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料理比べ興業の対象料亭 <C2286>

 安兵衛さんと一緒に萬屋さんの奥の間に上がり込むと、忠吉さんが待っていた。


「丁稚共が聞き取り結果を知らせようと待っておりますので、そのまま茶の間へまわってください。

 千次郎さんと善四郎さんはまだ戻ってきておりませんが、夕刻には戻るかと思います」


 忠吉さんは、料理番付48軒の表を手に分担を上書きした紙を睨みながら戻り時刻の見積り結果を通知してくる。

 そして、茶の間には料理番付下位の30軒に、9日の緊急寄り合いに諮るための提案を通知し、結果を聞き取りしてきた丁稚達が待っているのだ。

 気持ちを『地の粉』から『料理比べ興業』に切り替えて急ぎ茶の間に行き、丁稚から順番に結果を聞き取る。

 まず30軒の料亭に要件を伝え聞いて周ったところ、どの料亭の主人も内容は了解して貰えたとのことだ。

 そして番付への異議申し立てと委託金についての聞き取りでは、2軒ほど『委託金が10両位までであれば異議申し立ては取り下げない』という申し入れがあることが判明した。

 残りの28軒は『1両位ならまだしも、いやそれさえも高い。寄進や委託金が必要なら、審査申し込みは取り下げる』という感じであったとのことだ。

 座への寄進は、さすがに28軒は無いようだが、先の2軒は『審査の対象になるなら1~2両程度の寄進は了解』との話しであった。

 丁稚からの報告が終わる頃、善四郎さんが戻って来た。


「皆、なかなか手厳しい意見が多かった。一応、それぞれの料亭で出せる委託金の上限、寄進の有無だけは集まったが、料亭によって差が大きい。特に『委託金は目安になる金額が無いと困る』との意見が多く出ましたぞ。それで、新しい取り組みで金を出してでも審査して欲しい料亭は1軒しかないと判ったのが今日の収穫かな」


 善四郎さんは額から落ちる汗を拭きながら報告してくる。


「それで、明後日の臨時寄り合いへの感触はいかがでしたか」


「まあ、概ね了解は得られた。興業として黒字でないと続けられないというのは皆理解してもらえた。この切り口には、説得力があるわい。流石に義兵衛さんじゃ」


 善四郎さんの話を聞くうちに、千次郎さんも戻ってきた。


「坂本さんにお願いした4軒の結果を聞いてきたので、遅くなりました。結果として、それ相応の委託金、10両を出しても興業で審査してもらいたい料亭は全部で2軒でした。審査するのに委託金という縛りを入れるだけで、番付に異議を唱えなくなる、というのは実に良案でした」


 丁稚からの話も併せると、5軒の料亭が委託金を出しても勝負したい、と言うことになる。


「では、その5軒に絞った料理比べとしてみた時に、その相手となる料亭はどうなりましょうか」


 それぞれの書き付けを見ると、番付では幕下の亀戸町・巴屋を狙い撃ちした料亭が3軒もある。

 前回の料理比べの凋落を見て、そして実際に出された料理の内容を見て『これならば自分の所で出している料理のほうが余程まし』と踏んだのであろう。

 全部で8軒の料亭が並ぶ恰好となっている。

 挑戦される料亭は3軒だが、先の巴屋以外の2軒はなんと大関の日本橋・坂本と前頭の一石橋・三文字屋だった。


「この坂本さんとの勝負したい相手は、同じ日本橋にある小結の百川ですか。以前、八百膳さんが意識していると言っていた料亭ではありませんか。これは面白い」


 千次郎さんが声を上げるが、義兵衛さんはそれを抑えた。


「まず、挑戦を受ける3料亭の了解が必要です。挑戦する料亭が出す委託金も併せて伝え、了解を得ましょう。

 料亭が8軒ならば、前回同様の規模ですから実施へ持ち込めます。

 それから、座への寄進額についても確認する必要があります。座への貴重な収入ですからね。こういった収支を揃えて見せることで、今回初参加となる130軒の料亭に見送りを承知させねばなりませんから。それと、新しい番付についても、いつ頃出すのかという告知は必要ですね。こちらは善四郎さんの舌に全てかかっていますので、無理ない予定を立てて、明後日の寄り合いで報告してください」


「おお、新しい番付のことは承知している。新規に登録してくる料亭毎に順次追加しようとしているのだが、そう一度に吟味できるものではない。ワシは顔が売れておるので、本当に同じものを出しておるのかも判らんと疑問に思い始めると、どこに差し込むか迷うのだ。1日で決めることが出来るのは、せいぜい回れる料亭4軒ほどでしかない。

 それに、ワシだけの独断では決めておらん。料理の味覚が確かな知り合いの板長にも協力してもらっていて、その結果も踏まえての判断にしている。そういったことに結構時間がかかっており、まだあと80軒も残っているのだ。だが、これ以上料亭が追加されない場合であれば、今月末位には順位付けができる、といったところだろう。

 それで、3料亭の了解を得るのは、今日中に済ませてしまおう。時間が無いので早いほうが良い。

 なに、どこも近場だし、報奨金が入る可能性があることを匂わせれば大丈夫に違いない。巴屋にとっては雪辱戦として良い機会となろうから、断ることもあるまい。

 了解を取れたら、明日の事務方の寄り合い、明後日の座の臨時の寄り合いをどうするのか相談しましょうぞ。義兵衛さんは、必ずここに居てくださいよ。逃げられたら終わりです」


 善四郎さんはそう告げると千次郎さんを連れて出て行こうとしている。


「しかし、百川が坂本に挑むとは、小結と大関の勝負ですか。さっきまで坂本さんと話をしていましたが、こりゃ面白いだけに受けて立ってくれますかな。義兵衛さん、万一の時はよろしく頼みますよ」


 千次郎さんもそう話しながら席を立って出ていった。

 騒々しい気配がパタッと消え、たちまち静まり返る茶の間となった。


「すみませんが、忠吉さん。屋敷へ丁稚をやってください。多分、今日・明日はここに泊まって下準備せねばならないようです。それで、屋敷への伝言と、御用の有無を確認してきてもらいたいのです」


 忠吉さんが手配して丁稚が出ていく時分になると、安兵衛さんが暇乞いとまごいをしてきた。


「私も今夜付き合いたいのですが、御殿様への報告があり、一旦失礼致します。大坂の件は、確認して明朝には状況報告しましょう。それで、大坂の件で知りたいことが具体的であれば話の仕方も変わりますので、何を知りたいのか教えて頂けますか」


「ああ、例の土について、大坂での卸値、福浦の問屋の卸値など、あの土の塊についてそれぞれの場所での値段や変動具合を知りたいのです。もしくは、こういった事情を知って聞いて頂ける方を紹介してもらいたいです。そういった細かな数字の差が判れば、そこから色々と考えたり、何か思いつくことができるはずです。お願いできますでしょうか」


 そういった情報が来ると、義兵衛の中の隠れた知識が刺激を受け、何か新しい知恵が出てくることを匂わせる。

 果たして、安兵衛さんは狙い通り受け取ってくれたようだ。


「はい、奉行所私邸に戻ったら相談をしてみます。当家には大坂在住の折に召し抱えたものも居りますので、答えを聞く先ならいかようにでもありましょう。では、明日朝はこちらに直接来ますので、よろしくお願いします」


 出ていく安兵衛さんを見送って店の外へ出ると、もう夕刻になっている。

 この後、善四郎さんと千次郎さんが戻ってから、明日の事務方寄り合いの事前確認になるだろうから、徹夜になることは間違いない。


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