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富美護送 <C2254>

 その夜、御殿様と紳一郎様、甲三郎様に里の工房の様子を報告した。


「練炭につきましては、全力で生産を行っておりますが、普通練炭換算で日産1500個、年内での総生産で36万個と、予定の150万個には届かないことが明らかとなりました。生産増強のための工夫は絶えず行っておりますが、このままでは練炭の不足から、七輪自体の売れ行きが鈍ることが予想されます。

 そこで、他領での委託生産を考えており、萬屋へ候補の場所を探してもらっております」


「なに、100万個以上不足し、それを他所で作るよう指導するということか。それでは、利益はほとんど委託生産する地に行ってしまい、当家としての益は無くなるではないか。先に聞いた5万両を稼ぐどころの話ではないではないか。

 七輪の場合は、作ることも難しく、しかも色々と紐付けもしておるので真似され無いよう対策をしていると聞いておる。しかし、練炭は小炭団ほどではないが簡単に真似されるのであろう。委託先から製法が広がらないように手を打つことも肝心なことゆえ、縁者の拝領地で木炭を作っておるところを候補にしてもよかろう。縁者であれば、多少抑えも効こう。

 そうさな、紳一郎、奥の実家の阿部久右衛門あべきゅうえもん様の御領地で、ある程度の量の木炭が作られておるか調べておけ。

 さて、萬屋と言えば、一昨日主人とその母が先の料理比べ興業の礼に来ておった。

 目付役の礼と、義兵衛を貸してくれたことの礼じゃったが、これからも義兵衛には知恵を貸して欲しいそうじゃ。その代わりに、料理比べの目付役の席をずっと用意してくれる、とのことであった。

 ワシとしては、面白いながら多少迷惑な役じゃと言うたら『席の権利を都度誰かに譲り、釣り合う代償と引き換えにすれば良い』と言い返しよった。商人らしい話じゃ。恩義ある方から是非にと言われれば譲ることはやぶさかではないが、知り合いでもない面々に僅かな金子きんすと引き換えに役目を譲るというのは、いかにも金銭に目がくらんだようではないか。そのような噂とは引き換えにしとうはない」


 御殿様の話は多少長いが、色々と示唆に富んでいる。

 そして『縁者の領地であれば作り方や売り先・値段について、こちらからある程度の抑制ができるのではないか』という重要な助言を頂いた。

 そういうことであれば、委託生産先についてもある程度候補を絞った後、椿井家の縁者が差配するところを選べば良い。

 候補地の近隣であれば、条件として多少不利でも縁者が居る場所に技術指導したほうが、まだ抑えやすいというのは確かである。


「それはそうと、明後日に富美を連れて北町奉行所に赴くのではなく、明日朝に富美だけ曲淵様の屋敷へ先に連れて行き預かってもらうことになった。江戸城下で襲われることは無いと思うが、御奉行様からの意向もあり、用心のためこのような仕儀となっておる。皆にはまだ言ってはおらぬが、朝には護衛の役を割り振り申し付ける」


 甲三郎様からの指示を聞き、この夜の報告はやっと終わった。

 一昨日からほとんど徹夜続きの状態だった義兵衛は、部屋へ戻ると死んだように布団に倒れこんだのだった。



■安永7年(1778年)5月30日(太陽暦6月24日)


 朝、紳一郎様に段取りを確認すると、富美の護衛として義兵衛は南町奉行所へ同行する組である、と告げられた。

 気づくと屋敷の中に女駕籠が2挺並んで置いてある。

 まず南町奉行所へ行く駕籠が出立し、しばらく間を置いて北町奉行所への駕籠が出る段取りとなっている。

 そして、更に南町奉行所に着いた駕籠は、しばらく間を置いてから北町奉行所へ向うことになっているそうだ。

 これも偽装である。

 富美がどちらの駕籠に乗るかは警護の者には一切知らされておらず、門の内側で駕籠が通るのに併せて付いていく格好となっている。

 一種の騙しなので、後発の駕籠に乗るというのは明白だと思うのだが、そこまで本格的に偽装するのであれば駕籠は3挺用意すればよかろうに、そこまでは徹底できないところが残念なのである。

 しかし、ここでは御殿様や甲三郎様に目を掛けられているとは言え、まだかなり若い方の新参家臣である義兵衛がそのようなことを言上する機会があるはずもなく、また、そのような行為は他の家臣達からも妬みを買う越権行為と映るに違いない。

 やがて女性一人を乗せた駕籠が門の前にやってきて、前の駕籠かきが『南』と小声で告げると待機していた半数の10名が駕籠を囲み、隊列を作る。

 そして、義兵衛もその一員となって粛々と門を出て行くのだった。

 江戸市中といっても、武家屋敷は城下に固まっており、奉行所まで堀に沿って周って1里程度とそう距離がある訳ではない。

 ゆるゆると1刻程駕籠について歩くと、南町奉行所に無事到着した。

 一旦私邸側の裏門から中へ入り、半時ほど過ごした後、今度は北町奉行所へ向う。

 南町奉行所は数寄屋橋御門内、北町奉行所は呉服橋御門内にあり、意外に近く10町(約1km)ほどしか離れていない。

 大名屋敷と堀に挟まれた道をゆるゆると歩き、程なく北町奉行所の私邸裏門へたどり着いたのだった。

 私邸の門内に駕籠が入ると警備は終了で、屋敷から来た警護の面々は門内に入ることなくここで解散となり屋敷へ戻る。

 しかし、義兵衛は門前に待ち構えている甲三郎様に呼び止められ、門横の影の場所へ引き入れられた。


「道中何事もなく、無事富美を北町奉行所に客人扱いで預けることができた。気づいていたかも知れないが、ここまで厳しく警護したのは『あの系図がどこぞで誰かの目に触れた』ということで、一橋様の息のかかった者に伝わった可能性があったから、と戸塚様より先ほど聞かされた。田沼様の御家来の方が一橋家の家老格として送り込まれており、そこからの話であるゆえ、漏れたということには間違いはなかろう。もちろん、御奉行様の方からに違いなかろうが、嫌疑はあの席におった者全員に掛かっておる。

 ただ、先日の話が町奉行様の胸の内だけで収まらず、田沼様・一橋様の所へも届いておるやも知れぬということに他ならない。明日の詮議はこれまでになく厳しいものになるやも知れぬ」


 一橋治済28歳と田沼意次60歳が今の時点で何等かの共闘を組んでいることは考えられる事態なのだ。

 このような事情の所に『家基18歳が世継ぎから外され、代わりに治済の子供であり家斉6歳が収まる』という怪しげな図が存在するのだ。

 その出元を押さえようと躍起になる可能性は充分あったと理解できた。


「そのような話をこのような道端でされてはいかがかと思いますが」


「いや、座敷などの屋内では、床下や屋根裏など、どこで監視の目があるか判らん。往来の途絶えた道端のほうが、よほど中身を知られんで済むと思うておる」


 そう聞いた途端、その奥にあった木戸が開き、門番らしき武家が顔を出して屋敷の中に招きいれた。


「そこで立ち話されておるのは、椿井家の甲三郎様と義兵衛様ですね。こちらからお入りください」


 よく見ると、昨日屋敷で声を掛けた浜野安兵衛さんであった。

 どこでどう見張っていたのだろうか。

 疑問を感じながら、手招きされるまま奉行所私邸の木戸を潜ったのだった。


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