行司席・目付席 <C2295>
善四郎さんが曲淵様に入札についての確認と、武家側の行司・目付席の割り振りについて尋ねた。
「まず、席の入札ということについて、町者の当事者同士のやりとりゆえ、御公儀として今の所は異を唱えるようなことはない。ただ、これにより市中で騒ぎや訴訟が起こるようなことになれば話は変わる。初めての試みであるが、御老中様はご存知であり成り行きを気にしておられるので、些細な問題でも状況を逐一報告してもらいたい。
それから武家側の行司3席じゃが、義兵衛、1席欲しいというそのほうの要望は没じゃ。今回は町奉行のワシと寺社奉行の備後守様、それに御公儀台所役御賄頭の相沢を充てる。
そして、目付役だが、椿井家預かりの1席を除き4席分であろう。
南町奉行所が当番月ゆえ町奉行の牧野大隅守は今回目付役に回ってもらう。
あと、寺社奉行様と台所役人もそれぞれ目付を1席割り当てる。それで、寺社奉行は土岐美濃守様(上野沼田藩7万石の藩主)を今回目付役とし、同じ寺社奉行の戸田因幡守様(下野宇都宮8万石の藩主)は次回の目付役・次々回の行司として、寺社奉行で席を持ち廻りすることとした。
御台所役人の目付は、御広敷膳所台所頭が30名ほど居る御台所役人から選ぶよう言いつけておるので、おっつけ名前は判るであろう。先のお上への料理内容の変更についての手配を御老中様がなさっておったので、その筋の者が選ばれよう。
そして、目付役の残りの1席は、御老中様預かりという算段じゃ。こちらも名前はいずれ知らせよう。
もし、瓦版に書くのであれば、席は『田沼主殿頭預かり』とでもしておけばよかろう。
千次郎、善四郎。このような次第で武家側は考えておるが、異論はあるまいな」
義兵衛の目論見が完全否定された。
いや、大名枠を設けるという趣旨に照らせば、遠州掛川藩主の太田備後守様が参加されることになり、達成されているのだ。
そして寺社奉行は大名が任命される役職で、今後もローテーションで興業に参加することを表明している。
口に出来ない目論見であったことを看破されたのか、曲淵様が声をかけてくる。
「義兵衛、その方は何か存念があったのか。確か、武家側の行司席を1席使いたいと安兵衛から聞いておる」
義兵衛ではなく、善四郎さんが説明した。
「申し上げます。義兵衛さんは、興業に箔を付けるために御大名の御殿様に臨席頂きたいと申しておりました。この興業が何度か成功しますと、おそらく似たような興業を仕掛ける者が出てくることは必定。そこで、食の道に明るい御大名も御出になる興業という看板が出来ればおいそれと真似されまい、と考えたのが真相で御座います。
勿論、御出席頂いた御殿様が御領地にお戻りになり、江戸の食の風習をお広めあそばされ、また逆に御領地の特産料理を江戸にお広めになることによる一層の発展も考えてのことで御座います」
善四郎さんの説明を曲淵様は首を捻りながら聞き終え、しばらく黙った後、義兵衛に向かい話しかける。
「うむ、ようできた話じゃが、それだけではあるまい。商家の1席を私しようとしていたと安兵衛から聞いておる。
興業に箔・権威付けという意味では、寺社奉行と町奉行が居る時点で他に並ぶものがなかろうし、御老中さまも気にされているという時点で満額であろう。にもかかわらず、義兵衛は一向にしたり顔をせぬ。
思うに、まず大名席というものを考え、それらしい話を作ったのではないか。意中の大名でも居ったのであろうか。本音を申せ」
義兵衛は何もかも見通したような曲淵様の話を聞きながら、全身汗だくになっていた。
「はい、松平越中守様に御参加頂ければと考えておりました。越中守様には我殿が馬を賜るなど恩義を受けております。そこで、私が尽力してこの興業の席を確保できれば、と考えた次第です」
曲淵様はニヤリとしながら義兵衛を諭す。
「義兵衛、お主もまだまだ未熟者じゃの。もし1席空いておって、それを越中守様に割り振ったとて、少しでも恩義を返したことになると思うたか。その分では椿井殿には諮っておるまい。人気の興業ゆえ勘違いしたのやも知れぬが、椿井殿が目付の枠を使って興業におったままで、越中守様を行司役に案内したのでは恩義を返したことにはならぬ。
まあ、越中守様を興業に参加させることで、何を目論んだのか、は判らんではないがな」
なるほどである。
曲淵様の言うことを理解して顔を赤らめた。
「ご指摘、頂き誠にありがとうございます。図らずも心得違いを致しておりました。この件については我が主人に伝え、良く諮り進めます。ただ、我が主人は目付役ではなく、事務方の働きを見るため客殿に居るという体でかかわらさせて頂きたく、その旨よろしくお願い致します」
「概ね、それで良い。
太田様、この話はかなり微妙な案件であるため、この場限りとして他言せぬようにお願い申し上げます。お付の方も同じくお願いします。ここにおる皆もわかっておろうな。
ところで、商家の席を入札することで130両を得たいという件だが、見込み通りの金額にするための方策は何か打っておるのか。応札する方が何かの目安を持っておらぬと要らぬ諍いも起きよう。そこに抜かりはないとは思うておるが、実際のところどう手配しておるのか」
曲淵様はきわどい質問をされる。
確かに何の策も考えておらず、手も打ってないのだ。
千次郎さんも善四郎さんも黙ってしまった。
ここは助けるしかない。
「申し上げます。御指摘の点について、行司1席45両・目付1席15両の目論見で、合わせて60両の収益がないと興業は赤字になることを、明日の寄り合いで説明致します。
応札する方々はその目論見を見て聞いて考えることになるでしょう。札の金額が大きい人に席の権利を渡しますので、あとは渡された方次第でしょう。応札妨害を避ける方法も重要にございます。高値を入れようとする人の応札を妨害する者も居る可能性がございます。怪しい動きがあれば、取り締まって頂く必要があるかも知れません。
こういった点を注意しておきますれば、存外に支障無く実施できると愚考致します」
太田様が割り込む。
「商家側席と申して居るが、応札する条件に商家の者という縛りをするのか。例えば、名高い寺の庫裡を担当する者など、料理に興味がある者もおろう。こういった輩も料理の道を究めることや食の習慣を新たにすることを支えておるのじゃ」
「御指導ありがたく頂戴致します。興業としては、最高値で落札された方からきちんと銭が回収されることが重要なのでござります。従い、掛け買いは認めず、落札後直ちに現金を納めて頂きまする。その際、名前・住所などは確認致しますが、職業を問うことはございませぬ。
御大名が応札するというのも愉快ではございませんか。案外と、御奉行様との伝を求めて応札される方が居るやもしれません」
この答を聞いて両御奉行様は笑い顔になった。
「今の所かかえていた話は、これで終わりでございます。御不明な点などございましたでしょうか。
ご指摘無きようでございますれば、一旦昼膳といたしたく、隣の部屋に用意させておりますので、御移動をお願い申し上げます。
追加でご不明な点などございますれば、昼膳の場でお願い致します」
善四郎さんが寄り合いの中断を宣言し、昼飯時となった。




