貯水池を巡る談判 <C226>
小説の中ですが、助太郎は本当に頼りになります。今回は貯水池をどう造るかの話です。進みが遅くて申し訳ありません。
「少し長期的な見通しも含めて、思兼命様から聞こえた言葉を僕なりに考えて伝えたつもりだ。
木炭加工の作業については、助太郎が中心で進めるということなので、僕があまり色々な解釈をした内容を伝えるのは問題かも知れない。
でも、僕は助太郎と一緒にこの仕事をするのが楽しい。
一杯色々考えて、考えたことを助太郎が確かな腕で実際の形にしていくのを見るのが好きだ。
これからも、ここにちょくちょく来てもいいか」
「当たり前だ。
これは、義兵衛さんがやろうと言い出したことなんだろう。
村の人に、子供らにひもじい思いをさせないための重要な仕事なんだろ。
よそよそしいことを言うなよ。
一緒にがんばろうぜ」
義兵衛は助太郎の手をガッシリ掴み、頼むぞと言わんばかりに振った。
「それはそうと、水車関係の話しだ。
兄・孝太郎と話しをしたんだが、人手が足りなくて、出来上がるのが4月の田起しにかかる感じなのだ。
七輪につかう粘土のこともあり、貯水池だけでもなんとか手伝えないかと思ったのだが、この陣容では無理だな。
なので、粉炭の生産作業について当面は今までと同じように、鑢で擦るしかない。
それとも、石臼を人手で回すことにするか。
鑢と違って、少し小ぶりの石臼なら、女手でもコツなしで粉炭を作ることができる。
その方法も検討してくれ」
「なるほど、石臼を手で挽くなら上手くいきそうだ。
実は、粉炭を作るところが結構困っていたのだ。
ちょっと試してみよう。
あと、水車の遅れだが、俺一人でも貯水池についてはなんとかしたい。
掘り出した粘土を乾かないように管理する必要もあるだろうし、貯水池には一枚噛んでおきたい。
どうせ、水車小屋と水車・石臼は、父・彦左衛門が担当することになるのだろう。
一番最初と一番最後を親子で分担して作るなんて、なかなか面白いと思うぞ。
いつから田を掘っていいかを決めて、教えてくれればその日から始める」
本当に助太郎はいい奴だ。
「判った。明日にでも日取りを伝えよう。
練炭作りで色々といったが、こういった工夫を織り込んでもらえるのであれば嬉しい。
あと、もし出来上がっている練炭が2~3個あれば用意しておいて欲しい。
先日、お殿様に実演して見せたが、その後もし使っていれば練炭切れを起こしているはずだ」
挨拶もそこそこに、すっかり癒された義兵衛と俺は家に帰った。
家に戻ると『すぐ書斎に来るように』と言われており、義兵衛は書斎へ向った。
書斎では、父と兄が話し込んでいる。
「ただいま戻りました」
「うむ、ここへ座りなさい」
向き合う二人を横で見る場所に座った。
俺の正面には書見台があり、そこに古ぼけた小さな摩利支天像が置かれている。
設定に慣れるには、努力がいる。
多分、この摩利支天像が近くにある場合だけ、義兵衛は思兼命様から言葉を賜ることができるという縛りを装うのだろう。
「木炭加工の状況はどうだった」
軽い前振りだが、ここは兄・孝太郎への援護射撃を交えて返答しよう。
「助太郎は大変張り切って準備を進めています。
ただ、各家から手伝いが出ていましたが、寺子屋に通う子供が3人と、米・梅の2人です。
思ったような感じではなかったのですが、村の状況からやむなし、といったところです。
津梅さんのところの孫・福太郎が加わっていました。
津梅さんは人手不足で苦しい中、積極的に取り組みたいという意識の表明と見たいですね。
工房では色々な作業をさせてみて、まずは人と仕事の向き不向きを調べています。
本格的に練炭を作り始めるには、もう数日かかるようです」
「まあ、人が足りないのは判っていた話だ。
水車の方も、孝太郎が困っている。
最終的な目的が、飢饉対応ということなら、優先順位を組み替えても良いのではないかな」
百太郎は、意外に現実的な見方をしている。
ここであまり強固な主張をして、芽を潰す訳にもいかない。
「取り組みについては、必ずしもこうでなければならない、ということはないと思います。
順序については、臨機応変で柔軟に考えましょう。
結局のところ、水車は木炭加工のところで使う粉炭を、人手をかけずに作りたいということなのですから、方法はあります。
ただ、貯水池だけは先行して作っていいですか。
伊藤家の田なので、ここに手を入れても他家には迷惑が掛からないと思います。
木炭加工の人手で池の事は先に進めたいのです」
微妙な綾を織り交ぜて承諾を得ようとしている。
父は腕を組んで天井を見上げ、フゥ~と息を吐き出した。
難しいことの断を下そうとするときの父の癖である。
「よかろう。あそこの田をどうするかは、義兵衛に任す。
お前の思うようにしてよい。潰してもよい。
ただ、水については隣の田や下流の田に迷惑を絶対かけないように注意してほしい」
上手く了解を得たついでに、その用途についての構想を話す。
「あまり大きくない田、むしろ小さい田ですが、使う方針だけここで説明します。
まず、だいたい半分を1間ほど掘り下げ、貯水池にします。
掘り下げた底からは取水用の筒を取り付けます。
なので、田より低い位置の雑木林側に水路の起点がきます。
今は水路まで手が回らないので、筒に栓をして水が溜まるに任せます。
そして、掘り下げなかった、残りの半分は救荒食物の栽培実験の場所として使いたいと考えています。
今まで栽培したことがない薩摩芋・馬鈴薯なので、ここの季節や水に合わせてどんな風に育つのかを見ておきたいのです」
「今年様子を見て、来年広げるという方針なのだな。
それは良いが、お役人様へ紹介頂くことを申し出ねばならない。
何か存念はあるのか」
「先々代の将軍・吉宗様の時に、救荒作物として薩摩芋の栽培を奨励した、という話が伝わっております。
金程村でも薩摩芋の栽培を試みたいという嘆願を書いて、これにお殿様から添え状を頂ければ良いと思います。
添え状があれば、江戸の小石川薬園で関係する方へ取り次いでもらえると思います。
万一、こちらが不調の場合は、実際に栽培している下総国千葉郡馬加村へ赴き、種イモを頂いてくればよいと思っています」
結局、水車設置で兄・孝太郎が困っていることには一切口を挟まぬまま、話を進めてしまった。
父は、嘆願書の作成にとりかかり、兄と義兵衛は書斎から退出した。
「お前は助太郎という手駒があっていいよなぁ。
俺の仲間は皆年上で、俺が一番年下なのでなにかと頼みにくいのだ。
人を動かすのに、いちいち親の手を借りねばならない、というのは煩わしい。
この歳になってもそれ位のことも出来ないのかと思うと、恥ずかしくもある。
力になってくれ」
兄は、兄なりに悩んで何とかしようと足掻いているのだ。
早く箔をつけようと焦る父の方法も判るが、実績や実力が伴わなければ、ここでは何の権威もないのだ。
あと4年後から始まる冷夏や噴火で大飢饉になることを真剣に考えれば、それにきちんと対処することで次期名主としての実績や実力を示すことができるようになるはずだ。
すでに材料は父・百太郎に話しているし、いずれ父も俺もいなくなる。
長い目で見て、この混乱を上手くチャンスとして生かすことを考えてもらいたいものだ。
兄・孝太郎が弱音を吐いてしまっていますが、集団の中の立ち位置というものは何か自然と定まってくるものなのでしょうか。内心頑張るんだ孝太郎って思いますが、なかなかいいところが出てこない役回りです。




