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瀬戸物屋・山口屋清六さん <C2282>

 暫く茶の間で雑談をして待っている内に、千次郎さんと善四郎さんが戻ってきた。

 料亭・坂本のような回答困難な質問はなく、これだとどんどん説明して周れば良い、との判断をしている。

 ただ、委託金額・寄進額や報奨金額についての関心は高く、この金額の設定が重要という認識を持ったようだ。

 これ以上、この茶の間で待つ必要はないと思われたので、千次郎さんに今後の予定を説明した。


「今丁度、萬屋さんの倉庫に七輪が搬入されている頃と思います。それを見届けた後、深川の辰二郎さんの所へ行きます。もし、何か連絡がある場合は、辰二郎さんの工房へお願いします。諸々のことが終わりましたら、また萬屋さんの所に戻ってきます」


 そう言い残して、八丁堀にある萬屋の薪炭倉庫へ向った。

 丁度測ったように、七輪1000個が倉庫の指定した場所に収まったところだった。3段積上げる毎に横板を通して重量の均等化を図る方法によって、5段重ねではなく10段重ねにしている。一番奥は高さが10尺にもなり、取り出すのも順番がある恰好だ。


「義兵衛さん。こうすればどうにか1万個積むことができます。あとは、練炭の収納ですよ。倉庫一杯に積むのは、それはそれで壮観ですが、これらを早く売り切りたいものです」


 大番頭の忠吉さんが直接指揮し、手代が動き回っている。


「お約束通り、1000個でさぁ。次の1000個は13日なんで、今回のように宜しく頼むよ。萬屋は手代が手伝ってくれたから10段重ねもできたんだが、御武家さんの所は手伝いがいねえから、6段重ねまでだぜ。まあ、場所だけは充分あったから、それで良いのだけどな」


「辰二郎さん、それは申し訳ないことをしました。私が居ればどうにかできましたが……」


「おっと、これは義兵衛さん。陰口を聞かれちゃいましたか。

 今日はこの後、深川に戻ってから例の土を集めてくれている店屋の所へ行くのだが、その分だと一緒に来れるよな」


「はい、そのつもりでいます。もっとも、千次郎さんや善四郎さんの呼び出しがあれば、そちらが優先するので抜けることになります。今ちょっとせわしない状態なのでね」


 忠吉さんに挨拶をしてから、辰二郎さんと車引きの一行に交じり深川へ向かう。


「萬屋の倉庫は上手いことできており、物を積み上げるのに実に都合よい構造になっている。夏の間に蓄えた薪炭を秋口から売り出して売り切るという運用が染みついているからの作りだな。ただ、最初に入れたものは最後に取り出すしかない、というところは工夫が足りていないよな。薪炭相手では、足の速いものから使うという苦労がないからではないかなぁ」


 辰二郎さんが、七輪納入の折の感想を口にする。

 それぞれ扱う製品の特製から、ついそう思えてしまうのだろうが、薪炭問屋としての蔵の在り方なので文句を言うような話ではない。

 深川の工房に着くと辰二郎さんは帳場から昨日の200両を取り出し、深川・大栄橋向こうにある石島町・船宿横にある瀬戸物屋・山口屋の暖簾をくぐった。


「もうし、辰二郎でございます。能登の土の代金を持参しました」


 大きく声をかけると山口屋の手代が辰二郎さんを帳場に案内してくれた。

 帳場では、番頭が対応してくれる。


「引き渡しました奥能登の地の粉、6千貫(22.5t)の費用ですが、前に申した通り、30貫(113kg)あたり1両でございます。多少高くなってはおりますが、江戸中の土を買い集めた結果でございますので、そのあたりはお含みおきください」


 辰二郎さんは懐から200両を取り出し番頭に手渡し、そして義兵衛と安兵衛さんを紹介した。


「まずここに現金で200両あるので、あらためてくれよな。

 それから、こちらの義兵衛さんは今回の土を指定した張本人でさぁ。この200両も出元はこの義兵衛さんだぜ。長い付き合いになるので、一度顔見世しておこうと思ってな」


「それは、どうもありがとうございます。

 私、この山口屋の吉利と申します。山口屋は瀬戸物屋ではありますが、各地の焼き物を取り扱っておりまして、その関係で廻船問屋筋との伝を持っております。江戸の焼き物という関係で、辰二郎さんの工房とは懇意にさせてもらっておりますが、今回は焼き物の材料となる土、ということで頑張らさせてもらいました。

 今回は江戸中にあった『地の粉』の土を集めたのですが、まだまだ不足するということで、大阪の同業者や、土の出元となる能登・福浦にも声を掛けております。所望されたのが奥能登で取れる特種な土ということで驚かされましたが、商売になるのであれば厭いませんよ。ただ、能登ではタダ同然の土が、江戸では土1貫(3.75kg)が銀2匁(160文、4000円相当)なんて、面白いことですなぁ。値段の大半は運賃ですよ」


 辰二郎さんは山口屋の卸し価格をほぼ隠すことなく申告してくれていたことが判った。


「それで、番頭さんよぉ。次は7月に使う分の6千貫なんだが、どうなっているのかぇ」


「この先も結構な量が必要ということで、まずは大阪から前倒しして運ばせるようにしていますぞ。6月末までに6千貫も準備するというのは結構厳しい話ですが、どうにかなると思っております。ただ、その後も継続してしばらくは同じ量が毎月必要という辰二郎さんの言葉を信じて、多めの発注をしております。なにせ、運ぶのが土ということなので、海が荒れると真っ先に捨てられる荷物ですからな。

 それで、要望は6千貫となっておりますが、とりあえず1万貫を手配しておりますぞ。船便が全部届いたら、1万貫まとめて買い入れて頂けるのでしょうな」


「おう。問題はない。と言いたいところだが、義兵衛さん、そっちの方はどうかな」


「まず、金額の確認です。6千貫で200両ですが、1万貫まとめてとなると同じ率ですと330両程でしょうか。船が全部無事につくとなれば、多少負けてくれるのではないかと期待していますが、そのあたりのことは、慣習としてどうされているのでしょう。あと、半分を即金といわれておりますが、それを入れて椿井家への売掛金という形にできないでしょうか。

 何分、疎いもので、その辺りはお教え頂ければ、と思います」


 そのような話をしている最中に、瀬戸物屋の主人が奥から現れた。


「お客人、面白いことを申しますな。ああ、私はこの山口屋・主人の清六と申します」


 義兵衛と安兵衛さんはあらためて自己紹介した。


「御武家様が直接にこのような特別な土を求めるとは何やら不思議ですな。

 それも相当な数量があり、御殿様の道楽にしてはちと過ぎている感じでして、金額はさておき、事情をお教え願えませんでしょうかな」


 義兵衛は、辰二郎さんの工房でこの土を使い『七輪』を作ってもらっていること、土の代金が安定しないので義兵衛が直接持つことにして、製品作りに専念してもらうことになった経緯などを説明した。

 また『七輪』についての説明を求められたので『加工した木炭を中で燃やすための専用の火鉢のようなもの』と説明した。


「ほほう。あの土を使って作るのが『七輪』ですか。それで、それを薪炭問屋から売る、という次第ですな。土でできた製品であれば、うちのような瀬戸物屋を通すのが普通ですが、薪炭問屋から売り出すのですか。卓上焜炉と同じ構図ですかな。あの焜炉は焼き物なので、この山口屋で扱っても良いものなのですが、なにやら手が出ないようになっておりましてな、こちらとしては多少悔しい思いをしておるのですよ」


 話が妙な方向になってきた。


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