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工房からの帰り道 <C2285>

 義兵衛はガックリと落ち込んだまま、辰二郎さんと一緒に深川へ向った。

 辰二郎さんは道行で義兵衛に話しかける。


「いやぁ、全額の半分を現金にするという話だけ先に聞かせて悪かったなぁ。

 8月末までに作る七輪は5万個で使う土が3万貫(113トン)。全部で1000両(1億円)なもんで、今回200両入れて、残りの800両について、その半分は現金で必要と言われておったんだ。こういったことを、つい先日話をしたんだが、船頭に渡す現金・報奨金ということだ、とは知らなんだ。何事も理由を聞いてみるもんだな。

 そうすると今日納めた200両で6月到着の船には入れることができるだろ。ならば、残りの300両の支払いは7月過ぎでも良いだろうと思う。まあ、考えようかも知れんが、400両から100両も少なくなった、ということでそんなにガックリすることはありませんぜ」


 義兵衛が落ち込んでいる理由は別の所にあった。


「いえ、あまりにも無知な自分を腹立たしく思っているのですよ」


 政治の中心は江戸だが、経済の中心は大坂と言うことを良く考えていなかったのだ。

 政治のワシントンDC、経済のニューヨークという状態が、この江戸時代の日本には存在していたのだ。

 おまけに、アメリカ合衆国にはない天子様が居られる京都が日本にはあるが、これは余談。

 大坂で物資を扱っている問屋に取掛かりがないと、どうにもならない、という現実に気づいたのだ。

 大坂に足掛かりがないと、末端価格はどうにもならない、ということで棚上げするしかなさそうだ。

 海中投機する、という話にも大いに疑問がある。

 現に樽廻船は、重い酒樽が船底に積まれるという問題が原因で菱垣廻船から分離したのだ。

『安くて重い土が真っ先に捨てられる』という説明には納得しそうではあるが、輸送の荷積み形態まで遡って考えると、この説明は道理に合っていないような気がする。

 わざわざ捨てやすい場所に重い荷を置くというのは、船が不安定になるのではないだろうか。


「野分け(台風)の時期までに、できるだけかき集めて運んでしまう、と言ってましたから、現金は早めにお渡ししたほうが心証も良くなるでしょう。辰二郎さんは、山口屋さんに荷が滞らないよう、入荷した分はどんどん工房へ取り込んでもらいたいと思います。

 予想外に海が荒れて品薄になると、足元を見られる可能性が高いと思います」


「そうかも知れんが、清六さんは約束をちゃんと守る人だ。長いこと取引をしているが、例え山口屋で損を被るようなことになっても一度決めた数量のものは卸値を変えずに引き取ってくれる。今はこちらが買い付ける番なので、よほどのことが無い限り『100両で3千貫の土』は変えないことを承知するしかないだろう。他所で安い土が出回るようになっても、年末までに生産する七輪に使う土は、山口屋で手当てすることとしますぞ。よいですかな」


「山口屋さんとの取引は良いのですが、金額がそれでは困ります。もう少し何か手はないか考えてみます」


 結局、このままでは土の代金として全部で2千両(2億円)かかり、内現金としてやはり半分を手当てする必要があるのだ。

 土の代金は取り寄せることから変動の要素が多い、という理由で椿井家が直接支払う恰好にしたのだが、変動分は山口屋が全部引き受けるのであれば、この提案は勇み足だったのかも知れない。

 もしくは、辰二郎さんが現金支払いのことを見越していたのか、という考えも頭を掠めたが、そこまで考える人でもなさそうだ。

 多分、船便はリスクが大きいこと、現金が入用なことなどを山口屋さんから聞いて『困ったことになった、煩わしい』と純粋に思ったに違いない。

 良い物を少しでも安く作ることに一生懸命な辰二郎さんの助けになるなら、それも悪くないか、と思い直した義兵衛だった。

 工房では中に入ることもなく辰二郎さんと門前で別れ、安兵衛さんと二人で萬屋へ戻る。

 その道行きで安兵衛さんが聞いてきた。


「義兵衛さん、年内に土代として山口屋さんへの800両と、神社への寄進料125両という膨大な金額の現金を用意する必要がありますが、どうされるのですか。萬屋さんの所には50両ほどしか残っていないのでしょう。それを全部寄進料に充てても七輪2万個分にしかなりません。9月の売り出しまで現金収入がないのであれば、まずは手当しなければいけないのですが、大丈夫でしょうか」


 手持ちの現金は底をついており、現金については萬屋さんから借りるしかない。

 とは言え、萬屋さんとて現金を手持ちしている訳ではなく、両替商に預けていたり買掛金を月末に相殺したりなどして、手持ちは結構絞っているのは帳簿を見せてもらった時に理解している。

 かと言って、お屋敷に運んだ現金は、既に借金返済や諸々の費用に宛がわれており、今更なのだ。


「実に困ったところです。折を見て萬屋さんの所のお婆様に相談するしかありません。ただ、今は料理比べの成功に向け、全力を振り絞る時なので、これが一息ついてからになるでしょう。

 料理比べの勧進元・善四郎さんから貰い受けた行司枠を上手く現金化出来るといいのですが」


「おやおや、そのような狙いで行司2枠を使う予定だったのですか。少し見損ないましたよ」


 安兵衛さんから手厳しい批判が飛んできた。

 午前中の話しぶりからすると『料理比べの実施をより確実にするための手駒として使いたい』という義兵衛からの申し出を善四郎さんが了解したように捉えるのが普通である。

 なのに、義兵衛がこの権利を七輪のためにわたくししようとしているのだ。


「いやぁ、手厳しい。実際のところ、土の代金を値切る駒の一つに出来ないか、という浅知恵だったのです。廻船問屋の御意見番を見出して、これを餌に直接交渉すればどうかな、ということを考えていたのです。しかし、思ったよりも複雑で、しかもかなめは大坂の問屋ということであれば、この江戸でちっぽけな札を振り回してもどうにもならない、と思い知らされたばかりなのです。

 私とて聖人君子ではありません。正論だけで世の中を渡りきるほどの力もありません。いい知恵が出ない時は、邪道も考えることもあるというものです。なにせ考える時間がなくて、良い案が浮かんでこないのです。大坂の商家に確かめたいことも沢山あるのに、どこに伝があるのか見えてこないのです。米問屋なら多少伝もあるかも知れないのですが、そこで土の値段のことを聞いても困るでしょうし。

 安兵衛さんは何か良い案をお持ちですかな」


 弱っていることを隠さない義兵衛を見て、安兵衛さんはボソッとつぶやいた。


「大坂のことなのでつてがなく手が打てない、とお言いですか。我が殿の曲淵甲斐守様は今でこそ北町奉行ですが、その前はどのような役職についておられたかをお忘れですか。何をどうしたいのか、何を知りたいのかをきちんと伝えれば、きっと応えてくれる方です。どうして飛び込もうとしないのですか」


 今の今まで失念していたが、曲淵様は北町奉行になる明和6年(1769年)前は大坂町奉行で、明和2年から4年間も大坂に町奉行として君臨?されていた方だったのだ。

 商人の町・大坂で奉行を勤め上げるということは、経済の仕組みや勘所・要人を御存じに違いない。

 そこへのつてということでは、正しく安兵衛さんがここにいるのだ。


「曲淵様配下の家臣の方で、大坂経済の内情に詳しい人を紹介して頂けないでしょうか」


 なんと身近に手の打ち様があることに気づいた義兵衛は、安兵衛さんにお願いをした。


「はい、御殿様に伝えましょう。お役に立てるようで幸いです」


 安兵衛さんは明るく応えてくれたのだった。


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