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北町奉行所の土蔵の中で <C2256>

 土蔵の2階は思ったより快適である。


「それで義兵衛、1万両を超える金子が動くと勘定奉行から何らかの詮議が入るやも知れぬという話は、どこから聞いた」


「はい。同心の戸塚様と里へ同行する折、そのように話すのを聞きました。

 戸塚様には通常は上司と仰ぐ与力の方はおられず、直接御奉行様からの指揮のもと動いておられることから、隠密廻りではないかと疑っております。また、金銭の動きについてもかなり聡く、勘定奉行内にもつてがあるようにも見えます。

 御公儀の懐具合を推測するのは恐れ多いことかと存じますが、田沼様がやっきになって差配しておりますのも、全ては御公儀の財務状況を改善されるために行っているのではないでしょうか。そうすると、詮議の席では、何かのついでに御公儀の財務改善の思案について言及されるのも良いかと思われます」


「うむ、よう判った。

 では里でのことを順を追って話をしておく。もそっと近く寄れ。

 まず、義兵衛のことは、富美と話をしており、義兵衛の神託は阿部あべみ様がもたらしたことが判明しておる。

 富美が最初の神託で皆の信頼を得ることに失敗し、表に出れぬようになったゆえ、義兵衛に神託をもたらしたのじゃ。

 そして、義兵衛が活躍した結果として富美を見出してくれた。現状のように、富美が神託の意を正しく汲み取る者へ伝え、行動に反映させることができるようになったため『早々に義兵衛へ神託を下す必要が無くなった』とのことである。義兵衛も、もはや神託は聞こえてこぬであろう」


『なるほど、里で富美を相手に練った筋書きをこういった形で伝えているのか』


「ああ、そうでしたか。それで私の所への御神託はさっぱり音沙汰無しだったのですね。事情が判りほっとしましたが、もう神託を受けることができないとなると、困ったときの頼みの綱だっただけに、寂しいものがあります」


 了解した合図はこれで伝わったようだ。


「そうか。それでは、さっき言っておった財務改善の策じゃが、咄嗟に言われても簡単に思いつかん。ワシが出来ることはせいぜい里の新田開発止りで、江戸市中から御公儀が銭を吸い上げる仕組みなどは語るのも難しい。そもそもどこから考えればよいかの切っ掛けすら見えん。それとも義兵衛には何か腹案でもあるのか」


 甲三郎様は一層声を潜めて聞いてきた。

 義兵衛も同じく声を潜めて応えた。


「それほど大したことではありませんが、卓上焜炉に押された神社の印と同じ方法で江戸市中から銭を集める手段があります。この方法の切っ掛けを作ったのは里に居る助太郎で、私はそこからこの方法を考えついたのですが、応用範囲が広いので色々な場所で使えるのです。

 具体的には、御公儀が認めた印を新たにこしらえ、これを生産する製品に付け、勘定奉行所へその対価を納めさせるのです。

 印を付けるのは、御公儀が使うに相応しいと認めた特定の製品だけを対象とします。印については、例えば、土で出来た製品に押印、木で出来た製品には焼印、布には付箋を縫いつけるなどの工夫をします。この印や付箋の模様を御公儀が決め、1つ付ける毎に決まった銭を納めるようにします。抜き打ちで調べれば、許可無く印を使ったかは照合でき、無認可使用の者からは違反金を集めます。

 この印のある製品は一定以上の品質と保証されていると知れば、無印のものは売れ行きが鈍りましょう。そして、例えば『御公儀が購入するものは有印のものを優先する』と触れを出せば、色々な商品は、具体的には食器などですが、一斉にこの印を求めて動くでしょう。また、印をつけるものの許認可を株仲間に期限付きで任せ、その代わりに冥加金を納めさせるという収入の得方もあります。

 こういった考えを一度に全部さらけ出すのではなく、機会がある度に出して行くということも考えてはいかがでしょうか」


 助太郎の何気ない一言から考え出された火伏せの御印という商売方法が、こんな場面でも役に立つのだ。

 果たして、この説明を聞いた甲三郎様は、声を潜めていたことを忘れ、大声を出した。


「なんと、そのような方法があるとは。

 これは、凄いことではないか。驚くべき稼ぎ方ではないか。口を挟むだけで銭が入ってくる。

 この方法を説明したら、間違いなくその通りになろう」


「甲三郎様、お静かに。落ち着いて下さい」


 甲三郎様はあわてて口に手をやるが、大きな声が聞こえたのか、土蔵の1階で控えていたらしい浜野安兵衛さんが重い扉をギーッと開いて『何か起きましたか』と聞いてきた。


「いいえ、何事もありません。大変失礼しました」


 義兵衛がこう応えると『何かありましたら今のように声を出して頂ければ対応します』と階下から返事があり、再び土蔵の重い扉が閉められたのだった。


「やはり厳重に警備されている様で、見張られていますね。

 ところで、先ほどの案には続きがあります。製造業者が数量に応じて銭を納めるようになると、物の流れと金の流れが見えるようになり、無許可押印や卸先での中間利益具合が容易に把握できるのです」


「判りかねるが、どういったことかの」


「具体例で説明します。

 茶碗は押印の許諾費用として卸値の5分と決めたとします。そして、ある工房で茶碗を作り500文納めて来た時に、何個分かを聞いておきます。もし100個という答えであれば、1個100文で商家へ卸しています。商家でこの茶碗の小売価格を調べて150文であれば、商家は1個あたり50文の利益を乗せたことが判ります。全部売れれば、商家は5000文の利益を得ます。工房は、9500文の売上げとなります。今まで見えなかった金額と数量が、たったこれだけで紐解けます。

 もちろん、商家での売れ残りや、無許可押印茶碗を売ることも考えられますが、これも商家で売った個数を問えば見えてきます。

 従って、商家や工房に利益に応じた冥加金を課すことが容易となりますし、不正を見つければそれをただして違反金を取れば良いのです」


「それは確かに上手いやり方じゃ。金と物の流れが見えるということは、商家の首根っこを押えるに等しい。

 流石に知恵が回るのぉ。その内容はそのままワシの提案として貰ってしまっても良いか」


「はい。私が持っていても使い道がございません。少しでも甲三郎様のお役に立てることが出来れば本望でございます。

 この案が田沼様に伝われば、今の御公儀の財務状況から見て無碍むげにはなされますまい」


 それだけではなく、先ほど甲三郎様が思わず口にしたように、実際に実施されるだけでなく、甲三郎様自体が田沼様に目を掛けられ取立てられる可能性も充分あるはずだ。

 実際の歴史では起きていないことなので、もしこれが実現されるのであれば、天明の大飢饉を全国レベルで凌ぐ政策を打っても問題ないことになる。

 そういったことも含めて、明日は重要な日になるに違いない。

 意外に快適な土蔵で、甲三郎様と小声で夜遅くまで話をし続けたのだった。


政治編に入ると途端に執筆速度が落ちます。早くもストック切れの危機が!!

あと、誤字報告をして頂いている方々へ大変感謝しております。引き続き、よろしくお願い致します。

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