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積み荷の海中投棄 <C2283>

 瀬戸物を扱う山口屋の帳場で、主人の清六さんから卓上焜炉・七輪の取り扱いについての抗議を受けている。


「それは、そもそも木炭加工品を売るための道具ということでご理解ください。小炭団という木炭を売るために、薪炭問屋の萬屋さんを頼ったことから始まったことなのです」


 義兵衛は今までの経緯について、その概要を説明した。

 話を聞き終えた清六さんはこう言い出した。


「それで、その卓上焜炉や七輪は、火を使う道具ですが、この山口屋で取り扱うことはできませんかな」


「卓上焜炉については、萬屋さんとの契約があったり、萬屋さん自身が直接委託生産して居るのでそちらと交渉してもらう必要があります。もしくは、独自に卓上焜炉を委託生産されるということもありでしょう」


 義兵衛は秋葉神社が卓上焜炉を売り出そうと動いたことの顛末を、焜炉供養の部分は抜きにして説明した。


「このようにすれば、多少面倒ではありますが、卓上焜炉を扱うことができます。

 ただ、これから作る七輪は、椿井家から卸す恰好となりますので、依頼すれば扱うことはできましょう。一応、萬屋さんへの卸値は1個700文(=17500円)となっております。萬屋は1個1000文で小売りするでしょう。ただ、この七輪は練炭という木炭加工品があって効果が出るものなので、それ単独で置いていても売れるという代物ではございません。

 また、必ず売れると決まった訳ではないので、仕入れても無駄になることも充分有り得ます」


 果たして、清六さんは腕を組んで考えている。

 話が一向に進まないので、再度問いかけた。


「今回、すでに辰二郎さんの所に運びこんだ『地の粉』6千貫(22.5トン、約11立方メートル)の代金として200両(2000万円)納めさせて頂きましたが、6月末日までに工房で7月使う6千貫について、場合によっては1万貫(37.5トン、約18立方メートル)になるかも知れないと番頭さんから聞いております。その場合のお値段を教えて頂きたいのです。

 年末まで結構な量の『地の粉』を使いますので、このあたりの価格と、可能であれば売掛金として扱いたいのです」


 清六さんはゆっくりと語り始めた。


「ご要望頂いている『地の粉』ですが、わざわざこれを指定するということですから、奥能登で採れる特産品ということはご存知ですよね。そして、能登半島にある福浦で積み込み、大坂に運んでそこの問屋の倉庫に積みあがります。そして、大坂の問屋から山口屋が買い入れ、廻船問屋に江戸まで運ぶよう依頼して持ってきてもらっています。

 1万貫買い付けて、これを何艘もの船に載せますが、船であるがゆえ海が荒れると無事に荷が着かないということがしばしば起きます。難破しそうになると、安くて重いものからどんどん破棄するのですよ。土の塊なんか真っ先で、海中投棄した損害は、発注元である山口屋が被ります。もちろん、若干の保証金は受け取りますが、捨てた商品は戻ってきません。再度時間をかけて取り寄せるしかないのです。

 そういった被害を見越しての6千貫200両です。1万貫なら333両でしょう」


 これは、冗長で物を持つ良い例かも知れないので、どう理解したのかを安兵衛さんに聞いてみたくなった。

 しかし、話の途中なので、後回しにするしかない。

 それで、清六さんは『海難保険料が込みになるので単価を高くしている』ということを言いたいようだが、ちょっと理解ができない、という風を装う。


あきないにからむ銭の扱いなので、御武家様には難しい話かもしれません。ただ、廃棄は正直どうにもなりません。

 ちょっと違う例えになるかもしれませんが、解説してみますので判ってください」


 清六さんは、2千貫50両分の土を載せた船4艘を仕立てたとしてのことを説明した。


「この内1艘の荷が失われても6千貫が確保できます。ただ、その場合全部で200両かかっておりますでしょ。そうやって海難事故に会うことを織り込んでいるのです。

 もし、2艘の荷が失われると大赤字、4艘全部無事到着すると黒字、3艘ならトントンという形にしてなんとか遣り繰りしているのです」


 極端な例で説明するので、余計ややこしいことになっている。


「海難損失分を見込んで定価をつけているので、長い目で見て6千貫200両は妥当ということですね」


 清六さんは、おや、という顔をした。


「廻船問屋の慣習について、御存じなのですか」


「いえ、今のお話からの想像です。4艘という例えでしたが、実際はもっと少ない量に分けてもっと多くの船に乗せているのでしょう。なので、平均的な海難率にちょっと上乗せしている金額、といったところでしょうか。

 能登・福浦から大坂までは西回りの千石船で大坂の問屋が売値を決めているのでしょう。大坂で買い入れて江戸までは菱垣廻船問屋扱いですよね。辰二郎さんから話を聞いて、大坂と福浦に扱い量を増やすように連絡済でしょう。閏7月以降は毎月8千から9千貫で年内に計5万貫もの『地の粉』が要るという話ですから」


 主人の清六さんと番頭の吉利さんは、何かが顔に当たったかのようにポカンとしている。

 横を見ると、安兵衛さんと辰二郎さんも同じようにポカンとしている。

 同じポカンでも多分中身は『なんで部外者は知らないようなことをこいつは知っているのか』と『なんで自分達が知らないようなことを義兵衛は知っているのか』と似てはいても大きく違うのだろう。

 しかし、まずここは山口屋側を攻めてみよう。


「ええと、菱垣廻船問屋で、どの程度の船を運行されていて、ここ1年の間に新しい弁才船はどの程度、何杯出ているのでしょうか」


 義兵衛の問いに怪訝な声で番頭の吉利さんが答えた。


「そうですね、使っている弁才船ですが、以前は300石積み(45トン積み)が多かったのですが、今は500石(75トン)の船が増えています。大小合わせて全部で150隻程もあります。そして新造船は15~6杯程度ですか。

 ああ、樽廻船は酒専用という申し合わせがあったので含んでおりませんよ。

 それで、それだけで何か見えるのですか」


「はい、言われた内容に、おおよその見当をつけています。

 1隻が大坂・江戸間を年4往復していると考えれば、延べ数で年間600往復されておりましょう。新造船が難破し破棄された船を補うものと仮定すれば、2分5厘の損耗率です。船を破棄するほどではないが、商品を海中投棄せねばならないようなものが4倍程度あるとしても、被害を受けるのはせいぜい荷の1割程度でしょう。重い荷は真っ先に船底に積むので、簡単に海中投機されるものでないとも思います。むしろ、最後まで残っているのではないでしょうか。

 4往復でなく6往復はできていると考えるともう少し小さい損耗率ですが、まあ、4往復と見ますよ。

 それで、山口屋さんは『地の粉』の被害率を通常の荷と比べ2倍以上と見做していますよね。海中投棄されやすい品だから、と説明されておりましたが『それだけではない』と見ました。かなり余裕を見て、卸値を設定されておりませんか。ましてや投棄された分については保証金・見舞い金程度かもしれませんが、無事届いた荷主から集めたお金が渡されるのでしょう。

 今般、膨大な数量を運んでいただくので、一律の割合を当てはめると思わぬ割高についてしまいます。なので、出費する側としては、費用をできるだけ抑えるようにしたいのです。

 大坂の問屋や奥能登の福浦にどのような話をしているのか、私に明かして頂けないでしょうか」


 この返答に、清六さんは驚きを通りこしている表情になっていた。


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