お殿様代理への陳情 <C229>
伊藤家の長男・孝太郎さんの出番です。しかし、印象が薄い!
今でもよくあることなのでしょうが、箔をつけさせるのも大変です。特に本人よりも回りが。
前回同様、お館の庭に回った。
献上の練炭6個を庭の真ん中に積み上げて置き、お殿様代理の甲三郎様のお出ましを待つ。
お殿様は江戸に戻っているため、代理である弟の甲三郎様がこの場を仕切ることになる。
一応、農民からの陳情という形であるため、表向きに形式をこのように整えている。
しかし、村で先頭に立って新田の開墾を進める甲三郎様の本心は、このような儀礼を時間のムダと思っている節があるようだ。
現に、喜之助さんは甲三郎様の腹心のように先導して新田をこさえている。
お出ましの合図に平伏すると、甲三郎様はバタバタと庭に現れ「楽にせよ」と言う。
積み上げた練炭を見て「これは嬉しい」を連発する。
「義兵衛、こたびの練炭の献上、ありがたく頂戴するぞ。
して、用の向きはなんじゃ」
いくら練炭=義兵衛とインプットされているとは言え、これはではちょっと困る。
横の孝太郎が勇気を振り絞ったかのように声を出す。
「ご承諾とお願いの儀があり参りました。
まずは、この練炭を沢山作るために金程村の中に水車小屋を作りたく、ご承知をお願いいたします」
「水車小屋にて何をいたす」
「この練炭は木炭の粉を固めて作っておりますが、この粉を石臼で挽きます。
水車の力で石臼を動かすことを目論んでおります」
「うむ、相判った。水車を設けることを許そう。
して、願いの儀はなんじゃ」
「ははぁっ。
金程村で新たに薩摩芋を栽培いたしたく、種イモを小石川薬園に求めようと嘆願書をつくっております。
そこで、小石川薬園奉行様あてに添え状をお出し頂きたく、お願い申し上げます」
一番難しいところを無事言い切った。
そして、手にした嘆願書を傍付きの爺経由で渡す。
孝太郎は、もう汗だくである。
嘆願書を開き、中を読みながら言う。
「薩摩芋か。
ちょっと聞かぬ名前じゃのぉ。
近郊にも栽培しているところは無かったのかな」
いつもは控えている椿井家の爺が口を開く。
「先々代の将軍様の吉宗様の御世に、薩摩芋の栽培を奨励する旨の話しがございました。
確か30年ほど前のことでござったが、この里では先代の殿が不要じゃと申されてそれきりとなっております。
江戸小石川の青木昆陽先生がいろいろご苦心なされた、とも聞いておりますが、確か先生はもうお亡くなりになられたはず。
小石川薬園のお奉行を通さずとも種イモはご下賜されるとは思いますが、当家の添え状があれば間違いはございますまい」
的確に援護をしてもらった。
「孝太郎であったか、願いの儀判った。
百太郎宛に後ほど来た時に添え状を渡すとしよう。
これで良いな」
一同平伏してご用の儀は終わる。
「皆、楽にせよ。
ご用の儀は終わりゆえ、後は自由に申してよいぞ。
堅苦しいのは嫌いじゃ」
普通なら、ここからが詮議なのだろうが、もう判断は出ている。
うっかりボロを出さないように用心だけはするよう義兵衛に伝えた。
「義兵衛、この練炭は実に重宝する。
もう少し献上はできぬか。
出来れば、江戸屋敷にても使いたいと思うておる」
「誠に申し訳御座いませんが、練炭も七輪も今は色々と試作をしている段階でございます。
今手元にあった練炭を持ってきて、今回の献上となっております。
練炭については、試作品であれば数日中にはある程度、献上は出来ると思います。
ただ、いずれもまだ試作品、お試しの物ということでご理解ください。
此度、水車設置のお願いをしましたが、設置後に本格的に使えるようになりましたあかつきには、もう少し余裕を持って献上できる所存でございます」
義兵衛さんは余裕を持って対応できている。
「うむ、判った。これからも頼むぞ」
甲三郎様が屋内に引き込み、陳情の件はこれで方がついた。
「やはり、練炭をご無心なされましたな。
引っ張りだこで、作るのに手が回らないのであれば、何人かお貸ししますぞ」
白井家に戻る道で与忽右衛門さんがまた畳み掛けてくる。
悩ましいところだ。
助太郎も魔法使いではない。
かといって、人を足してすぐ増産できる代物でもない。
「実はまだ、準備ができておらず、一人・二人でどうにか作っているものを、4~5人で作るように手を広げ始めたところなのです。
これで上手く軌道に乗れば、更に人を入れて、という感じになりますかな。
喜之助さんにお願いするのは、その次位になると思いますよ」
内幕の実態を踏まえて、百太郎がやんわりと流してくれた。
とは言え、この分であれば添え状は、次回来た時、つまり再度の練炭献上の時に引き渡すということなのだ。
最低でも今回と同様、6個の練炭が仕上がっていないと問題だ。
更に、与忽右衛門さんの所にも七輪と練炭を渡す必要がある。
登戸村の加登屋さんの分もあるし、炭屋の番頭に一度言い訳と詫びも入れておかないと、今後の木炭の卸しにも影響が出る。
いつまでに、何がどれくらい必要かを整理して、助太郎と相談せねばならないなぁ。
田を掘り起こして池を作っている場合じゃなさそうだ。
義兵衛・俺も、直ぐにでも製造に参加しますぞ。
白井家の前へ来て、与忽右衛門さんは皆を招き入れたが、俺・義兵衛は練炭作成に至急手を下す必要があるということで、真っ直ぐ村へ戻った。
家には「助太郎の所へ行く」と一声かけただけで素通りし、助太郎の工房へ向った。
工房では、寺子屋組みはまだ来ておらず、米・梅・助太郎の3人が真っ黒になって作業をしていた。
見ると、乾いた練炭の寸法を測っている所だった。
「義兵衛さん、今日お殿様への陳情はどうだったのかい」
状況を共有するため、とりあえず皆の手を止めさせ集めたところで、助太郎が切り出した。
俺・義兵衛は助太郎を拝み倒すことにした。
「水車小屋は問題なく作ってよしとされた。
また、水車用の水路については細山村から人足をかりて作る算段となった。
実は、それ以外に村で薩摩芋を作ろうという動きがあって、江戸に種イモを貰いにいく相談をしたのだが、代わりに練炭を館に納める必要があるらしい。
それ以外に、江戸屋敷でも使ってみたいと無心された。
細山村の白井さんからも、練炭と七輪を要望されている。
なので、今練炭作りを教えている最中かも知れないが、急なことで申し訳ないが練炭・七輪も併せて作ってもらいたい。
今、世の中で練炭を作れるのはここだけ、助太郎の工房だけなんだ。
申し訳ないが、頼む」
「義兵衛さん、前にも言ったけど冷静になってくださいよ。
村に新風を呼び込む中心人物なんですから。
いつ、どこに、何をどれだけ納めたいのか、まず整理しましょう。
幸い、試しに作った練炭がまだあるし、最初の4個の七輪は丁度出来上がったところです。
後からのギザギザという話や、4分の一というものは、まだありません。
しかし、乾きかけている練炭もあるし、どうにかできると思いますよ」
助太郎の言葉に思い切り安堵し、肩の力が抜けた。
助太郎さんがスーパースター気味になっています。現場を預かる責任者は、日々成長していくのです。
そう、無理難題という課題を与えられ、強くなっていかざるを得ないのです。折れるまでは......




