館で戸塚様と会談 <C2252>
いよいよ戸塚様と助太郎の諮問が始まります。
細山村の館へ戻り家で助太郎と昼食を取りながら呼び出しを待っている。
義兵衛は助太郎に状況の説明をした。
昨日は戸塚様の手先が各村を回り、色々と聞きまわっていたことと、その質問内容。
今日の午前中は、高石神社の元巫女さんと話をしていたことを、である。
「そうすると、その聞き取り内容を基にして、工房のことを抉ってくる訳ですか」
「そうとも限らない。戸塚様は記憶力が凄い人だ。今回の聞き取りではなく、それ以前に江戸で聞いた内容から聞いてくる可能性がある。ただ、先にも言った通り、助太郎も工房もやましいところは一切無いので、何も隠すことはない。正直に答えればいいだろう。
それはそうと、ここに帰ってくるときに登戸村で炭屋・番頭の中田さんと交渉したのだが、炭屋の蔵を丸ごと1棟借りる約束を取り付けた。今、毎日薄厚練炭200個を運んでいると聞いているが、工房の倉庫が溢れる前に登戸に運び出しても良いと思う」
「今、工房の倉庫には、おおよそ7万個の薄厚練炭があります。ただ、運搬の余力がこれしかありません。粉炭作りに人手がかかるので、運びたくてもそれができないのです。毎日5000個以上も積みあがっていきますが、どこかで手を打たないとまずいと考えてはいました」
「御殿様は、新たに馬を何疋か買い揃える予定と聞いている。これで小荷駄隊を創設し、お館を起点とした運輸を作り上げるつもりなのだ。細山村と登戸村をつなぐ経路は一番重要なので、登戸村に借りた蔵を有効に使って物資のやり取りを定常化したいと考えている。大人が運営する格好なので、多少の出費は覚悟したほうが良いかも知れない。
ところで、大丸村の芦川家や円照寺との関係はどうなっているか、教えて欲しい。実は、この里で作っている米蔵に、米問屋から買い入れた籾米を搬入しようと考えているのだが、米問屋は府中宿の近郷の村にある蔵で受け渡しするという条件を持ち出してきているのだ。府中宿からここまで籾米を運ぶのは容易ではない。そこで、まず府中宿から大丸村に運びこみ、そこから登戸村まで順次運ぶことを考えているのだ。そのためには、大丸村で荷を留め置く場所がいる。芦川家・円照寺との関係が良好であれば、秋口に蔵を借りる相談をしたいのだ」
「どれくらいの量を考えているのかで言い方が随分変わると思いますが、円照寺には焜炉に付けた印の対価を納めていますので、ややこしい問題はおきないと思っています。また、先月末に芦川家へ卓上焜炉20個と小炭団1000個を預けていますが、その後は特に話をしておりません。
その時に、名主の百太郎さんと一緒に行っているので、詳しい感触はご実家で確認されてはいかがでしょう。芦川家のお爺様とは結構親しくされておりましたので、百太郎さんから話を通されたほうが早いと思います」
「そうか、確かに父から話してもらったほうが早い気がする。
それで、米問屋から買う籾米は500石、およそ2000俵になる予定だ。まだどこでどういった形で受け渡しするのか、値段はどうするのか、といった肝心なところは詰めていない。冷夏で不作になれば、米の価格が高騰するかも知れないということで、慎重になっているようなのだ。
最終的にこの2000俵の籾米は、お館の新しい米蔵2棟と、細山村・金程村の各1棟、計4棟の蔵を優先して蓄えることを想定している」
助太郎はこの説明に意見してきた。
「籾米の搬入は、万福寺村と下菅村のほうを優先したほうが良いのではないのでしょうか。この2つの村は、今は工房に協力的ですが、すぐに見える恩恵がないと厳しい状況になり兼ねません。新しい米蔵を立てる資金について、半分は椿井家が出しているが後の半分は名主の負担です。その分、年貢米はある程度減免されるとお達しがあったようですが、他の領主の手前、持ち出しを強要すると奉公人を引き抜かれる可能性もあります。ただ、金程村や細山村はこういった心配がないので後回しにしても良いと思います。いずれにせよ、村への分配は慎重に行うべきと考えます」
助太郎の助言は的を得ており、義兵衛は賛同の意を示した。
それから暫くして、爺が二人を呼びに現れ、奥で待つ戸塚様の所へ出向いたのだった。
「先日は工房を見せて頂いたが、年端も行かぬ子供ばかりでさぞかし苦労しておろう。
それで工房を管理する主要な人物は、米・梅・春の3人ということは見えたが、他に頼りにしておるものは居るのか」
早速に戸塚様は質問を繰り出す。
「はい、その3名は一番最初に練炭の製造を始めた時から一緒におり、気心が知れた仲間です。他には津梅福太郎、近蔵が金程村の各家から手伝いとして来てもらっており、一番信頼している仲間と言えます。その後に、細山村から加わった佐平治、種蔵や、万福寺村から来ている桜、弥生が頼りとなります。この面々が工房を支える主軸です。
一番重要な粉炭を成型する仕事は4~5人で組を作っており、その組長となる娘には自分の実家の別棟に寝泊まりしてもらっています。今現在8人が寄宿していますが、丁度良い具合に各村2名ずつとなっています。そこでの生活は米さんが統率し、母が実質管理していていますが、それぞれ実家で暮らすより随分楽だと申しています」
「そうすると、助太郎は普段は何をしておるのか」
「工房の技術的な仕切りは米さんが、人の遣り繰りは梅さんが担当しているので、定例の訓示と、何か事故や問題がある時に作業場へ出ます。また、時々は登戸村への製品搬出を担当したり、大丸村へ所要で行くこともあります。
しかし、何もない時は、今は次に有力な商品となる強火力練炭を量産するために必要となる道具を考案し作っています。ただ、強火力練炭を同じ性能で作るのは、人手で作るのも難しく、道具を使ったところで誰もが作れるといった状態になかなかならないので、苦心しています」
「ところで、工房を運営する費用はどうなっておる」
そろそろ核心の問いになってきた。
「はい、まず奉公する面々が必要とするのは食費です。食材となる米は名主の百太郎さんが供出してくださっており、運搬組が必要とする登戸村の昼食代も百太郎さんが都度銭で渡してくれております。登戸村へは、萬屋さんへ掛売となる荷を運ぶだけではなく、加登屋さんや、番頭の中田さんが支店で売るための商品を直接現金で買い取って頂けるため、多少の現金収益がありますが、この代金は皆百太郎さんに預けております。いづれも大した金額ではございません。
あとは、原材料の木炭ですが、今は登戸の炭屋・中田さんの仲介で仕入れており、炭屋への買掛金となっています。もっとも、少量での直接取引をする時は、百太郎さんにお願いして現金を出してもらっています。そういったことで、百太郎さんにはいろいろと手伝ってもらっている格好です。
売掛金については、実はこの工房では把握できておらず、納入した商品数・納入時期だけの管理となっています」
ここからは義兵衛が説明するしかない。
「売掛金についてですが、想定している小売り価格と卸し価格はありますが、小売り価格の7割が工房の取り分という契約になっており、このため工房では把握できないのです。例えば、卓上焜炉は最初1個300文で小売りしましたので、210文が掛売になっています。予定は小売200文で卸し140文でしたので、実際は70文多く掛売金が積みあがっています。
小炭団は1個6文で卸していますが、類似商品の出現に合わせて小売りが4文に下げられるよう申し出はしています。小売価格は臨機応変という所がありますので、こうなってしまいました。
私が萬屋に詰めておりましたので、こういったことは私が把握しておりました」
「そうか。やはり全貌を知るのは、萬屋ということだな」
戸塚様には、どうやらこの答で納得して頂けたようだ。
最後に、戸塚様がこう宣言した。
「あと、元巫女の富美を江戸に連れていくのは明日29日となったので、義兵衛は同行してもらいたい」
これについて、甲三郎様は補足した。
「富美の件は慎重な扱いが必要という認識となった。予定では明後日の30日に出立としていたが、この予定がどこぞに漏れ出ている可能性がある。義兵衛が26日から30日の日程で里へ戻る予定は既に知られておろう。そういったこともあり、予定より前に移動することとなった。明日回しにしていた案件は今日の内に片付けよ。明日は早朝に立つゆえ、それまでには帰着するように。よいな」
こうして、義兵衛・助太郎との会談は結構早めに切り上げられたのだった。
江戸へ戻る日が1日前倒しとなっていることを初めて聞かされました。
予定が漏れて、だからどうしたというのだろう。
しかし済ませなければならない用事がまだあってこれは大変、というのが次話の書き出しです。




