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北町奉行所で顛末を聞く <C2255>

 北町奉行所の中は、公務を行う奉行所としての建屋と旗本としての屋敷、いわゆる私邸が合体した作りとなっており、富美はその旗本としての私邸に保護されている。

 そして、甲三郎様と義兵衛は、曲淵甲斐守様家来の浜野安兵衛さんに案内されて私邸の座敷へ通されたのだった。


「これは前回通された部屋と同じですね」


「うむ、そういうことであれば、ここでの話はどこぞで聞かれておるのかも知れん。用心することじゃ。富美のことは口にするではないぞ。

 それより、練炭の見込みを再度聞きたい。年内36万個であれば、売掛金は12600両であろう。七輪が5万個で4250両、〆て16850両では、殿に申し上げた5万両の見込みに33150両も足らんぞ。そこの算段はついておるのか。今は5月の末日だが、あと8カ月、240日しかない」


 妙に数字を述べる甲三郎様に奇異な感じを受けたが、正しい内容だけにグウの音も出ない。

 確かに、御殿様のいる前でこの話をする訳にはいかないのも確かで、今まで伏せていたのは甲三郎様の温情なのかも知れない。


「里の助太郎に、多少とも生産効率を上げるための仕組みを説明しております。現時点では日産1500個を目標としておりますが、この仕組みが上手く行きますれば、おそらく日産2000個程度までには増産できるかと考えております。従い、普通練炭で48万個の20400両にはなると考えます。

 実は、150万個というのは普通練炭のことでして小売りが200文であれば140文を売掛とする契約です。ただ、工房で生産しているのは薄厚練炭でして、こちらは小売り65文、売掛45文となっております。生産高は4倍で普通練炭と釣り合いますので、普通練炭48万個は薄厚練炭192万個に相当し、そして売掛金は1200両増えて21600両となります。

 更に、七輪についても2倍の10万個を売り捌く見込みでございます。こちらで8500両になりますので、〆て30100両です。

 あとは、他所で生産される練炭約100万個について、1個20文の銭を取りたいと考えます。こちらで更に5000両上積み。

 つまり35100両となり、14900両は不足致します。

 この不足分をどうするのか、頭を悩ませています」


 この説明に甲三郎様は頷き、意見した。


「萬屋での運用を売掛金5万両の半分残し、残りを年1割で運用する、という安全策ではなく、当面3万両を年1割で運用すれば毎年2000両の引き出しをしても年で1000両毎を運用に回し積み上げることも出来よう。2万両にも満たない額であればどうしようもないと思ったが、これならなんとかなりそうと思える。まずは3万両を確実に積み上げることじゃ。検討してみよ」


 確かに、リスクはあるが、これなら毎年2000両が使えるという御殿様への約束はかろうじて満足することができる。

 但し、売掛金分を使い込まなければのことなのだ。

 こういった椿井家の財政について、意見をやり取りしている所へ今度は戸塚様が現れ、屋敷内の一角にある土蔵の中へ案内された。


「土蔵の中であれば、2階に張り番を置けば上下に用心することはございません。間もなく御奉行様も参りましょうほどに、今しばらくお待ちくだされ。先の話し合いの中身はこの3人に御奉行様を加えた4人しか知らぬはずのことです。誰も漏らす必要性のない内容でございます。従い、常ならぬ方法でこの屋敷の中から話の内容を聞き取ったと考えるのが妥当と御奉行様は考えておられます。

 もっとも、椿井家での扱いは判りませんので、そのため多少大げさではありましたが、今回江戸屋敷に御殿様の家来を派遣した次第です。椿井家の屋敷の屋根裏と床下を検めさせて頂きましたが『忍び込んだ跡はなく、埃だらけであった』と報告を受けております。

 里の方でもことを知る者はおらず、結果として考えられるのは、この奉行所私邸でしかないと判断しております」


 奉行所から手の者が入り、色々と調べまわったことがよく判る発言だ。

 そして、その結果、椿井家の屋敷と里から情報の流出はない、と判断されているのは幸いなことだ。


「ご配慮、ありがとうございます。あの件は、この場に居ない者としては里の爺、富美しか知らぬことでございます。系図を作るときに反故にした紙などもありましたが、事の重大性にかんがみ自分の目の前で炉にて全て焼却しております」


 義兵衛の言に続けて甲三郎様が話す。


「ところで、里にて手先の方も含めいろいろと御調べになっておりましたが、御奉行様へはどのような報告をなされたのかが気になります。椿井家の領地は山間の傾斜地が多く、米作りには大層苦労しております。先々代の頃からの取り組みで、人作りから初めてやっと60年程でございます。今、どうにか芽が出始めたところで、これが育つか、それとも一夜の仇花となるかは、これからという所です。取り組みが続けられるよう、飢饉で村が疲弊・荒廃せぬようにやっと取り組みを始めたところでございます」


「さよう、寺子屋で熱心に一律基礎教育を施し、能力の秀でた者を身分にかかわらず厚遇する仕組みや、木炭加工の工房でも熱心に働く村娘の在りようなど、他の知行地ではおおよそ見られないものをしっかり見させて頂きましたぞ。見たままのことをそのまま報告しておりますれば、御心配には及びませんぞ」


 その時、土蔵の戸が開き、浜野安兵衛さんに先導されて曲淵甲斐守様が土蔵へ入ってきた。

 浜野安兵衛さんはそのまま土蔵の入り口にしっかりと腰を落とし座り込んでいる。

 土蔵の奥で曲淵様と甲三郎様が対峙した。


「先日聞き取った時に預かった系図だが、極めて重要な内容であったため隠しておいたはずだったが、翌日見当たらなくなったのじゃ。そして、その翌日決して入れぬはずの文箱から見つかった。それで、話の内容が漏れたと判断したのじゃ。ことの核心がお上のことであるため、どのようなことがあるか読めん。貴殿の連れて来る里の富美が決定的に重要な証人である故、同心の戸塚に厳重な警護と狼藉に備えた対応を要請したのじゃ」


「しかし、この私邸で系図の抜き取りが行われたのであれば、富美をここへ留め置くのは問題ではないのでしょうか」


「うむ。そのため、富美の居る部屋の警護は気心の知れた旧来の家臣2名と女中を交代で常時張り付けておる。床下も天井裏も検めておる。こういった不便も、あの系図が一時行方不明となったためのことじゃ。椿井家の領地や江戸の屋敷で警護の負担を強いるのは忍びないと、この屋敷で預かることにした。

 あと、ことの次第はご老中・田沼様に直接耳打ちしておる。そのため、明日朝の富美の詮議には、御忍びでご老中の手の者が来て同席するやも知れぬ」


 これはいきなり難しい局面になった。

 奉行所での対応では収まらず、幕府の政策トップの目に留まってしまったのだ。

 この行きがかりに、甲三郎様の目が爛々と輝いた。


「それで、今宵はこの屋敷の中で過ごされてはいかがであろう。もちろん、横に居る義兵衛も重要参考人なので、ここで一緒にということになるがな。幸い、この土蔵の2階には寝具など一通りそろっておる」


 土蔵の中で体のいい軟禁である。


「屋敷の殿へ外泊の届を出しておらぬので、その旨伝えて頂ければ幸いでございます」


 どうやら、今夜はこの土蔵の2階に甲三郎様と二人きりで、しかも監視された状態で過ごすことになったのだ。


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