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辣油の効能 <C2291>

 料亭・坂本から持ち込んだ『しゃぶしゃぶ』の胡麻ダレに、即席で作ったラー油を垂らした。

 箸先にタレをつけて口へ運ぶと、まだ薄いながらも確かに辣油らしい味が感じられる。

 皆の反応も未知の味に出会った瞬間というように見え、辣油の有無による味の違いに驚いている。

 江戸料亭の味覚の大家・善四郎さんの好評価を受け、義兵衛は即席の辣油作成がとりあえずのレベルで成功した、との確信を得て説明を始めた。


「坂本さんが作り上げていた『胡麻ダレ』がきちんとしたものであったからこそ、にわかに作った粗雑な辣油でも、その効果が多少なりとも発揮できたようです。

 作っているのを見てお判りのように、辣油は唐辛子の辛味を胡麻油に溶かし出したものです。油は食べられるものであれば、菜種油なんかでも良いです。料理との相性で、いろいろな組み合わせが考えられますので、そのあたりは研究してください。

 さて、唐辛子の辛味成分だけを油に溶かした辣油は、塩辛いという味覚より、口の中の『熱い』という感覚を刺激します。大量に摂取すると、舌が痺れて微妙な味覚を感じることができなくなりますので、直接辣油を飲まないように注意してください。

 実際に料理比べの審査の時に使いすぎると、審判の舌が使い物にならなくなるので、そこのところは充分注意してくださいよ。

 それで、辣油で『熱い』という感覚を刺激されると、身体の全体が熱いと誤認識し、汗が出ます。暑い夏に敢えて熱いお茶を飲むと一服の清涼感が得られると聞きますが、適量な辣油は正しくその効果を発揮し、味覚に奥行きを与えます」


 女将の様子から、百川との勝負を五分に持ち込む秘策と正しく認識している坂本の板長さんは、全身を耳にして聞いている。


「ただ、今入れた辣油は、多少の効果を挙げたようですが、まだまだ未完成です。擂鉢すりばちの粉唐辛子は時間もないので全然馴染んでいませんし、胡麻油自体にまだ元の風味が強く残っています。興業の実施まであと10日程ですが、坂本さんが研究する時間は充分あるでしょう。油の種類や唐辛子の量、風味を調整するために入れた具材の割合や量を細かく変えて調整してみると良いですよ」


 善四郎さんが吼えた。


「唐辛子はどこにでも普通にある調味料だ。なのに、なぜこうも違う」


「それは、唐辛子の成分が液体になったためだと思います。液体にすると色々と混ざりやすくなり、食材と絡みやすくなっているためでしょう。この辛い油を調味料として色々な料理に使えます。辣油を多用した料理も考えられます。ただ、この辛さが病みつきになる人も出るのが困りものですね。

 坂本の板長さん、折角ですからここで色々と試されて行ってはいかがでしょう」


 板長さんは深く一礼すると、まだ材料や器具が片付けられていない台所へ向った。

 坂本の女将は主人と小声で何やら話をしていたが、千次郎さんへ向き直った。


「新しい可能性へ示唆を頂きありがとうございます。料理比べの興業へ前向きに取り組む意欲も出て参りました。これも坂本を贔屓にして頂いている萬屋様と義兵衛様のおかげでございます。

 今は手持ちしておりませんが、こういったことのお礼の意味を込めて、今回の興業へ坂本としては20両(200万円)を寄進させて頂きます。

 本当は色々なことをお教え頂いた義兵衛様に直接お渡ししたいのですが、今までのご様子ですと遠慮なされるか、そのまま座へお渡しになられるでしょう。ならば、こうした方が良いと、今主人と話をして決めました。

 20両については改めてお持ち致しますので、その時にお受け取り頂ければと考えます」


 20両と言えば、秋葉神社へ寄進すると七輪で8000個分に相当するのだ。

 直接現金を目の前に出されたら気が変わっていたかも、と思うだけで冷や汗が出てくる。

 金目当てで教えた訳ではないのだが、うっかり受け取るとそれだけで怪しい人物と思われて信用を失ってしまうのだ。


「これは有り難い申し出です。料理比べ興業で、前回のように赤字を出す訳にはいかない、皆様の好意だけで成立する事態になっては困る、という思いで進めておりましたので大変助かります」


 千次郎さんが丁寧にお礼を言うと、善四郎さんが絡んできた。


「確かにこの臨時収入は助かるが、毎回このようなことが起こる訳がない。そういったことを除外して考えておかねば、黒字化の意味がないぞ。ワシは台所の状況が気になるので、後は千次郎さんに任せた。明日の事務方寄り合いのことはちゃんと詰めておいてくれ」


 こう言い残して善四郎さんが席を立つと、坂本の主人・女将も一緒に台所へ向っていった。

 茶の間に残された千次郎さん、版元さん、義兵衛の3人は思わず顔を見合わせた。

『これでは丸投げではないか』

 しかし、版元さんは違ったようだ。


「あれれれ、こんな風に『どじょう鍋』も出来ちゃったのでしょうかな。あの瓦版にした秘話が実はこんなような状態で、今ワシがここに居らんかったら、明日朝に萬屋さんに呼び出されて度肝を抜かれる、という感じだったのですかねぇ。

 あの連中は、これから徹夜で色々試すのでしょう。いやぁ、実に面白い場面に遭遇しました。2ヶ月前からこっち、本当にネタには困らんですわ。

 それで、これを記事にする時も義兵衛さんが教えたことは隠すのでしょうかね。前は全部、登戸の加登屋さんの手柄にしておりましたが、今回は流石に手柄を譲る人が居らんでしょう」


 版元さんが義兵衛に笑いかけてきた。


「いや、そこはなんとか話を上手く作ってくださいよ。辣油の製法をどの程度明かして良いのかは、坂本さんの商売に影響しますからね。そこいらは善四郎さんや坂本・主人や女将とも良く話し合って筋を作ってくださいよ。最初のしゃぶしゃぶもそうしたでしょ。

 それはそうと、明日の事務方寄り合いで揉めそうな点があります。

 興業の単独黒字で大きな問題になるのが、幸龍寺さんの客殿の使用料です。臨時の寄り合いの費用は、一連の興業の収支に繰り込まないようにしても良いのですが、流石に興業本番で丸一日客殿を使うのですから、この客殿の使用料をどうするかは大きいです」


 千次郎さんは帳面を出してきて確認した。


「前回は基本的な使用料として金50両(500万円)、それ以外に庫裏の薪炭使用や小僧手配などで金6両3分を払っております。確かにこれは大きいですな」


「そうすると、幸龍寺さんには使用料の金50両を寄進してもらうことにできませんかね。50両寄進してもらって、それを使用料としてお払いするという格好にできればかなり助かるはずです。

 結果として無償ですが、帳面上は幸龍寺の好意として寄進額が残ることになります。他のところで興業する場合の参考にもなります。

 そして、寄進した幸龍寺さんは、宣伝・集客効果ということで見返りがある、という方向に持って行きたいのです。現に前回は庭先で遊んでいた現金があることを指摘しておりますので、客殿以外での収益に座が協力するという話で説得してみてはどうでしょうか」


 千次郎さんと版元さんはこの方向に同意してくれた。

 そしてこの方向が決まると、幾つかの瓦版にする原案を手に入れたであろう版元さんは帰っていった。


「あとの大所は、やはり商家側の入札金額となりますが、こちらは御奉行様の判断でいかようにも転がされてしまいます。公開入札とその裏での取引を容認された場合は、どうにかなります。しかし、入札すること自体が否定されてしまうと、八百膳さんの伝で現金化してもらうしかありません。その場合、どの程度の売値が必要かを見積もっておきましょう」


 2人で前回の帳面を仔細に確認し算出すると、行司2席・目付2席で130両というかなり高い値段が必要と判明した。

 とりあえずこの値が出たことでほっとした義兵衛は、台所でゴソゴソしている4人のことを千次郎さんに押し付け、明日に備えて寝床へ向ったのだった。


★執筆作業でデータを保持していたUSBメモリーを今日(2019/05/02)紛失しました。

その影響で、予約済みの292話(5月6日0時投下設定)まではなんとかなりますが、このUSBが発見できない場合は、再起しとなるため投稿間隔が空く可能性がありますのでご容赦ください。

連休開始直前のバックアップしかないため、涙目で探してます★

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