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現金が必要な理由 <C2284>

 瀬戸物を扱っている山口屋の主人・清六さんに『地の粉』の価格構造について、義兵衛は聞こうとしている。


「そう言われても、こちらとしては手の内を明かしても何の利益もないのだがな」


 確かに今までの話だとそう見えるが、ここで引き下がってはどうしようもない。


「おっしゃることは判りますが、例えば、損をこうむる状態の時に、こちらも一定の損を負担するという方法を取ることで、なんとかならないですか。定価ではなく、到着量に応じた価格設定をするなど、海中投棄で発生した損害を当家でも負担するということでも良いのです。せめて、こちらから提案できるための基本的な所をお教えください。

 提案が双方にとって良い策だと思えれば、採用を検討して頂ければ良いのです。無理だとか怪しいと感じれば、その旨をお話し頂ければ良いですし、それでも疑念が解消できなければ、現状の通り、6千貫を200両で卸せば良いだけのことではありませんか。

 どのような手を打つにしても、結局は山口屋さんから買うしかないのですから」


 何をどうしようとも、この店しか対応できないし、今更別な店で土をかき集めることができると思わない。

 ならば、頼み込むしかないのだ。

 しばらく考え込んでいた清六さんが口を開いた。


「こちらのつもりを話しましょう。『年内は毎月均等に6~9千貫の買い入れるつもりがある』と辰二郎さんから聞いており、今回頂いた200両は初回6月分の6千貫の代金です。それで、うるう7月を含む7月~11月の6カ月でおおよそ5万貫の量をお買い上げ頂ける、というのは確かなことでしょう。

 そういった経緯があって、今回は江戸中の同業者に聞き回って、値はあまり構わず今回の土を集めさせてもらいました。もう江戸には一遍の残土もありますまい。それで、200両と高いと思われる値段となっております。

 それで、次は大坂の問屋が舞台で、京・大坂近辺で手に入るありったけの土を送るよう、お願いしております。

 これから届く分がそれとなりましょう。問屋の卸値に、大坂二十四組問屋・江戸十組問屋への口入くちいれ金、廻船問屋の運賃を載せた金額、それに私共の手数料を入れた金額となります。提示した金額の内、現金でお願いしている分は廻船問屋に渡りそれぞれの船の中に分配して納まるのです。

 こうやって支払いをしますが、買って船に載せたものの、届かない土というものがあり、その代金が余計にかかる構図です」


 ここで、清六さんは一息ついた。


「江戸で『地の粉』を大量に買う者がいる、ということが判ってから、能登・福浦でも、おそらく大坂の問屋が指定した店で大量の『地の粉』を集め、大坂に向け送り出し始めておるでしょう。そして、福浦から大坂に向う西回りの船でも同じように届かない土が出るでしょう。ただ、大坂の問屋は力が強く、届いた分だけの銀を福浦の問屋は払っておるそうな。江戸は逆で、大坂の港を出た分について銀を払う仕儀になっております。

 私共が関与できるのは、大坂の問屋以降なので、福浦・大坂がどのようになされるのかは、説明しないほうが良いでしょう。

 それで、閏7月からは、野分(台風)の季節になります。船便でものを回すのが一番きつい時期です。なので、6千貫とか1万貫とか言わず、7月中までに可能な限り江戸に持ち込み、運搬中に海中廃棄される可能性が高い時期は送る量をうんと減らす方針にしています。

 このようにして、地の粉が途切れないことを優先し、価格を下げることの優先順位を下げておる、というのが実態です」


 金額自体は出てこないが、どう流れているのかはおおよそ見えた。

 結局、大坂の問屋が卸す値段が鍵になっているのだ。

 せめて、大坂から江戸に物を送るときの運賃だけでも聞きたいと粘ったところ、番頭の吉利さんがポロッと口にした。


「基本は一石(=40貫)で銀8匁(=600文)という値段はありますが、積荷の価値や荷の大小・重軽、荷形により異なっているのです。まとめてどれだけの量を載せるかでも変わってきます。そして、時期によっても大きく違うので、運賃はなんとも言えんのですよ。海の荒れる時期、荷が多い時期は目安の値より高かろうし、空きがある場合は安く積んでもらえることになります。こういった運賃の変動分も、山口屋は被っておるのです。

 今は、幸い米を運ぶ時期から外れておるので、余裕がある時期という感じではありますがなぁ」


 色々と話を聞いたが、何段階もの問屋・廻船問屋・組がかかわっており、末端にいる購入者がどうこうできる物ではない、ということを納得し、問うのを止めた。

 だが、大坂から運ばれてくる『地の粉』がどのような形で入ってくるのかを見せてもらえることになった。

 番頭の吉利さんが、店の奥から小ぶりな俵を転がしてきた。


「変なことに興味がおありですな。

 奥能登でこもに詰められた状態のまま、転がして運んでいるのでしょうな」


 大きさは、径2尺(60cm)長さ3尺(90cm)の俵型で、重さはおおよそ150貫(560kg)にもなる。

 これはおおよそ4石に近い重量で、米俵10俵に相当する重さである。

 6千貫となると、この重量物が40個にもなるのだ。

 それで200両だとすると、この塊が末端価格で1個5両見当という話になる。

 この塊を船に幾つか載せて運ぶのだが、海が荒れると船から真っ先に放り出されるという主張なのだ。

 確かに、5両の荷ではあるが、この俵を捨てるとそれだけ船が軽くなって、浮きやすくなる=生還の可能性が高くなるのは道理と言えよう。

 海中投棄する割合が2割とすれば、48個を分散して船に載せ40個が無事届くという寸法なのだ。

 大坂・江戸という頻繁に運行されている航路ですらこのありさまなのだから、能登・福浦から大坂までの西回り航路も同様に違いない。

「奥能登で採取した『地の粉』57個が大坂に48個到着し、そこから江戸へ40個届いて200両。運賃や海中破棄などの損を見込んで商売になる金額を設定している、という主張ということは理解できました。

 それで、売掛金でなく現金が必要な理由はなぜでしょう」


 清六さんが答える。


「それは、船頭に渡すためなのです。いくつかの問屋を経由しての依頼ですが、土を捨てる判断は最終的には船頭です。なので、途中で土を捨てずに無事運んだ船頭には、次回も宜しく、という意味で運賃の一部に見合う銭を直接渡します。それ以外は、年末締めの売掛金にしても良いのです。

 ああ、当然途中の問屋には売掛金で済ませますし、船頭に直接渡す分は差し引いておりますよ。

 重要なのは、こうやっておくことで、土を真っ先に捨てようとはしなくなることを見込んでいるのです。これは、瀬戸物・焼き物でも同じことなので、そこから得た知恵ですね。

 それで『地の粉』全部で5万貫ですと、420個を大坂の問屋から買い付けます。届くのが335個と見込みます。それぞれの船に平均6~8個積むとすれば、船50杯に分けることになります。それぞれの船の船頭に概ね1個1両相当の銀を報奨として渡します。あと、船頭自体にも届いた個数に応じた丁銀(銀約43匁)の報酬を出します。勿論、このことは事前に伝えてはおりますがね。すると、それだけでおおよそ現金で500両程度必要と見ています。もちろん、積む個数や運ぶ船腹数は、大坂の問屋で決めることなので、言われるままということなのですがね。

 これが現金を必要とする理由です。

 今回頂いた現金200両を上手に使って土が切れ目無く届くよう計らいますが、おそらく年末までに手元金が切れない様に、後300両ほど提供頂くことになります。もっとも見込みなので、土を運ぶ船の数や買い付ける土の個数が変われば、必要な金額も変わります。沢山積んで無事着く船が多ければ、船数が減りますので、現金で頂く金額は減ります」


 こうなると『半額を現金で』という話ではなく、運ぶ船の数、土の数に応じて現金が入用ということで納得がいった。

 清六さんの所も、到着する荷を増やすべく、また少しでも利益を確保すべく工夫を重ねているのだ。

 現金が必要な事情を理解した義兵衛は、山口屋主人の清六さんと番頭の吉利さんに丁寧に礼を言い、工房に戻ったのだった。


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