とお教えください」
これで興業の単独黒字化について、一つの山を越えることが出来た。
明日の緊急寄り合いでの進め方に一つの光明が射した、という思いを抱いて幸龍寺の門前で善四郎さんと別れて萬屋へ戻っていった。
5月後半に旅行を予定しており、次話を5月20日0時投下以降、おそらく5月末まで休みます。
6月には復活しますのでお待ちください。
(感想も返信できないので、ご了解ください)




