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興業の巻き直し <C2280>

 第二回の料理比べ興業が開催中止の危機に瀕しているように見えるのに、有効な対策を打ち出せないでいる千次郎さんと善四郎さん。

 その両名を前に、キツイことを言う義兵衛さん。

 思わず安兵衛さんが義兵衛さんをたしなめた。


「いえ、このままでは間違いなく崩壊です。事務方の寄り合いで、いたずらに議論していても時間が無駄になるばかりです。

 私の使命である、大飢饉で餓える人が出ないようにする活動の軸としている木炭加工の取り組みを、ここで終わらせる訳にはいきません。

 善四郎さん、失敗を恐れるあまり、遠慮しがちになっていませんか。千次郎さん、ここはきちんと締めてかかる所です。ここに居る2人が、仕出し膳の座・料理番付・興業のかなめです。事務方連との話は置いておき、一緒に知恵を出していきましょうよ。

 あと、本当は瓦版屋の主人も居たほうが良いのですが、結果だけ説明すれば判ってくれるでしょう。

 それで、事務方が相手にするのは料理人とは言え、料亭の経営者です。効果を座の利益になるお金に換算し、一番利益になる料亭から4番目までを今回の興業に掛ける、と言えば納得してくれるでしょう。例えば、座に100両出すから幸龍寺で仕出し膳を出させてくれ、というのも有りにしましょう。

 善四郎さん。ともかく、料亭の名前を有名にしたいがために安上がりな興業を利用しよう、という向きには遠慮してもらうことです。料理番付や料理比べ興業は、食の道・料理の業を高みに導く有効な仕掛けです。初回はともかく、安売りは止めようじゃありませんか。

 千次郎さん。商家の主として意地でも第二回の興業を単独の収支で黒字にしませんか」


 義兵衛は思わず熱くなって語ってしまった。

 だが、この熱がどうやら伝わったようだ。


「こりゃ義兵衛さんの言う通りだ。前の興業で評判を取っただけに、それをなぞることに一生懸命で、現状の繕いだけしていたようだ。勧進元がしっかりとどうするかを皆に見せなきゃ、興業の絵も描けねえ、ってことが今やっと判ったぞ。それで、どこから手を付けよう」


 善四郎さんが正気に戻ってきた。

 千次郎さんも、仕出し膳の座の立ち上げで四苦八苦していた頃のことを思い出し始めたようだ。


「では、こうしてはどうでしょう」


 義兵衛は、焦点を絞った策として、緊急寄り合いで説得の対象とする48料亭への事前交渉内容を説明した。

・6月20日に行う料理比べ興業は、前回と異なり単独で黒字とする。

・今回料理比べで審査対象とする料亭は4軒とする。

・選択は座への貢献度が高い料亭を優先する。

 貢献度の基準は9日に緊急の寄り合いで説明するが、事前に聞き取り内容を通知するので、明日8日朝までに答えが欲しい。

> 料理番付の異議申し立て理由:

> 希望する番付とその根拠。特に、料理を比較審査してもらいたい料亭と現在の順位

> 興業にあたり、座への寄進有無と金額

> 審査される対象となった場合の委託金額

 料理比べは指定料亭料理との直接対決形式で、勝てば委託金は戻るが、負ければ座が没収する。

 委託金額は、現在の番付順位に依存するが、まだ決めておらず、聞き取った結果を元に座・興業の支援金としたい。

 なお、審査対象との順位差が大きいほど、寄進額・委託額が大きい程貢献度は高い


「だいたいこんな所ですね。紙にも書いておきましょう。

 あと、武家側・商家側の行司役の各々1席、計2席について、今回、私の我儘わがままを通させてください」


 流石に二人は今までの色々な寄り合いで顔を突き合わせてきただけあって、この展開に充分慣れていて平然と受け入れている。

 しかし、安兵衛さんは初めて見る様子で大変驚いた。


「義兵衛さん、策をありがとうございます。行司の2席は義兵衛さんにお任せします。本腰を入れて取り組んで頂けるのですよね。色々と考えて頂けて助かります。

 では、さっそく48軒を手分けして当たりましょう。

 善四郎さんと私が一緒に行ったほうが良い店、そうですね、番付の東西3役、6料亭でしょう。

 善四郎さんと私がそれぞれ分かれて直接かけあったほうが良い店、これは多いですね。12料亭なので、各6軒を担当ですね。

 丁稚に使いしてもらう店、これは番付下段の30料亭。こんなところでしょうか」


 話は急速に具体化し、千次郎さんは3人の丁稚を呼んで、使い走りを指示している。

 善四郎さんは、何点かの疑問があったのか、義兵衛に確認をしていたが納得したようだ。


「時間がありませんので、我々は直ぐ出かけますが、義兵衛さんはここで待っていてください。丁稚が戻ってきたら話を聞いて結果をまとめておいて頂ければ助かります」


 ドタドタと2人+丁稚3人が出て行った後、茶の間は急に静かになった。


「義兵衛さん、これは一体なんだったのでしょう。善四郎さんはあの高名な料亭・八百膳の主人ですよ。千次郎さんだって、ここ萬屋の主人ではないですか。

 二人とも来るなり、義兵衛さんがバタバタと指示を出したら、いきなりそれに従って動いたりするなんて、普通はあり得ませんよ。失礼な言い方ですが、義兵衛さんは16歳の小僧ですよ。行司席もあっさり2席を義兵衛さんに割り振りましたが、こんなことはとても信じられません」


 安兵衛さんは不思議そうなもの見た、という表情で義兵衛さんに問いかけた。


「いやぁ。改めてそう言われるとそうですね。確かにちょっと異様かも知れません。

 時間が無いことが理解されたので、聞き直しや内容の変更もせず、さっさと動いたのでしょう」


「いえ、そこではなく、なんで義兵衛さんの言うことをあっさり受け入れたのか、ですよ。

 これだと、義兵衛さんが若旦那で、あの二人が番頭という風情ですよ。いや、御奉行様が白洲に居並ぶ商人を裁くところと同じ感じがしました。なぜ義兵衛さんにそんな真似ができるのですかねぇ」


 これは説明が難しい質問で、腕を組んで考え込んでしまった。


「結局これが『信用』ということなのですかね。

 最初からこうだった訳ではないのです。千次郎さんや善四郎さん相手に、焜炉料理や仕出し膳の座、料理番付、料理比べ興業、卓上焜炉の許認可制度といった、今までに手掛けられていなかった取組を一緒にしてきました。

 どれも目新しいことばかりなので、順風満帆という訳ではなく反発されたり反論されたり、いざ始めてから手直ししたり、議論したりと大変な思いを一緒にしてきたつもりです。そして、私はどの試みも手を抜かず必死で頑張って、どうにかここまでやってきています。やれて来ています。万一、変なことになっても、私が知恵を出してどうにかしてくれる、と思っているのでしょう。そのネタになると理解して行司席もあっさり寄越したのでしょう。

 なので、そのような私を信頼してくれているのだ、と思いますよ」


 それこそ『実績』に裏打ちされた『信頼』なのだが、そこの所を判ってくれるだろうか。


「なぜ、こうも頑張れるのですか。義兵衛さんは、今まで聞いた取組の中では責任ある立場ではないですよね。立場ということで私が認識できているのは、七輪の製造監督・資金手当てくらいですが、料理や焜炉で表に立っているのはあの二人ですよね。必死で頑張って、上手くいけばあの2人の知名度・名声があがるだけですよ」


「そうですね。全くもってその通りです。私が頑張っていろいろと成功が重なり、それを見ている世の中の人は、表に立って責任を取っている人を賞賛する、でいいではないですか。私はその人達に信頼される訳ですからね。私の目的を成就させるための手段なのですから」


「それで、改めて聞きますが、義兵衛さんの真の目的とは何なのですか」


「一言でいえば、里の皆が餓えないようにすることです。今は金を稼いで米を買い、これを蓄えて飢饉に備えることです。

 私が怠けた結果里の人が餓死する、というようなことがあってはならないのです。私は一人ではなく、後ろに50人もの餓えるかも知れない人を抱えている、という危機感を持って村から出たのです。

 もっとも私は50人位でしたが、御殿様は里全部の領民約500人をずっと背負われているのですよ。でも、私がいろいろと取り組んでいる結果、御殿様が背負っていた500人分がこちらに掛かって来るようになった感じです。今私が背負っている500人が餓えないで済むなら、何でもしますよ」


 安兵衛さんは不思議な顔をしている。


「旗本が領国・領地を持つというのに、そのような意味があるとは思いもよりませんでした」


『何かいい話をしてしまった感じかな』


 そう思いながらも茶の間で時間が流れていく。


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[一言] 深イイ話だ。
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