入札の件を切り出す <C2294>
ドンと一番上座に座った寺社奉行・太田備後守様が口を開いた。
「ほれ、この場は決まったことを報告する場ではなく、問題を討議する場じゃろ。黙って頭を下げておったのでは時間の無駄というものじゃ。いつもの様子は佐柄木から聞いておる。義兵衛とやら、居るのであろう。さっさと仕切らんか」
いきなりの指名だが、ここで表に出る訳にも行かず、千次郎さんの袖を引っ張る。
やっと正気を取り戻したのか千次郎さんが意を決したように震えながら声を搾り出した。
「恐れながら申し上げます。私は薪炭問屋をやっております萬屋の主人・千次郎で御座います。興業関係では裏方の取りまとめをしておりますので、この場も私が取りまとめさせて頂きたく、よろしくお願い致します。
このような場に寺社奉行様と町奉行様が直接御参加されるとは思っておりませんでしたので、一同大層驚いており、大変失礼をば致しました。
では、明日の座の緊急寄り合いについて、まずは、方針の確認から致します。
緊急寄り合いでは、一昨日の時点で座に登録されている186軒の料亭の内179軒の料亭が出席致します。この料亭数は元締めの八百膳も含んでおります。また、料理番付に記載した48軒の料亭は全部出席致します。
最初の寄り合いは主人だけでなく女将・板長の同伴も可と致しましたが、今回は各料亭から1名のみと限定しております。
それで、初回のような形式では紛糾すること間違い御座いませんので、冒頭で議題を20日に行われる興業のことのみに限定し、それ以外の案件は7月の定例会回しとすることの了解を寄り合いの冒頭に得てから進めることに致します」
千次郎さんは、この話に続けて、料理番付にある48料亭にのみ発言を限定し、出席した130料亭は意見をさし控えてもらいたいこと、新しい料理番表は7月末までかかること、前回の興業は大幅な赤字であり負債が持ち越されていること、興業で審査を希望する料亭からは委託金を預かる制度とし今回の興業は5料亭が3料亭に挑む恰好となっていることなどを説明した。
8料亭の名前と対戦組み合わせが書かれた紙を見せると、太田様と曲淵様は『ほう』と声を出した。
「それで、冒頭で発言に加われないことに異論が出る場合、赤字がどれ位になるかを示し、この補填に責任を持つことが出来る範囲の料亭として番付料亭があると説得致します。つまり『意見を出すなら金を出すように』と新参の130料亭を縛るのでございます。
それで、48料亭には、興業の単独黒字化に向け料亭に寄進をお願いしておりますが、委託金は報奨金に充てるためとても間に合いません。
まずは、興業で支出する金額が一番大きいのが幸龍寺客殿の使用料で、前回概ね50両(500万円)を支払い、更に客殿に関係する費用として7両近い金額がかかっております。
そこで、幸龍寺さんへのお願いとなりますが、この客殿の使用料を寄進頂けませんでしょうか。その代わり、寺の境内で行うお寺様独自の興業は仕出し料亭の座が無償でお手伝いするということにしたいと考えております」
幸龍寺のお坊様は、千次郎さんからのいきなりの申し出に目を白黒させている。
答えを促す千次郎さんの仕草にお坊様はやっと返答してきた。
「千次郎さん。寄進も何も、今聞かされたばかりで応とも否とも、返答の仕様もありませんぞ。
確かに前回の興業では、境内には見学を希望し席が当たらなかったため、100文という使わなかった小遣いを握ったままの参拝者が大勢居った、ということは聞かされておる。それを幸龍寺としてどうするかは幸龍寺の中の話で、それをどうするかはこちらの事であろう。
勿論、協力頂けるのであればそれに越したことはないが、だからと言って50両もの大金を私の一存で左右できないのは道理であろう。今日寺に戻り次第、このことを座主や寺の勘定方と相談するしかない。返事は明日で良いかな。それで、もし、もめるような難儀なことになったら、千次郎さんと善四郎さん、それに義兵衛さんにも来てもらうことにしたい」
お坊さんの言うことも尤もだが、ここはもっと強く出ないといけないだろう。
義兵衛は千次郎さんに代わり返答することにした。
「返事が明日でも、また説明・説得に伺うことはともかくも、ここが決まらないと黒字化の目算が立ちません。なので、おっしゃるように存分に協力することを条件に、今は興業へ50両寄付があると看做した上で、それを客殿の使用料に充てるという前提で検討を続けさせてもらえないでしょうか」
義兵衛は曲淵様の横に座っている幸龍寺のお坊様へ顔を突き出してにじり寄った。
先の『境内で遊んでいる金』発言や、これを吸い上げるヒントが効いているのか、お坊さんは考えているようだ。
やがて、お坊さんがコクリと頷いたのを見ると、千次郎さんは次にする予定の話を切り出した。
「客殿の使用料は賄えたとしてもまだ資金は不足しています。前回興業の赤字も繰り越されており、この解消も必須です。
それで不足する資金は、繰り越された赤字を埋める分も入れて、おおよそ130両です。そこで商家に割り付けられる行司席・目付席の一部を公開入札とし、そこで得た費用で補填します。入札については、先の興業の様子を刷った瓦版でもうたっており、例え1席だけだとしても、これをせねば混乱します。
行司席は10席ありますが、版元の當世堂、勧進元の八百膳、事務方の萬屋席、番付の東西大関2席、武家枠の3席があり、あとの2席を商家が入札する対象の席となります。この2席の内、1席は公開入札とし、もう1席は非公開入札とします」
この説明内容に曲淵様が突っ込んだ。
「入札はして得た費用で補填するのは良いとしても、公開と非公開があるのは何故じゃ」
上手いことに、ひっかかる説明のせいで、席の入札についてはうやむやの内に了解された格好になっている。
曲淵様の突っ込みには善四郎さんが答えた。
「申し上げます。行司席・目付席について入札制にすると瓦版で喧伝しておりますが、それを知って市井の通人連の方が何人も『是非席を整えよ』と押し込んできておるのです。
なので、まず公開入札で誰でもを対象とする1席を割付け、その後で事前に申し入れしてきている通人連で残りの1席を競ってもらう方法によって穏便に済ませたいと考えた次第でございます。
この方法で問題がないかを、御奉行様の方々にご確認する機会をうかがっておりました。
それで、御武家様の行司席・目付席はどのようになっておりますでしょうか」
流石に公儀の御偉い方々に御膳を頻繁に提供している善四郎さんだけあって、話をどう切り出せば良いのかを判っている。
事前に千次郎さんと考えたときに一番苦労すると思っていたことをサラッと持ち出してくれた。
そして、この返答次第で御奉行様から入札方法の是非について言質を取ったことになるのだ。
おまけに、武家側の行司3席、目付5席のこともサラッと触れて、多少なりとも脅迫じみた言い方になっている。
曖昧なことを言えば『武家席も入札にしますぞ』と迫っているようなものだ。
これで下座側に熱が入ってきた。




