御用の使者 <C2265>
■安永7年(1778年)6月4日(太陽暦6月28日) 憑依116日目
今日は深川から出来上がったばかりの七輪が1000個届く日ということで、朝からそわそわしながら家臣長屋で待っていると、紳一郎様からお呼びがかかった。
屋敷の中で普通は滅多に使わない公式の御用の時にだけ使われる座敷へ伺うと、なんと御殿様が下座に控えており、そして上座に北町奉行・同心の戸塚様が座っている。
飛んだ間違いを仕出かしたのではないかと怯えながら、この特別な座敷に入り、紳一郎様の左後ろに義兵衛が畏まると、戸塚様の横に座った真顔の安兵衛さんがおもむろに口を開いた。
「御用である。
旗本・椿井庚太郎殿へ北町奉行・曲淵甲斐守様よりの沙汰を伝える。
『田沼様から指図がある。書状の内容を口頭にて松平越中守に直に伝えよ』とのことである。
内容は、ここに居る3名の他には決して漏らしてはならぬ。また、この書状はどこにも残してはならぬ。伝えた時の様子は、義兵衛より私・浜野安兵衛に伝えよ。
以上である」
そうして、曲淵様の前に置かれている書状を採り上げ、御殿様の前に差し出した。
御殿様が書状を広げて読む間に、同心の戸塚様が口を開いた。
「田沼様は、先日の巫女様の提言に基づいて色々と動き始めておる。
将軍家のお召し上がりになる御膳の内容や、家基様の乗馬の件で手を打っておることは承知しておろう。更に、あの場で巫女から伝えられた話の中にあった越中守様の待遇について、表に出ぬように動いておる。ところが、田沼様と越中守様は仲が悪く、連絡を取っておることが漏れると企てが御破算になることもあると考えたのよ。それで、つなぎとしてワシに考えよと申されてな。
それで、相談をした結果、ことの次第を事前に繋ぐ役として、経緯を知る椿井家が最適とご判断なされた。
特に義兵衛、御主は事情を知っておるが、若いがゆえにあまり人目につかぬ。そして世間ではまだ小僧で通ろう。日本橋・具足町の萬屋と越中守様の屋敷は楓川を挟んだ向かいになっており、炭屋の丁稚が御用聞きに裏から入る風になるであろう。松幡橋を渡れば直ぐの距離であろう。連絡を取るのに誠に都合が良い。
そして主・椿井庚太郎殿には、今は何の得にもならぬ役割じゃが、田安家と顔を繋ぐ良い機会という風に捉えておくが良い。なに、最初に御挨拶と義兵衛の紹介だけしておいて、後は義兵衛に任せればよい。
最初につなぎを得るための小道具として、曲淵様より特別な薬籠を預かっておる。これを見せて案内を頼めば、老中・奉行からの申し入れということが判り、顔合わせは早かろう」
御殿様は戸塚様に平伏すると返答した。
「御用の向き、しかと受け賜りました。早速に、越中守様に言上致します」
安兵衛さんは、戸塚様から薬籠を受け取り、御殿様に下げ渡した。
御殿様は、薬籠の表・裏に描かれた複数の家紋に驚いている。
公式の座敷から戸塚様、安兵衛さんが退出すると、御殿様は書状を紳一郎様と義兵衛に示した。
『松平越中守が田安家当主として戻ることにつき、奥向きを説得し、お上に言上することとなった。向後、根回しの状況は椿井家の者を通して伝えるので便宜を図られたい』
そのような趣旨のことが書かれている。
御殿様は困ったような顔をしながら義兵衛に説明をする。
「御用ということで、ここまではっきりと言われてしまってはしょうがない。
まずは、義兵衛。御奉行様から預かったこの薬籠を持って越中守様の屋敷へ行き、越中守様のご都合を伺ってこい。その時刻に合わせてワシと一緒に訪問致そう。さあ、早く行って来い」
こうなってしまうと、深川からの荷の到着を待っている訳にはいかない。
荷が来た時の手はずについての説明を紳一郎様に手早く済ませ、屋敷の門を飛び出すと、安兵衛さんが門の外で待っていた。
「私は細江殿の護衛役です。伝達の御用は先ほど終わり戸塚様は先に奉行所に戻りましたが、私はまだ一緒についていくことになっておりますので、御了解ください。同席すれば、一々報告を伝達する間も省けましょう」
事情を道行で聞くことも憚られるので、同行の件を了解しともかく先を急いだが、用向きが済んだ後は曲淵様の所で何があったのかを問い詰める気になっていた。
そして、その時頭の中を駆け巡っていたのが、これから起こる未知の未来のことなのだ。
『もし、松平定信様が田安家の当主となったら、俺の知っている歴史はどう変わるのだろうか。
少なくとも、寛政の改革は松平定信様の手によってなされることはないだろう。
それ以前に、反田沼の旗頭が居なくなるが、では代わりに誰が務まるのか』
『神託事象を回避する策を採ってはいるが、万一家基様が急死された後、不在となった将軍家の跡継ぎに一橋家の豊千代様が押し込まれるという格好になると、結局一橋家の血統で占められることになる。やはり、家基様が急死されないことが一番望ましいに違いない。しかし、それは飢饉対策と何も関係がない話なので、いくら考えてもしょうがないじゃないか』
竹森氏はいろいろ悩んだが、結果として飢饉対策にはあまり影響がないだろう、ということで思考を停止した。
丁度、松平越前守邸の門に到着したからでもあった。
門脇の門番部屋に向かい口上を申し述べる。
「私、旗本・椿井庚太郎の家臣、細江義兵衛と申します。主が越前守様に直接申し上げねばならぬ御用があり罷り越しました。お取次ぎをお願い申し上げます」
門番は横手の通用口から顔を出し、まだ若い武家2名が立っているのを確認してから、通用口を潜らせ、門番部屋へ通した。
「今、担当のものを呼んでくるので、ここで暫く待たれよ」
「町奉行からの要請で、急ぎの御用ということもお伝えください」
義兵衛の声に門番が1名、奥へすっ飛んで行った。
やがて、年季の入った老人が現れた。
「ワシは陸奥白河藩・江戸留守居役の代理で宮久保弥左衛門である。町奉行からの要請ということで話を聞きに来たが、どういった内容かな」
「我が殿から越中守様に直接申し上げねばならぬ御用を町奉行・甲斐守様から指図されており、こちらの御殿様のご都合を伺いに参った次第です。その証として、こちらの薬籠を預かっております」
義兵衛が薬籠を差し出すと、宮久保様は受け取り、薬籠の家紋を確認して驚いた表情を見せ、厳しい表情で義兵衛に問うた。
「これはいかがしたものか」
「はい、今朝ほど町奉行・曲淵甲斐守様のお使いの方が当家屋敷に見えられ、御用の説明と同時にこの薬籠を預けていかれました。『この薬籠を見せれば話は通る』と聞いております。是非とも、ご都合を伺いたく、よろしくお願い申し上げます」
薬籠を手に、何か思案顔の宮久保様であったが、やがて教えてくれた。
「昼八つ時(夏場は午後2時過ぎ)であれば半刻ほど時間が取れよう。まずは、昼九つ時(正午)過ぎにこの屋敷に参られよ。当家家老に用向きの話をして頂き、それから殿への目通りとなろう。お忍びに近い格好での訪問となろう故、供は不要である。ただ、そなたらは顔で見分けるので必要じゃ。
あと、この薬籠は急にお目通りする説明のため必要じゃ。ワシが預かっておく。昼に必ず返却致そう。
それと、両名、それぞれの名前をもう一度教えてくれ」
「旗本・椿井庚太郎の家臣、細江義兵衛と申します。早速、屋敷に戻りその旨伝え準備致します」
「私は、北町奉行・曲淵甲斐守の家臣、浜野安兵衛と申します。我が殿より、義兵衛殿の護衛を命じられ同行しております」
挨拶を終えると、義兵衛・安兵衛は椿井家屋敷へ大急ぎで引き返したのだ。
ここより大きく政治が変わっていくのです。そして相変わらず忙しい義兵衛なのでした。




