細山村の名主・白井与忽右衛門のところへ行きました <C227>
お殿様の下命は絶対正義という時代です。今で言う創業社長の鶴の一声です。お上を信じて従いますが、裏切られ続けると、恐い状況になります。思いやりと忖度、上手くいっている内はWin-Winですよね。今回は隣村に人手を借りる相談のところです。
翌日は、昨夜決まったことを行動に移すため、大変忙しくなった。
まず早朝に義兵衛は助太郎の家に行き、貯水池についてはいつでも取り掛かって良いことになった旨の説明をした。
「ただし、水については隣の田や下流の田に迷惑を絶対かけないように注意する、という指図があった」
という一点だけ伝た。
そして「今朝の時点でこれが準備できる練炭の全部だ」という声を聞きながら、準備できていた背負い篭を見ると、6個も括り付けてある。
気が利く助太郎に感謝すると「お殿様への献上なら、気を利かせて恩を売っとかなきゃ」という声とともに送り出してくれた。
義兵衛は篭ごとかっさらってすぐさま家に引き返した。
次に、守り仏を持った百太郎と孝太郎、それに義兵衛の3人で、隣村の白井家に向かう。
水車のための人手を借りることと、お殿様への取次ぎをお願いするためだ。
ことの趣旨は、昨夜下男を走らせて連絡を入れてはいるが、やはり面と向って話すのが一番なのである。
「場合によっては、思兼命様のこと、飢饉が迫っていることを伝える必要があるかも知れない。
しかし、その判断はワシが行う。
そして、その話をすると、金程村だけでなく細山村、あるいは地域全体でなんとかするということになるかも知れない。
ただ、今は実績もないので、極力その方向の話しをすることは控えたい」
俺の立場『はらへった防止作戦実施員』の活動範囲や村の将来を左右する話に発展し兼ねない案件だけに、いつ・どこまで話すのかという点について、経験豊富な百太郎が上手くカードを切ると信じよう。
「与忽右衛門さん。先日に続いてお世話をかけます。
田起こしが本格的になる前に村の中に水車をこしらえることにしたのですが、どうも村の男手が足りなくて困っているのです。
手間賃をきちんとお支払しますので、何人か助っ人を貸して頂きたい、というのが今回の与忽右衛門さんへのお願いです。
もちろん、お殿様のご了解が得られてからになります」
「まあ、立ち話という訳にもいかないので、ささ、こちらへ」
3人揃って座敷に通された。
「まあ、今の時期なら少しゆとりがありますが、主にどういった作業になりますかな」
ここで、孝太郎にバトンタッチした。
「水車関係の工事は不肖私が仕切るということで進めていますが、人手が足りなくてこのような仕儀になりました。
よろしくお願い申し上げます。
図面をご覧頂きたくお願いします」
「ちょっとまってくれ、内の喜之助も参考にしたいので、この場に参加して良いかな」
人を動かす話なので、喜之助さんがいても不思議ではない。
それよりも、この水車で何をするのかが気になっていることがアリアリだ。
喜之助も座敷にやってきて、挨拶を交わして座り込み、金程村の図面を見つめた。
「この谷戸の中腹、一番端の田に貯水池を作り、そこから水平に水路を掘り、崖の手前で竹筒にて水を引き出し水車を回す計画です。
手当が付かないのが、この水路のところです。
約3町30間(=約380m)、斜面の起伏を縫うように掘って水路を作る予定です。
水が抜けないよう竹の樋を敷いていくつもりです」
「孝太郎さん、なかなか手間のかかる工事のようですが、この水車で何をなさるつもりなのですか。
普通の田へ水を汲み上げる水車とは随分違うようですが」
与忽右衛門さんの期待に沿うかのように、喜之助さんが孝太郎へ質問を飛ばす。
百太郎は、そのまま答えろと目で合図する。
「先日、お殿様に披露しました練炭について、村内で量産しようとしており、そのため木炭の加工に水車の力を借ります」
「水車の力で木炭に何をなさるつもりじゃ」
与忽右衛門さんはここに核心がると見て、身を乗り出してきた。
「木炭を石臼で一旦粉にするのですよ。
粉にした後、これをつなげて固まりにする。
まあ、仕掛けは実は簡単なのですな」
孝太郎に代わって百太郎が質問を受ける。
金程村での練炭作りに細山村も一枚噛みたいという要望が出ることは、実は見えていた。
練炭が、ザクと呼ばれる安い木炭から作ることができ、高値で売れるという事実を知れば、どこだって真似したくなる。
今はまだ、どうやって練炭を作るのか、が関心時なのだ。
なので、炭を粉にしてこれを固めている、というのは、先日実物を見たにせよ、今初めて知ったことなのだ。
「お館の庭で実演した時には判らなかったが、そういうものだったのですか。
あの後、椿井甲三郎様から補充の練炭はないのか、と問い合わせがこちらにありました。
献上した練炭と火鉢が大層お気に入りのようで、なんでも屋敷の皆に暖かい白湯を振舞って悦にいっていたが、昨夜練炭を切らしてしまったので持って来いとご下命がありました。
生憎、練炭を作っているのが金程村だけと説明したら、大変残念がっておられました。
全部売りに行った後、お殿様に献上したもので底をついたのでは、とも補足をしておきました。
が、もしや、今回お持ち頂いたのは、その話題の練炭ですか。
もしよろしければ、1個見せて頂きたい」
喜之助さんがズバズバと容赦なく切り込んでくる。
義兵衛さんは、背負い篭から練炭を一個取り出した。
改良した型で作られたもので、練炭の側面には「金程」の掘り込みがついている。
「まだ、練炭作りは緒についたばかりで、まだ色々と工夫を織り込んでいく途中のものです。
いわば、試作品なのでそのあたりをご承知ください。
また、村にある練炭を全部持ってきてしまったので、追加をご下命されても、数日待って頂かねばなりません」
義兵衛は、与忽右衛門さんと喜之助さんにも聞こえるように言いながら、孝太郎に手渡した。
孝太郎は、百太郎の顔をチラッと見ながら、練炭の塊を喜之助さんに渡したのだ。
喜之助さんは、これを手に持って持ち上げたり、レンコン穴を仔細に眺めたりしたあと、与忽右衛門さんに渡す。
与忽右衛門さんもこれを眺めた後、指で押したり、爪で表面に筋をつけたりしている。
指についた炭を目の前にくっつけるように持ってきて観察している。
「確かに、木炭の粉ですな。
これを固めて売るという発案は、義兵衛さんですか。
素晴らしい発想ですな。
お殿様の覚えもよく、金程村は安泰ですな。
今回持参したものは、お殿様には献上するしかありません。
が、こちらにも火鉢と練炭を是非譲ってもらえませんか」
与忽右衛門さんの無心である。
「七輪という専用の火鉢は、現在開発中なのであと10日程待って頂けますか。
練炭については、試作品であれば数日中には数個、ご提供できると思います。
いずれもまだ試作品、お試しの物ということでご理解ください」
多分、7日ほど前に作った七輪をそろそろ焼く時期だし、練炭も明日になれば何個かは乾燥して仕上がるに違いない。
これを渡して、代金は百太郎側に掛売り分がつくのだろう。
値段の話しは出ないが、普通の人足の日当が100文=2500円相当であることから、多分水路作りの助っ人の手間賃で相殺ということで決着がつくに違いない。
これでまた、登戸村の加登屋さんの所へ渡すのが遅れるか、減るかだ。
かなり大掛かりな動きをするときには、それなりの根回しが必要です。でも、そういったシーンはなかなか筆が重くて困ります。実際は、こんなにスムーズに話しが進む訳ないのは知ってはいるのですが。
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